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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
12/34

#11 救援

「あ。こいつ、ケータイなんか持ってる」

「あぁっ!」


 決死の救命要請の途中で狐少女に携帯電話を取り上げられ、颯太は涙目になった。取り返そうと伸ばした手が虚しく宙を掴む。


「電話したの?『ヘンなイキモノ』のトモダチ?」

「お、お前たちには関係ない!」

「うーん。そうだけどー……」


 狐少女は携帯電話についていたストラップを持つと、颯太の目の前で本体をブラブラと揺らした。すかさず奪い取ろうと颯太の手が飛び出す。狐少女は颯太の狙いはお見通しとばかりに敏速に手を引っ込めると、ニヤリと笑った。

 移動できない颯太は完全に、猫じゃらしで遊ばれる猫の図になっていた。


(くっ……くそぅ!)


 それでも、齧られるよりはよほど良い状況だ。


 狐少女と烏少年は、齧ればわかる宣言をした後、文字通り飛び掛ってきた。

 しかし、まさに牙をかける瞬間になっても抵抗せずに漂っている――というよりも抵抗できなかっただけなのだが――颯太を見ているうちに、その認識は『ニンゲンモドキ』から『ヘンなイキモノ』へと変化したらしい。


 舐められたりつつかれたりするうちは、まだ颯太も恐怖に駆られていた。二人が颯太を使った遊びを相談し始め、しまいにはサッカーボール代わりに蹴られるようになってしまってから、なんだかおかしい事態になったのだ。

 おかげで、電話する隙もできたのだが、肝心の助けを求める声はぶれまくっていた。果たして南雲先輩には、藁にも縋る思いだった自分の叫びが届いているだろうか――颯太はもう、祈るしかない。


 それにしても、手に携帯電話が握り締められていることに気づいた時は、それ片手に寝落ちした自分に大喝采だった。それは間違いなく命綱だ。あっけなく取り上げられてしまったが。


 しかし、なぜ颯太が携帯電話をその手にできていたのかはわからない。

 今が『魂』という存在ならば、それ以外のものが存在しているのはおかしなことのように思える。ただ、その理論で考えると、服を着ているという事実もおかしいということになるのだ。


 服を着ることができている。とすると、携帯電話を手にできている――これも特に問題はないのだろう。もしかしたら、寝る前に身につけていたものは持ってこられるのかもしれない。


「これ、持って帰って見せてあげようよ。小狐丸」

「いいね、見せてあげよ!小烏丸」

「きっと喜ぶよ」

「きっと喜ぶね」


 ついに、テイクアウトの相談が始まった。

 誰に見せて喜ばせようとしているのかはわからない。が、たとえその相手が喜ぶのだとしても、颯太としてはここを一歩も離れたくはなかった。

 

「や、やめろ……っ!」


 むんずと足首を掴まれ、颯太は軽々と烏少年の肩にかけられた。その腕力は人間離れしている。自分よりも小柄で非力そうに見えるブレザーの背中を叩いて攻撃を試みるも、毛ほどの影響も与えていないようだ。


(何で毎度毎度こんなことに……!)


 颯太は自分の巡り合わせを呪う。

 それでもどうにか逃れられないかと足掻いていると、ふと、颯太を掴んでいた烏少年の歩みが止まった。


「……何か変な感じがする。小狐丸」

「……何か不思議なものに囲われた気がするわ。小烏丸」


 狐少女の足もピタリと止まった。深紫の二対の瞳が、用心深くあたりを見渡す。


 颯太には、二人の言っていることはまったくわからない。

 先ほどから変わらない夜の街。夜の闇。月は斜め上にあり、星が瞬き、夜風が――。


(――風が、止んでる)


 気づけば、不自然なほどの無風状態だった。風が吹かないせいで音がしないのだと思っていたが、なにやらそれも違う。いつのまにか、()()遮断されている。

 烏少年が言ったとおり、今自分たちは()()()()()いるのだ。


「い、行こっ、小烏丸!」


 得体のしれない空気に怯え、狐少女が跳躍の姿勢に入ったときだった。


「――行かせない」


 抑揚のない声がすぐそばで聞こえ、たたらを踏んだ少年少女の間を何かが一閃する。


「うひゃあぁっ」

「何者っ!?」


 思わず叫んで二手に飛び退いた少年少女の間には、黒い制服に身を包んだ人間の姿があった。烏少年の背から振り落とされた颯太は、放り上げられた夜空でそれが誰なのかを確認する。


「な、南雲先輩ー!!」

「……間に合ったらしいね」

 

 学生服の一番上のボタンを外しながら、波流が息を一つ吐いた。浮遊する颯太の真下へとつかつかと歩み寄る。その手には、短剣が握り締められていた。おそらく先の一閃はそれによるものなのだろう。


「おい、波流。お目当てのものはこれか?」

「うわあっ」

「なん……っ」


 ふいに、背中をドンと押された。颯太は勢いよく波流の懐に飛び込む。突然のことに、波流も受け止めきれずに二人してよろめいたが、なんとか踏み止まった。


「す、すみません。大丈夫ですか」

「……いや、問題ない」


 波流の胸板はしっかりとしていた。だが、それ以外は想像以上に華奢な身体つきだ。がっちりというよりもしなやかな筋肉で、意外と力比べなら颯太でも負けないかもしれない。

 結月といい波流といい、こんな繊麗な人間が妖魔と戦っているということが信じられない。


「ところで、あれは……誰ですか?」


 波流の肩を掴んだまま、颯太は真上を見上げた。颯太が浮いていたところに、男が一人、浮いている。


 神社の神官にしてはなんだかおかしな衣装を着た男が、両腕を組み、颯太と波流を見下ろしていた。たぶん、あの男に突き飛ばされたのだろう。波流の名を呼び、空中にいるということからして、例によって普通の人間ではない。


「心配ない。あれは味方。それより、早くここを抜けなければ」


 波流が颯太から離れ、こちらを伺い身構えている少年少女のほうを振り返った。烏少年は獲物を横取りされたと思っているらしい。地団太を踏んで悔しがっている。狐少女は不満げな顔で、颯太と波流、そして空中の男を順番にねめつけた。


「皆、『ヘンなイキモノ』のトモダチ?」

「……何のことを言っている?」


 波流がつれない態度で颯太に視線を送る。颯太にはもちろん理解できるのだが、言葉に詰まった。

 まさか、さっきまでそう呼ばれてて蹴鞠状態だったんです――とは、説明できるような雰囲気でもなければ、時間的余裕もない。


「……トモダチなら、全部連れて帰ればいい」

「そうね。たくさんいた方が、たくさん喜ぶ」


 少年少女は、顔を見合わせて頷いた。


 突如、示し合わせたように、二人を取り巻く空気がぶわりと膨れ上がった。まるで、隠し持っていたエネルギーを一気に放出しているかのように、それはたちどころにあたりに充満していく。二人が発する熱に当てられて、チリチリと、颯太の肌が焼ける感覚がした。


 不思議だ。妖魔と思われるものから、寒さではなく確かな熱量を感じるなんて。

 ――ただ、そんな風に感嘆している場合ではなかったのだけど。


「もらったぁ!」


 いつの間にか夜空に飛び上がっていた烏少年が、どこに隠し持っていたのか短刀を手にして、同じように宙に浮いていた男に切りつけた。攻撃された男は、鼻で笑ってそれを難なく受け止める。そして返す刀で容赦なく捻じ伏せるように、烏少年を屋上のアスファルトに叩きつけた。


「なにが『もらったぁ』だ、このバカ、アホ、マヌケ。お前みたいな小童にやられるようじゃ俺もお仕舞いだよ」

「……こんの馬鹿力っ!」

「お前も大概だけどな」

「余裕ぶりやがって!下りてこい!」

「バカか。そう言われてのこのこ下りていくのは頭のおめでたい奴くらいだ」


 男と烏少年の実力は一目瞭然だ。子どもに対して実に大人げないやり取りが繰り広げられている。

 そちらに目を奪われていた颯太は、気づくのが一瞬遅れてしまった。自分と波流めがけて突進してくる狐少女が、目前に迫っていたことに。


「みーんな大人しくしててね!」


 可愛らしい声とは裏腹に、狐少女は自らが持つ鋭い爪を大きく振り上げて笑った。無邪気なようでいて、その笑みには残虐さも確かに潜んでいる。


「――こっちへ!」


 戦い慣れた者とそうでない者の違いか。咄嗟に波流が反応し、颯太の腕をぐいと引き寄せた。狐少女の切っ先が空振り、空を切る不気味な音を立てる。体勢を立て直す必要に迫られた狐少女は、容赦なく飛んできた波流の一太刀をギリギリで交わし、後ろへ飛び退いた。


「もう、あぶないじゃん!」

「これは遊びではないよ。さっさと立ち去りなさい」

「ふーんだ!説教しようっての?そういうの、いらない」


 苛立ちを募らせるように、狐少女の尻尾がゆっくりと揺れた。


「あんたは強そうだから、まずは『ヘンなイキモノ』を確保しよう。小烏丸はそのまま、そいつの足止めしてて」

「りょーかいっ!」


 少年少女は大まかとしか言いようのない作戦を立てる。妖魔にも戦略という概念があるのか、と颯太は驚いたが、それは波流も同じだったのだろう。その目を大きく見開いた。


「お前たち、いったい……」


 その問いの答えはなかった。烏少年と狐少女は今まで以上に距離を取り、二手に分かれる。


「蓮見君、後ろに下がってて。縹、柑子はどこに?」

「主の『目』になってる」

「なるほど、わかった。二対二なら問題はないか……」


 短いやり取りのあと、それぞれが相手と対峙する。初めは慎重に構えていたが、波流にとって相手は格下だったらしい。小回りのきく狐少女に対し易々と切り結び、追い詰めていく。烏少年のほうも、男を足止めするどころか、逆に足止めされている側になっていた。


 先の波流の言葉通りだ。一見、何の問題もなさそうに見えた。焦燥した女の声が聞こえるまでは。


「――縹、波流、下がって!」

「……柑子!?」


 姿は見当たらないが、突如割って入った声ははっきりと夜空に響いていた。考えるよりも先に身体が動いたらしく、波流と男は素早く身を引く。それと同時に、少年少女を取り巻く力が前触れもなく膨れ上がった。唐突といえば唐突だが、油断といえば油断でしかない。


 先ほどまで波流と男がいた辺りを熱風が襲った。少し離れた場所にいた颯太でさえ、耐えるのが苦痛なほどの凄まじさだ。あれに巻き込まれていれば、二人がどうなっていたか、考えるだに恐ろしい。


「おいおい。なんだよ、またパワーアップでもするのか?」

「これは……さっきから状況がおかしい。向こうを叩く必要はないし、深入りせず去ったほうが……」


 深刻な表情で、波流が呟いた時だった。

 熱を帯びた塊と化したものの中から、一つの影が飛び出してきた。それは旋風を追い風にして、驚異的な速度で波流へと突っ込んでくる。


「なっ……!」


 目を見張った波流が構えるのと、鋭利な爪の切っ先が学生服を切り裂くのはほぼ同時だった。


「波流っ!!」


 男の大きな声に、波流の呻き声は掻き消されたのだろう。

 しかし、傷は確かに波流の身体に刻み込まれたようだった。鮮血が飛び散る左腕を押さえた右手の指はきつく握られ、波流の眉間には見たこともないほど深く皺が寄っていく。唇は噛むように引き結ばれ、徐々に顔から色が失われていく。


 颯太にとって、目にも留まらぬ間の出来事だった。それでも、何が起きたのか、わかりすぎるほどにわかるのが辛い。


「南雲先輩!!」


 叫ぶ颯太の目の前で、波流の身体がぐらりと傾いだ。

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