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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
3つ目のルール
43/77

42話 慈母のような悪意


ソニアは剣柄に手をかけ、香奈子を睨みつけた。

とてもではないが、我慢できなかったのだろう。

眉間に深く皺をよせ、それでも必死に言葉を選んで低く唸った。



「失礼でござろう!傷心の陛下に、なれなれしく話しかけるなど――!!」

「よしなさい、ソニア」




エリザベートが、今にも噛みつきそうなソニアを宥める。

その様子を香奈子は、不思議そうに首を傾けていた。何か、自分が怒られるようなことをしてしまっただろうか……と考えているようにも見える。

だけど、まぁいいか。と開き直ったように笑顔を浮かべた。



「お久しぶりでございます、カナコ様。先程は、部下が失礼をおかけいたしました」

「いえ、全然気にしていませんから!」



にこにこっと周りにバラが咲きそうな笑みを浮かべた香奈子は、首を横に振るう。

そして、コホンっと咳払いをすると話の鯉口を斬った。



「実は、ヴェーダ帝国にも平和同盟に参加して欲しいんです!よろしくお願いします!!」



ぺこりっと頭を下げる。

香奈子が頭を下げた瞬間、エリザベートは不快そうな表情を一瞬、ほんの一瞬だけ浮かべたが、再び弱弱しい顔をつくろった。



「それは―――難しいです」



白いドレスと揃いの白羽扇で口元を隠しながら、エリザベートは囁いた。目元に涙をにじませている。……まさに、迫真の演技というものだ。



「ごめんなさい……本当は私も戦のない世を望んでおります。

しかし……我が民が『他の国の傘下に入るなど、言語道断!』との反応をしめてしています」



香奈子は、少し驚いたような表情を浮かべた。



「先代や先先代のような統率力は――私にはないのです」

「そんなこと無いと思います!」



香奈子は、肩を震わすエリザベートを慰めはじめた。

まるで、慈母のように、優しく柔らかく包み込むような表情で―――



「前回の世界会議の時のエリザベートさんは、もっと堂々と優雅で風格を漂わせていました。だから、落ち込まないで平気です。もっと――自信を持ってください!」



その問いかけに対し、エリザベートは疲れたように微笑み返す。



「もう疲れてしまったのです。上に立つのも……祖母様達の真似事をするのも」



香奈子の表情に、戸惑いが映る。

その悩みは、香奈子には理解できない悩み。全てが完璧な状態で生まれてきた香奈子ひとには、完璧ではない者の抱く苦悩など理解できるはずがない。

もし、エリザベートが本当に苦悩している人だったら……香奈子の言葉は『悪意』にしかならない。

『もっと、もっと頑張れ』と自分を追い立てているように聞こえてしまうはずだ。

……とはいえ、私には、どのような言葉が正解なのか分からないけど。



「国内が落ち着いてから……同盟への参加を検討してみますね。

だから―――今回は、『グランエンド建国の儀』をお祝いしたいと思います」

「そう……ですか」



香奈子は淋しそうに微笑み、一歩後ろに下がる。

そして、ゆっくりと辺りを見渡す。相変わらず深編笠を被ったナナシ、いまだにどことなく威嚇をするソニア、茶色のカツラを被った私、そして私に抱かれたハヤブサでピタリっと止まった。



「か、可愛い!!」



香奈子は頬を赤く染め、飛び跳ねる様に近づいてきた。

……そういえば、香奈子は動物好きだったっけ?と思い出しながら、ハヤブサを護る様に抱きかかえ直す。



「こ、こ、この子!ミールさんのワンちゃんですか!?」

「…まぁ…」

「撫でても構いませんか!?」



……内心、ため息をつく。

香奈子は、ハヤブサに触ろうと手を宙に彷徨わせている。きっと、私が了承した瞬間に、撫でるどころか私の手からハヤブサを取り上げ、抱きかかえる。――過去の経験上、そんな展開になりそうな気がする。

ハヤブサに視線を落とすと、何もわかっていない黒い眼で私を見上げてきた。



「撫でるだけ、でしたら」

「ありがとうございます!」



案の定、私の腕のハヤブサを奪うように両手で持ち上げると、ギュッと抱きしめていた。ハヤブサは胸の谷間に頭を押し付けられ、あたふたあたふたと悶えている。……きっと、呼吸が出来ないのだろう。



「もう、可愛い!お転婆わんちゃんですね!!」



香奈子は、ハヤブサの苦行に全く気がついていない。

むしろ、ますますギュッと抱きしめている。



「名前は、なんていうの?」

「……ハヤブサです」

「ハヤブサって言うんだ!もう可愛い!!もふもふ~!!」



わしゃわしゃと撫でながら、幸せの絶頂とでもいうように破顔していた。……ハヤブサの獣臭など気にしていないみたいだ。



「あの…カナコ様?苦しそうですよ?」



私がハヤブサを救出する前に、メイドらしき少女がおずおずと進言する。

その言葉で、ハヤブサは解放される。香奈子の腕が緩んだ時を狙い、まっすぐに私の後ろに回り込む。そこでぶるぶると震えながら、尻尾を丸めていた。



「もしかして、ナンシーちゃんもハヤブサちゃんに触りたかったの?」

「ご、ごめんなさい。私は…犬はそこまで好きではないので」

「そう、なんだ……可愛いのに」



私はハヤブサをゆっくり撫でながら、彼女たちの会話に耳を傾けていた。

ナンシーと呼ばれたメイドの顔は、明らかにやつれている。どうやら、香奈子から『親友』認定されてしまったようだ。いや、まだ『友達』と言ったところか。



「ねぇ、ミールさん。今度、またハヤブサちゃんと遊んでいですか?」

「そうですね……」



その問いかけに応える前に、ちらりとエリザベートの方を視た。

エリザベートは、眼で『了』と示す。私は口元をにぃっと歪めると



「問題ありませんよ。それではまた後ほど。……大変申し訳ありませんが、長旅で陛下がお疲れの様子なので……」



申し訳なさそうに告げると、香奈子の顔は曇った。



「そう……それなら、仕方ないわ。またね、ミールさん!」



完全に敬語のとれた香奈子に、若干の警戒心を抱く。

これは、もしかして……カナコは、私が『斉藤澪』だと分かっているのではないだろうか?

暗に『分かっている』と示すため、敬語を外して話しているのだろうか?



疑問が、浮かび上がってくる。

だけど――



「次に会う時は、もふもふ―――じゃなくて、ハヤブサちゃんも連れてきてね!」



と、満面の笑みでいう香奈子は、特に謀を考えているようには見えない。

だけど、油断は禁物だ。

事態は、決して良い方へと考えてはいけない。いくら現状が良かったとしても、常に、悪い方へ悪い方へと考えなくてはならない。



「行きましたか?」



香奈子たちが去ってからしばらくした後、エリザベートがポツリとつぶやく。

浮遊霊たちは、警戒音を発していない。

恐らく、危険カナコは去ったのだろう。私は黙って頷くと、エリザベートは疲れた様にホッと息を吐き出した。



「演技というのは、疲れるモノですね」



弱弱しい女から女帝に戻ったエリザベートは、冷めきった紅茶を啜る。

ソニアも、その場に倒れこみそうだ。



「まったく、なんでござる!無礼すぎるでござる」



ナナシは、特に何も反応を示さない。

深編笠で『逆ハー』から護られているとはいえ、少し不安になってしまう。

万が一、ナナシが香奈子の虜になってしまったら、どうしたらいいのだろうか。

私は、ナナシを覗き込んだ。



「大丈夫ですか、ナナシさん?」

「……」


問題ない、というようにナナシは首を横に振った。



「香奈子のことを、どう思います?」

「……外見が綺麗なだけ。それ以外は何も」



私はホッと一息つく。

香奈子に魅了されてしまった人は、香奈子を褒めまくる。決して『外見が綺麗なだけ』とは言わない。『見た目だけではなく、心まで綺麗な人』と、魅了された男どもは言う。今回の場合、香奈子はエリザベートに優しく手を差し伸べていた。

だから、魅了されていたら『優しい子』と答えるはず。でもそれは無かった。



吐き捨てる様に、本当に興味なさ気にナナシは呟いていた。

だから、私はホッとする。

……ナナシが香奈子に骨抜きにされた姿を……あまり見たくない。



「さて、作戦に戻りましょう」



パンパンっと、エリザベートは軽く手を叩く。

私はナナシの傍から離れると、ハヤブサを再び抱き上げた。



「カナコ・ヤマザキを傾国の美女とするために、ね」





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