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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
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64話 すべては迅速に


朝が来る。

昼が来る。

そして、夜が来る。

今日も夜が来てしまった。私は寝具に包まって、ため息を吐いた。



潜入してから、すでに4日目。迅速に行動しなければならないって聞かされていたのに、ナンシーが動き出す気配は0に等しい。眼が痛いほどの青空から郷愁を誘う夕焼けへ変わり、最終的には星が瞬く夜空へと変わっていくのを眺めているだけで、一日が過ぎて行ってしまう。

行動は迅速にしなければ、鍵疲れてしまう可能性があるというのに――ナンシーはなにをやっているのだろうか?枕に顔を埋めながら、疑問に眉をしかめてしまう。まったく、この世界に来てから幾度眉間にしわが寄ったことだろう。鏡で顔を真剣に見ることは少なくなったが、皺がこびりついてとれていないのではないか?と思わずにはいられない。



「―――怠い」



ごろんっと寝返りを打ちながら、呟いてみる。

だけど、事態は何も好転しない。やっぱり人任せなのがいけないのだろうか?いや、だからといって下手に動いて計画が露天したら、元も子もない。

『動かざること山の如し』と、孫子か誰かの言葉にあった。だけど、『侵略すること火の如し』と言う言葉もある。今回は、なるべく長期戦になってはならない。もし万が一、他国の内乱が少しでも収まってしまったら――こちらに兵が回ってきてしまう。戦力の差も兵糧の差も圧倒的である以上、即座に動いて決着をつけなければならないのに。



「ハヤブサ」



足元に蹲るハヤブサを、そっと呼んでみた。

くぅんっと泣き声を上げながら近づいてくるハヤブサに、思わず眉間のしわも解けるというものだ。――根本的な解決には、なっていないけれど。

四六時中、見張られているし、唯一監視の目が外れるトイレだって扉を開けた一歩向こうに備え付けられているし、香奈子との接触も禁じられている以上、外に出る手段もない。これだと、幽閉されているのと変わらない。

また、最初の日みたいに幽体離脱をしてみようか?そうしてみれば、外に出られる。

だけど、それはダメ。あまり何度もやる手段ではない。第一、相手方には黒魔術師の存在がばれているのだ。黒魔術に関する防衛術が敷かれていないとは、考えられない。

もっとも、師匠ルーシェの予想だったら『グランエンド城の周囲にしか対黒魔術防壁かけない』って言ってたけど、用心に越したことは無い。

今まで、用心しなくて痛い目を見たことは何度もある。だけど、用心をして痛い目を見たことは、ほとんどない。



さて、どうするか。



「ミールさんっ!!今日は会える?」



トントンっと言う扉の音と共に、香奈子の明るい声が伸びてくる。

私自身がそれに応えることは、許されていない。チラッと、マネキンのように監視する女性を一瞥する。私が応える代わりに、監視役の彼女が全て答えてくれる。

いや――正確に言えば――



「今日は、ミールちゃんの言語能力が回復していますか?」



ということなのだ。

香奈子には、私が『裏切られたショックで言語能力を失っている』ということになっている。だから、面会謝絶状態になっているというわけだ。



「カナコ様、彼女の言語能力は回復しつつあります。本日に限り、15分間でしたら面談を許可できるかと」



どうせ、今日も無理――ではなかったようだ。

さすがに4日間も何も起きていなかったので、少し警戒が解かれたのかもしれない。



『あまり話すな』



と、監視役の人は視線で話しかけてくる。

そんなこと分かりきっている。私は視線に頷き返すと、扉に目を向けた。

監視役の人が扉を開けた瞬間、バッと何かが飛び込んできた――と思った瞬間、身体に衝撃が走る。



「うわっと!!?」

「ミールちゃん!良くなって良かった――!本当に良かったよー!!」



鼻孔をくすぐるのは、花みたいな甘い香り。

私は思わず突き放そうと、柔らかな塊を力の限り押し返す。



「あっ、ごめん。びっくりしたよね?」

「……カナコ、でしたか」



いや、誰なのか分かっていたが――いきなりだったので驚いた。

私は女で逆ハーなんか効かないから問題ないけど、これを男相手にやった日には、どうなるか分からないぞ?いや、私が『友達』認定されている女性だから出来た行動なのかもしれないけど。



「うん、ひさしぶり。

なんというのかな、15分間ってなにを話したらいいのかな?たくさん話したいことがあって、迷っちゃうや!」



えへへ、と香奈子は笑う。

私も、なんとか微笑み返した。



「私の世界にもね、『失語症』って病気があるの。

でも、精神的な失語症はリハビリで治るって聞いたことあるから、元気出してね!声が出にくいのは、いまだけだから!」



私の両手を包み込むように握り、香奈子は目を光らせている。

その瞳には、善意の二文字しか浮かんでいない。それが痛ましく思えて仕方がない。

私は、香奈子を椅子へ促しながら、ふと違和感を覚えた。



「……今日は、1人?」



たどたどしく尋ねてみる。

香奈子の後ろには、誰もいない。

そう、普段は張り付いているはずの――いや、張り付かされているはずのナンシーの姿が見当たらないのだ。そこを指摘すると、香奈子の表情が若干曇った。



「うん、なんかね、体調が悪いんだって。最近、働きっぱなしだったから、疲れちゃったみたい。昨日、倒れちゃったの」

「倒れた!?」



ナンシー、なにをやっているんだ?

香奈子は、少し俯きながら椅子に腰を掛ける。



「うん、ブルースさんから頂いた茶葉を飲み始めたら急に気分を崩したみたいで―。

あっ、でも、ブルースさんが毒を盛ったというわけじゃないの。あの人は、『本当に疲れている人の身体を休ませる薬』を淹れただけだったんだから。事実、私はそこまで疲れていないから、倒れなかったもの」

「……」



香奈子の頭は、本当に全国模試でトップクラスだったのだろうか?

受験勉強の頭の良し悪しが、頭の良し悪しに直結しているわけではないと改めて確認する。

どう考えても、ナンシーがブルースの手によって排斥されたように思ってしまう。ナンシーは以前から『逆ハー陣営』から邪魔者扱いされていたのだから、どうしても邪推してしまう。






























いや、待て。




ココで、問題が起きないか?

監視役が紅茶を注ぐさまを、呆然と眺めながら気がついてしまった。

ナンシーの復帰予定が定かではない以上、ヴェーダ帝国の作戦が動き出すことは無い。

現状を伝えたくても、それを外に伝える術を私は持たないのだ。

ここまで読まれていたのか?それとも、たまたまか?



「ミールちゃん?」

「ん、あっ、ごめん」



私は慌てて謝り、紅茶を注いだカップに口を――つけかけ、それとなく飲んだふりをしてから離した。これにも何か盛られていたら、今後の行動に支障が出てくる。ナンシーに続いて私まで倒れたら、いや、私が倒れたら潜入した意味がなくなってしまうではないか。



(しかし、どうしたらいいんだろう?)



香奈子の話に耳を傾けながら、脳を働かせる。

ナンシーが動けない。私も動けない。グランエンドの城内にいる人員の中で、残されたのはナナシのみ。だけど、居場所も分からぬナナシとどうやって接触したらよいのだろうか。

この話の展開から、ナナシの居場所を聞くのは不自然だ。いや、仲間の場所を尋ねたいのだから、別に平気なのか?なんだか、思考が混乱してくる。答えが導き出せない。



「なにか、不安なことでもあるの?」



香奈子が顔を覗き込んでくる。

私は、ふるふるっと首を横に振った。微笑は固くなってしまったけど、これ以上柔らかいモノを作れそうにない。



「いいえ、特に」

「そんなこと無いように思えるけど――でも、なんか不安そう」

「不安なことなど、ないよ」



小さく言葉を返す。

もう背に腹は代えられない。香奈子が帰り次第――黒魔術を使って、ナナシの居場所を確かめよう。今の私には、それしかできない。



「そういえば、ミールちゃんと一緒に来た虚無僧の人なんだけど」



私は、つい動きを止めてしまう。

まさか、香奈子の口からナナシのことが語られるとは思ってもいなかったからだ。叫びたくなる気持ちを堪えて、平常心を装う。



「虚無僧?」

「うん、いつも編み笠を被っている人だよ!

そういえば、ミールちゃんと一緒に来た人がいたよなって思ったから、昨日部屋を訪ねてみたの!」



その後の展開が、瞼の裏に浮かんでくる。

ナナシの方には、香奈子の来室を断る理由がない。ナナシと香奈子が出会ったら、何が起きるだろうか。私は内心冷や汗をかきながら、冷静に聞き返す。



「彼は――元気にしていましたか?」

「うん!元気だったよ。」



カップを両手で包み込む手が、震えてしまう。



「でも、部屋の中で編み笠を被っているなんて、変だよね?だから、私、編み笠を外して貰ったの。

まさか、彼にあんな大きな傷があったなんて――ミールさんは知ってた?」

「………いいえ」



口から零れ落ちるのは、嘘の言葉。

私は香奈子の顔を見ていられなくなり、カップの中を覗き込む。

紅茶に映る私の顔は、震えから生じる波紋で酷く崩れていた。



「傷はね、傭兵業をしていた時に受けたんだって。可哀そうだよね――だから、そんな危険な仕事、もう辞めてって言ったんだ。争いのない世界になれば、必然的に傭兵業はいらなくなるから―――今のうちに、別の職業を見つけた方がいいって言ったんだ!

そしたら彼ね―――」



香奈子の声は、もう聞こえない。

代わりに脳裏で再生されるのは、師匠ルーシェ声だった。



『アイツの深編笠は、あらゆる幻惑系の魔術を相殺する。

天女の放つ幻惑魔術も効かなかったんだろうな。だから、アンタを逃がすことが出来た』



編み笠があったから、香奈子の魅了にかからなかった。

ナナシは、香奈子を『ただ綺麗なだけ』だと言い切ることが出来た。でも、ナナシは香奈子と直に顔を合わせてしまった。香奈子の魅了を受けてしまった以上、ナナシにはもう頼ることが出来ない。

このまま時間が経過したら、作戦も全て敵に流れてしまう。



「じゃあね、そろそろ帰るから――ミールちゃん、お大事に」



香奈子とナナシが出会ってしまったのは、1日前。

情報は、すでに敵に漏れてしまっているだろうか?いや、まだ遅くない。むしろ、このままのんびり部屋に軟禁されているわけにはいかない。



「うん、また今度」



香奈子に手を振る。

香奈子が部屋を退出し、監視役はドアの鍵を閉める。その瞬間、監視役は私に背を向けた。



「『斉藤澪が命じる』」



口の中で、呪文をつぶやく。

ぴりっと腕に痺れが奔る。懐に手を入れ、瓶の蓋を開ければ、いつも使役する浮遊霊が飛び出した。



「『源を奪え!』」



もう、私しかいない。

だから、私が迅速に行動しなくてはいけないのだ。

浮遊霊は監視役に急降下した。そして、ドアを施錠する監視役を背中から胸へと突き抜ける。

突き抜けた後の浮遊霊は、少し光を帯びていた。普段の青白い光ではなく、もっと温かい橙色の光を。



「ごめんなさい」



人形のように倒れこむ監視役に、私は謝罪の言葉をかけた。

何が起こったのか、監視役には分からなかっただろう。私は浮遊霊から橙色の光――生命力を受け取ると別の瓶にしまいこむ。



「でも、後で目を覚ますはずだから」



私が奪ったのは、生命力のみ。

だから、監視役は死んだのではない。急激に奪割れてしまったショックで気絶しているだけなのだ。

監視役が目を覚ますまで、おおよそ45分。それまでに、すべてを終わらせよう。



グランエンドの―――全てを。




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