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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
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59話 疑惑

「さてと」



自分に用意された天幕に戻った私は、椅子に腰を掛けた。

もうずいぶんと大きく育ったというのに、いまだに膝に乗ろうとするハヤブサを手で制しながら、先程のまとめを書きとめることにする。



「印鑑を渡されているのは、この人達」



配給された羊皮紙に、名前を書き込んでいく。

現在、容疑者として挙げられる人物―――つまり、印鑑を持つ人物は、ご覧の5名。


《・エリザベート・テーレス・ヴェーダ陛下

・ユンカース軍師

・ソニア・ヴェーダ護衛隊長

・ナナシ

・私》




まずは、この軍の筆頭であるエリザベート陛下。

しかし、彼女が軍の情報を売る道理がない。なにせ、グランエンドに反旗を翻した敵の親玉だ。

すでに負けることが内定しており―――表面上戦っているだけなのか?

次に怪しいのは、軍師。

カツラを提供してくれた彼だが、裏では何を画策しているのか分からない。

最も、軍師という存在は貴重であるのと同時に凶器にもなる。敵将を飾りに据えて生かすことはあったとしても、軍師を生かすことは非常に少ない。

……まぁ、裏で繋がっているなら話は別だけど。



「ソニアさんは、画策する性格に見えない」



容姿は香奈子……にこそ劣るが、流れる雪色の髪に月の滴を集めたような瞳、背もスラリと高く、人形のように整えられた顔は、しっかりと『美女』の範疇に納まるだろう。

しかし、いかせん。語尾の「ござる」が全てを台無しにしてしまっている。

―――ヴェーダ姓ということで、エリザベートを排して自分が王座に納まりたいと考えているのであれば、繋がっていても不思議ではない。だけど、ソニアに嘘をつく器用さがあるとは到底思えない。



「1番怪しいのはナナシだけど……印鑑を使った形跡はなかった」



私の印鑑もそうだけど、1度も使用した形跡が認められない。

自動的に容疑者から外れてもよさそうなのに、私もナナシも自由行動が規制されている。

いまも、天幕を警戒する様に兵士たちが巡回しているのだ。



「はぁ……どういうこと?」



疑いだしたら、きりがない。

私自身はやってないし、印鑑も使った形跡がないけど、裏切る動機なら考えられなくはない。

だいたい、略歴が不明慮な私が軍隊にいること自体が異質なのだ。実は、グランエンドのスパイだったと思われても不思議ではないし、香奈子と接するうちに懐柔されたとか思われても不思議ではない。



「ハヤブサ、どう思う?」



耳の裏を器用に後ろ足で掻くのを止め、ハヤブサは私に視線を向けた。

くるっとした瞳を転がして、不思議そうに首をかしげる。



「……いや、犬に言っても分かるわけないか」



そう言いながら、淹れておいた茶を啜る。

以前にも感じたことだが、人間には『言葉』がある。犬と『言葉』は通じない―――いや、たまに通じてると思う時もあるが、往々にして意思疎通は不可能とされている。

しかし、人間には『言葉』で意思疎通をすることが出来る。

もちろん、『言葉』は偽ることが出来るし、はぐらかすこともできるので、それが真実とは限らない。




でも、尋ねてみる価値はある。



「……とはいっても、あのざまじゃ無理そう」



天幕をそっと退けて、外を覗き見る。

少し離れた所に立つのは、槍を構えた兵士たち。数少ない兵力をここに裂くほど、これは重要な事件なのだ。今さらながらに、納得する。そりゃそうだ、上層部に内通者がいるということは、こちらの策戦がダダ漏れだということ。

だから、私に接触を求めてこないのかもしれない。



「さてと、どうするか……ん?」



ぼんやりと天幕の中を歩きながら、思考する。すると、妙な違和感が肌を刺した。

先程までなかった気配を、どことなく感覚が捕えたようだ。



「ハヤブサ、おいで」



てくてくと歩いてくるハヤブサに手を伸ばしながら、気配の位置を探る。

だが、気配だけでは心もとない。ということで、こっそり黒魔術を使うことに決める。指の関節を曲げて、浮遊霊を操りながら辺りを探索した。

浮遊霊はぼんやりと宙にとどまりながらも、指の赴くままに動き始める。左目は、こちらに歩いてくるハヤブサに向けられていたが、右目は浮遊霊と認識を同調させていた。おかげで、全く別々のものが視界に飛び込む。

ようは、パソコンをやりながら本を読むようなことをしているわけだ。意識は散漫になるかもしれないが、両方やらなければいけないのだから仕方がない。



「……」



ハヤブサが私の腕に納まった頃、右目は何か異様なモノを抑えた。

机の影に佇む何か―――ちょうど大の大人一人分の異空間。そう、まるで透明マントか何かを被っているような部屋には存在するはずのない異質感だ。人間の眼では分からないことまでを、空から俯瞰するだけの浮遊霊は捕えている。

生者と死者と出は視る世界が違うし、死者の立場なんて普通思いつかないから、人間感覚で隠れても意味がない。

微かに笑みを浮かべながら、なにげなく机に近づいていく。



「動くな、そこの人」



右目が捕える人物が動き出そうとした瞬間、私は剣を引き抜いた。

そして、そいつの首元だと思われるところに剣を突き出す。

みつかるわけがないと思っていたのにかかわらず、見破られてしまった衝撃は―――想像を絶するだろう。さて、どう行動に出るか?



「大人しく投降の意を示しなさい、さもなければ……貴方の心臓を貰います」



すっと、心臓と思われる位置まで剣を動かした。

隠れている人の容姿は、全く分からない。

故に『姿を見せなさい』でも構わないのだが、姿が見えている体で話を進めよう。

……命を奪うつもりは毛頭ないが、こちらは相手の姿が見えているうえに、いつでも命を奪える。相手には、少なからずの恐怖心が生まれるはずだ。

恐怖心を植え付けた方が、交渉では有利な立場に置かれる。

戦争の交渉だって、有利な方が色々と条件を指定することが出来るように、有利な方が交渉の主導権を得るのだ。



(もっとも、この距離で特攻されたらひとたまりもないけど)



その時は、手持ちの人魂をすべて使用し盾にしよう。

勿体無いが、それしかない。



「……分かった」



異質な空間にたたずむ人物は、低い声で呟いた。

どこかで聞いたことのある声に、耳を疑う。

だけど、その声を言い当てる前に空間が爆ぜた。音もなく溶けるように現れたのは、長身の男だった。ちょうど、彼の心臓の位置に私の剣が置かれている。



「―――ナナシ?」



そこに立っていたのは、何処から見てもナナシそのものだった。

ここの警備は万全のはずなのに、何故彼は入ってこれたのだろうか?

傭兵の姿をし、深編笠をとったナナシは、私の僅かな隙を逃さない。

一瞬で私の裏側に回り込むと、首を締めるように腕を回す。ハヤブサと剣を床に落とし、その腕を取ろうとする。しかし、大の男と女子高生の力の差は埋まらない。



「ぐっ……くはっ」



肺が空気を求めているというのは、今まさにこの状況だ。

声も出なければ、息もまともに吸えない。

なんとかナナシの顔を視ようとするが、彼は余裕そのものの無表情を浮かべていた。



「死にたくなければ、答えろ」



状況は見事に逆転された。

主導権を取られた私は、ナナシの言葉に神経を集中させる。

ナナシは私の耳元に口を近づけると、低い声---しかし、どことなく切羽詰った声で、こう囁いた。



「お前が裏切り者か?」




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