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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
3つ目のルール
59/77

58話 垂らされた毒



赤子の吐いた大気のような雲が、藍色の空を流れる。

足にすりよるハヤブサを撫でると、私は城を一瞥した。

展望台の灯りは煌々と燃え、こちらを見下ろす兵の目は厳しい。

槍や弓を構える彼らは、こちらを牽制しているようだった。会話に応じようという気は、まったくもって感じられない。



「むこうからの接触は、なしか」



私は、チッと舌打ちをする。

いやいやエリザベートに従っているように見せれば、香奈子から私にコンタクトを取ってくるとばかり思っていたのだけれども……音沙汰なし。てっきり、交渉の糸口として城に呼び出されると思うくらいの仲になっていたと思ったのだが―――まだまだだったようだ。

まぁ、私自身ミオが香奈子の捨て駒だったわけだし。

そう上手くいくわけないか。



「――長期戦は不利って言ってたよね」



エリザベートたちが軍議で話し合っていたことを、反芻する。

軍備の差が開きすぎているので、長期戦は不利。しかし、一気にたたみかけるほどの糸口もなし。このままずるずると引きずっていては、食料供給が行き届かなくなりヴェーダ帝国側が自滅する。



「飢えるのを待ってる?」



呟いてみて、即座に意見を打ち消した。

それなら、こちらの補給線を断ちに来るはず。一刻も早く、こちらの食料がなくなった方がイイのだから。―――しかし、全く動く気配がない。

そもそも、城から伝令が出るような雰囲気もないのだ。この世界には、黒魔術以外に伝令手段がないのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。



「話し合いが纏まらないわけがない」



香奈子の一言で、全ての方針が決まっているはず。

香奈子の思考とは別の行動をするなんて、危ない橋を渡るわけがない。だって、あいつらは香奈子の取り巻きであり、嫌われるような行動はしたくないはずだから―――



「待て」



ちょっと待て。

それならなぜ、ゼクスは離脱した?

ゼクスは、香奈子が『すぐに仲直りできるよ!許してくれる』といった発言に失念し、国へ帰ってしまった。いってみれば、エドネス王国を拡大し豊かにすることが、彼の目標であり、香奈子に対する愛情が覚めたことで、その目標が再び熱を帯びた……のだと思う。

ということは、『逆ハーの加護』を受けても、それぞれ自分の意志がそこにはある。その意思に反する行動をすれば、いくら魅了されていたとしても香奈子から離れていくのか?


好きだったアイドルの熱愛疑惑で、一気にファンが減ってしまい、総選挙の順位が下がってしまうように―――。



でも、香奈子は――ブルースに、あまりにも非現実な『武力を使わない世界』を説いていた。だけど、ブルースは香奈子を嫌わずに、むしろ惚れて崇めている。





あぁダメだ。

頭が混乱する。私はため息とともに、本陣に引き返した。

その後を、とことことハヤブサがついてくる。本陣にはすでに、エリザベートと私のカツラを作ってくれた軍師、名目上は人質のアーニャ、そしてナナシの姿があった。



「帰ってきたわね、ミオ」



エリザベートがふふっと微笑む。

軍師は咳払いをすると、軍略用の地図をバッっと机の上に転がした。



「早速軍議を始めま――」

「た、大変でござる!!」



そんな時だ。

軍師の声をかき消すように、ソニアが駆け込んできたのだ。

これには軍師も、嫌そうに目を細める。



「ソニア・ヴェーダ隊長殿。貴方は外で見張りのはずでは?」

「見張りは信用できる部下に任してきたでござる!それよりも、一大事でござるのだ!!」



ソニアは荒い息を吐きながらも、手招きをする。

すると、縄で縛られた一人の男が転がり込んできた。みたところ、ヴェーダ帝国の鎧をまとう兵士のようだが―――



「こいつ、こんなものを持っていたでござる!!」



ソニアがエリザベートに差し出した書簡は、こちらから見えない。

ハヤブサに伏せと指示すると、私はエリザベートの背後に回り込んだ。しかし……その文面に眉をひそめてしまう。



「これ、単なる料理のレシピじゃないですか」



そこに書いてあったのは、なんにもない料理のレシピ。

だけど、それを呟いた途端、ソニアはもちろん、軍師やエリザベート、ナナシからまでも睨まれてしまった。



「そうか、ミオ殿は軍略をそこまで存じ上げなかったのでござるな」



ソニアは腰に手を当てながら、納得する。



「これは、料理のレシピに見せかけた暗号文でござる。

グランエンドでよく使われている文でござるよ」

「じゃあ……この兵士はグランエンドのスパイですか?」



私が、問うと軍師が頷く。

レシピ、もとい暗号文に書かれた文章はかなり切迫していたのかもしれない。渋い顔をしながら、厳しい声で語り始める。



「スパイというより、連絡役ですね。

これは、グランエンドの高官――アフルレッド王子とヴェーダ帝国の高官とのやりとりのようです。その証拠に、高官に渡されている印鑑が使われています」



ぴらりっと翻されたレシピの最後には、なるほど。たしかに、ヴェーダ帝国の紋章を記した印鑑が押されていた。この印鑑には見覚えがある。事実、私自身もこの任に着く際に『形だけ』ということで印鑑を頂戴したのだ。

『副隊長だという証拠に、印鑑を見せろ』と言われないこともないから。まぁ、聞かれなかったけど。



「ということは……内通者がいるということですか?」

「はい。それも印鑑を渡された高官―――すなわち――」



軍師は苦い顔で、レシピを畳む。



「印鑑を渡されるほどの高官―――この中に内通者がいるということです」



本陣に垂らされた、一滴の疑惑の毒。

これが、嵐を巻き起こすことになるなんて―――



この時の私には、想像もつかなかった。

ただただ困惑に暮れ、隣に立つナナシと顔を見合わせることしか出来なかった。




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