69話 ことば
結果として、私は全てを話した。
ここではない別の世界で暮らしていたこと。香奈子とは幼馴染だったこと。夏の日、2人で新宿と言う繁華街に遊びに行ったら、トレーラーという巨大な馬車に轢かれて、気がついたらグランエンド城にいたということまで、包み隠さず全てを話した。
ルーシェの前では、嘘が通用しないことを知っていたし、別に嘘を吐いてどうこうなる問題ではない。既にソニアを通じて、彼女たちは私が日本から来たことを知っているのだ。下手に隠したら、逆に怪しまれてしまう。この国の精鋭ともいえる彼女たちを敵に回しても、一朝一夕で身に着けた黒魔術で立ち向かえるわけがない。ならば、全ての情報を開示しよう。望まれる限り、全ての情報を。
「まさか、本当にニホンから来たなんてね――」
最初に口を開いたのは、エリザベートだった。
感心する様に身を乗り出し、しげしげと私を見つめてくる。先程までの厳しい表情は消え失せ、すっかり好奇の色に満たされていた。
「そういえば、貴方の苗字はサイトウだったわね。てっきり、偽名だと思っていたのだけど、もしかして――貴方はキチョー様の血を引いているのかしら?」
「い、いえ。私の祖先は、農民だと―――それに、そもそも字が違いますし」
私の名前は、斉藤澪。
濃姫の父親は、斎藤道三。読みは同じだが、漢字が違うのだ。とはいっても、この世界に感じ文化は無いので、たぶん幾ら言ったところでニュアンスが伝わらないだろう。
「字?もしかして、秘書に書いてあった3種の文字のことかしら?文字の組み合わせ方が違うのね?」
「えっと――ひらがなとかカタカナとか、そう言う違いじゃなくて――」
「その話は後だ、エリザベート」
ルーシェが、ぴしゃりと言い放つ。
エリザベートとは異なり、ルーシェの顔は厳しいままだった。
「それで1つ問う――どうして、この世界に来た?」
「それが――私にはわからないんです」
トレーラーが迫ってきた時のことを思い返す。
急に目の前に飛び込んで来たから、全く動くことが出来なかった――気がする。
香奈子の貫くような悲鳴が聞こえた――気がする。
だけれども、その後の記憶が無い。たぶん、トレーラーに轢かれて死んだのだろう。いや、この世界で生きているし、轢かれた痛みも無かった。だから、轢かれる寸前に異世界へ飛ばされたのだ。だが――
「香奈子は、女神に会って『これから送る世界を平定しなさい』と言われたらしいのですが、私は全く覚えていなくて――ただ轢かれる直前に、光に包まれた、と思ったら、この世界に来ていたんです」
「なるほどな――」
ルーシェは、何か考え込んでしまった。
いつになく真剣な表情で、私の額辺りを睨みつけている。だけれども、私を視ているわけではない。私を通して何かを睨んでいるような――そんな感じだった。
「つまり、ミオ殿は巻き込まれただけ、ってことでござろうか?」
「いえ――恐らくですが、違いますよ」
エリザベートは、こほんと軽く咳払いをすると、好奇の色を引っ込めて、ルーシェと同じような表情を浮かべた。
「ミオさんは、この世界の言葉を話すことが出来ます。
ですが、おかしいとは思いませんか?ただ、巻き込まれただけならば、言葉を話すことが出来ないはずです」
「しかし――無礼を承知で言うでござるが、言葉くらい普通に話せると思うのでござるが――ほら、国は違っても、会話することはできるでござるよ?」
ソニアは、不思議そうに言う。
だけれども、私はエリザベートの意見に納得していた。
国が違えば、言葉が違う。例えば、ばったり出会ったアラビア系の人に道を尋ねられたとしよう。その人が日本語か英語を話してくれたら、なんとか会話が出来るかもしれない。だけれども、その人が現地の言葉しか知らなかったら――どうだろう? たぶん、ハンドサインくらいでしか意思疎通が出来ずに、自然なやり取りは不可能に違いない。
それに――
「ソニア、考えて御覧なさい。
キチョー殿やミオさん住まう世界と、こちらの世界――文化が違いすぎます。
この世界の統一言語と、ニホンの言語体系は全く違う様子――普通に考えれば、言葉が伝わるわけがありません」
「そう、でござるな――なるほど―――しかし、それならミオ殿は、どこで言葉を話せる力を手に入れたのでござろうか? あの天女殿みたいに女神様と出会っていないのでござろう?」
「そうなんですよね――私が忘れているだけ、とも考えられますが」
いくら考えてみても、香奈子の言う「女神」と出会った記憶はない。
思い出そうと唸っていると、ルーシェが仕方ない……と呟いた。その瞳には、どことなく疲労の色が滲み出ていた。
「ミオ――カナコに会ってこい。そして、女神の様子を聞いて来るんだ」
「えっ?」
「つべこべ言うな!!」
ルーシェは、何か焦っているようだった。
この場所から、私を外に出したいのか。それとも、本当に香奈子に会いに行って話を聞きに行けと言うことなのか。私が真意を捕らえかねていると、ルーシェは大きく舌打ちをした。
「牢の場所は、ナナシが知っている。早く行け」
「は、はい!!」
ルーシェの後ろに立っていたナナシは、静かに頷いた。
深編笠を被っているナナシならば、香奈子に近づいても問題は起きない。だから、案内役には適任だということなのだろうか。ついてこい、なんて言わない。ナナシは、無言で歩き始めた。
どうやら、考えている暇などないらしい。私は、慌ててナナシの後を追いかけた。
冷たい廊下を進んでいく。
ナナシは、相変わらず何も言わない。話しかけたら――何か言葉を返してくれるかもしれないが、何故だか今は何も答えてくれないような気がした。ただただ、その背中が「ついてこい」と無言の圧力を発している。だから、私はついて行くことしか出来なかった。
城の地下に進めば進む程、辺りの様子が目に見えて酷くなり始めた。上の階の豪華な様子とは縁遠い廃退とした雰囲気が漂っている。ところどころ視界の隅をネズミに似た焼土物が走り、どこからともなく腐臭が漂ってきた。
「思ったよりも、酷い所ですね」
鉄製の格子の向こうには、ぐったりと項垂れた人間が何人も座っている。
中には、グランエンドの騎士の正装を纏った人も交じっていた。もしかしたら、先の戦で捕まった兵士も収容されているのかもしれない。
しかし――香奈子やアルフレッド達の姿は見当たらなかった。重要参考人は、別の場所に収監されているのかもしれない。
「あの――本当に、ここにいるんですか?」
「……」
ナナシが幾つかの牢を素通りした後、1つの部屋を無言で開けた。
石造りの廊下だった。窓も何もない。ただ鉄の扉が左右に並んでいる。そして、ナナシは右から数個目の扉を黙って開けた。
「……誰?」
扉の向こうから、声が聞こえてくる。
扉の向こうに広がる格子。鉄製の格子の向こうに佇むのは、どことなく薄汚い少女だった。口を覆ってしまいたくなるくらい、汚物の臭いが漂ってくる。
少女は、ゆっくりと顔を上げ――虚ろな目で私を捕えた。
「みお――ちゃん?」
その少女は、確かに私の名前を言った。
私は愕然とした。どことなく黒ずみ始めた金色の髪、どんよりと濁った青い瞳、痩せこけてはいるけれども、それでも誰よりも整った顔立ち。
そう、誰が見ても薄汚いと口をそろえる少女は
「香奈子?」
――汚れた薄い布を纏った少女は、間違いなく山崎香奈子だった。




