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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
39/77

38話 白服の女帝

ヴェーダ帝国議会が招集されたのは、良くも悪くも『報』が届けられた翌日のことだった。

重鎮たちの顔色は強張り、これから論じられる内容を知らぬものでも、無意識に強張っている。

来年度の予算案も決定し、国内の重要案件も済んだのにもかかわらず、朝一番で会議が招集される。そう、それは予想外の事態が起きたということ。

その予想外の事態というのは、大抵が隣国との関係悪化。すなわち―――



―近隣国と続いていた細やかな小康状態が、崩れることを意味しているのだから―



(……居にくい)



ナナシの横に腰を掛ける私は、ため息をこらえていた。

ヴェーダ帝国帝都に到着し、御簾越しに女帝と謁見が叶った時から早1時間が経過。

ルーシェから私達がココに来ることは、すでに知らされていたらしい。城門兵士に紹介状を提出し、編笠を取っただけで謁見が許可され、あれよあれよという間に、ここに座らされている。

数日ぶりに風呂に入ることが出来たが、のんびりと浸かっている間もなかった。ゴシゴシと削り取る様に最低限の汚れを落とした後、私はナナシと一緒に案内された椅子に腰を掛けるよう促された。

…ナナシは相変わらず深編笠を被っているので、表情が分からない。

だけれども、ほんのりと石鹸の香りがした。たぶん、彼も風呂に入れさせられたのだろう。



(でも、風呂自身を楽しめるのは当分先なんだろうな)



『戦とは素早く一気に行うこと』という言葉がある様に、私に休む暇なんて与えられるわけがないのだ。むしろ、風呂に入って身を清める時間が与えられただけでも、良かったのだと思う。



(しかしまぁ……視線が痛いこと)



普段、この会議場にいない者、しかも全く見覚えのない者と言えば、他国からの使者と考えるのが妥当だろう。そして、この会議の鍵を握っているのだとも―――

だから、彼らの重い視線が全て私とナナシに集中していた。

嫉妬や憎悪といった視線なら耐えられる。しかし、私自身に胡散臭そうな眼差しと、好奇の眼差しを向けられたことは少ない。私はじっと目をつぶり、背筋を伸ばし直した。






どれくらい経っただろう。

直ぐのようにも思えるし、かなり時間が経過してからのようにも思える。

高まる議会内の不安や緊張で身体が悲鳴を上げかけたその時、それらを一蹴するように扉が大きく開かれた。



「エリザベート・テーレス・ヴェーダ女王陛下、ご入場!」



淀んだ空気が一掃された。

凛、と引き締まり、一同立ち上がる。私も慌てて立ち上がり、他の人たちの見よう見真似で礼をする。



「皆の者、顔を御上げなさい」



優しくも芯のある声が、静まりかえった議会に響き渡る。

その声に、何処か聞き覚えがあるような気がした。まるで、頭の片隅に引っかかったような―――

そんな疑問を覚えながら、ゆっくりと顔を上げた。



「ヴェーダ帝国6代皇帝、エリザベート・テーレス・ヴェーダの名において、議会の開催を宣言します」



私は顔を上げると、声の方へと視線を向けた。

もはや、彼女と私を遮る御簾はない。

ヴェーダ帝国女帝、エリザベート陛下は白い質素なドレスを身に纏い、背をしっかり伸ばした女性だった。焦茶色の髪をシニヨンで纏め上げた女性の顔に目を移した時、ハッと息をのんでしまう。



労わるような声と、柔らかな瞳。だけど、その奥に輝く強く厳しい光。

額から目元にかけて、生々しい傷跡が掛けるは、間違いなく見覚えがあるものだった。



「とりあえず、席についてくださるかしら?さっそく、本題に入りたいの」



エリザベートが促し、私達は椅子に腰かけた。

果たして、目の前にいる女帝が、カナンの町で出会った中年女性なのか?考える間もない、確かに本人だ。一国の主とちっぽけな町で出会うなんて、雲をつかむような話だけど――事実、ありえたのだから否定できない。

いったいなぜ?ということは、今は横に置いておこう。

カナンで会ったことは一旦忘れて、会議に集中するときだ。



「まずは、悪い知らせ」



そう言いながら、エリザベートは書類を捲り上げる。

不敵な微笑みは、どことなくルーシェと通じるものを感じられた。



「『グランエンド』の次期宰相から、書状が届きました。

用件をまとめると『平和同盟への参加を、再度検討していただきたい』

『もはや、参加していない国は貴殿ヴェーダのみ』『プツェルの二の舞になりたくなければ、降伏すべし』

……とのことです」



話が進むにつれて、重鎮たちの顔色がこわばっていくのがよく分かる。

顔は青ざめ、口々に思い思いの言葉を紡ぎ始めた。



「降伏なんて、もってのほかだ!」

「いや、しかしメルト王国やエドネス王国に攻め込まれたら……さすがに現状、まずいぞ?」

「ここは、長いモノに巻かれて時を待った方が―――」

「待つなぞ、もってのほか!牙をむかれてしまう。ここは、先手必勝!徹底抗戦!」

「補給線はどうする?そもそも戦以前に、プツェルのようにされたら、どうするんだ?」

「確かに『戦わずして』勝たれたからな……あそこは」




議会は、一気に騒然となる。

私は圧倒され、しばらく黙り込んでしまった。若干、重鎮たちの勢いに引いてしまう。



「静粛になさってください。

良い知らせもありますよ」



パンパンっと、エリザベートが軽く手を叩いた。

すると、少し静まり返る。エリザベートはコホンっと咳払いをすると、私とナナシに手を向けた。



「気になっている方も多いですね。

彼は『深編笠の傭兵』、彼女は『稀代の黒魔術師』。2人とも、ルーシェ様が信用なさる弟子であり、吉報を届けてくださりました」



『ルーシェ』の名前が出た途端、場が急に色めきたった。

私を見る目が、一気に変化する。

胡散臭そうな視線は一切なくなり、好奇と畏怖の視線が強まった。

前から思っていたが、師匠ルーシェはいったい何者なのだろう?各国の重鎮とつながっているみたいだし、プツェルが落ちた時の反応や今の状況からして、ヴェーダ帝国の関係者っぽい。しかも、かなり上の位の―――

あとで、調べてみよう。



「ついに『計画』が実を結びそうです」

「なっ!?」




ひげを蓄えた重鎮が、驚きのあまり立ち上がる。

立ち上がらないまでにしても、その驚き用は人それぞれで、ざわめきが起きた。

エリザベートは軽く肩手を挙げて、ざわめきを制した。波が引くように囁きが減り、辺りは静まり返る。



「『平和同盟』は、カナコ・ヤマザキを頂点に添えたカナコ・ヤマザキのためだけの楽園。

誇り高きヴェーダ帝国人が、楽園を維持する奴隷に成り下がる。

―――屈辱の極みだと思わないませんこと?」



静かに燃える憎しみの炎。

エリザベートから放たれた炎は、徐々に議会場を侵食していく。



現在のグランエンド―――いや、平和同盟は、香奈子のための楽園と化している。

それは、間違いではない。事実であろう。絶対的権力を持つ首脳陣が、香奈子に骨抜きにされているのだから。

……楽園を維持するためには、やはり金が要る。

では、その金はどこから工面するのか?

当然、平和同盟に集った国が出し合うのだろう。

それに加えて、『香奈子への貢物』を用意しなければならないのだから、通常の生活費以外にも金は入用だ。

そんな大金を、自国のためではなく、得体のしれぬ香奈子のためだけに用意する。

まさに、『屈辱の極み』に違いない。



「表向き、同盟国は『攻める戦争』を禁じられている」



将軍らしき男が、通る声で呟いた。



「まず一発、こちらから先制攻撃を仕掛ける。

すると、グランエンドはどう出るか?

『やられたから、やり返す!』とくるか。はたまた『護り』に入るか」

「それは、読めませんね――現時点では、両方あり得るでしょう。

だから、表立って戦わない方が得策かと」



髪の長い男性が、ふんわりと呟いた。

その周囲で、何人かが首を縦に振り同意の意を示す。男性は、諸葛孔明のような羽扇子をもてあそびながら言葉を紡ぎ続けた。



「ですが、戦わないでみすみす国を明け渡す事態になっては遅いです。

『戦とは、戦う前が本番』という言葉があります。迅速に行動方針を決め、最善の準備を整えた方がよろしいかと思いますよ」



すると、その男の発言に拍手した者が現れた。

スラリと長い銀髪を緑のリボンで結びあげた女性が、感心したように手を叩く。……この議会ないでは、一際若い。たぶん、私の次に若いのではないだろうか?将としてはまだ若い20歳そこそこの銀髪女性は、目を輝かせながら、口を開いた。



「軍師殿は、凄いでござるな!それで――その策は考えているのでござるか?」



銀髪の女性が、独特な口調で軍師に質疑を投げかける。

……凄いキャラが立っているな……不謹慎ながらも、そう思ってしまう私がいた。顔に似合わぬ口癖に、思わずこけそうになる。

だけど、議会の人は既に彼女の口癖を知っているのだろう。何も感じなかったように、銀髪女性を視て、それから軍師の反応へと視線を移した。



「いいえ、ソニア殿。それを今から話し合おうと考えておるのです」



軍師は少し微笑みを浮かべ、羽扇子で口元を隠す。

呆れているのか、なんなのか―――不愉快な笑みを浮かべながら。



「それでしたら、いい戦略があるでござるよ!!」



ソニアと呼ばれた銀髪の女性は、自信に満ちた面持ちで辺りを見渡した。

しかし、それを本気にしていない者の方が多い。耳を澄ませてみると、辺りから老人たちのひそひそと囁き合う声が聞こえてきた。



「ふん、ヴェーダの末席の小娘が」

「所詮、武功だけで成り上がった女よ」

「いや……あれでも、やるときは出来る子だぞ。みろ、自信満々だ」



陰口をたたかれる反面、あまりにも自信がありそうなソニアの口調に、重鎮たちの中には身を乗り出す者もいた。

ソニアは、まったく陰口など気にせず、むしろ聞こえていないのかもしれない程の明るい笑みで、作戦名を告げた。







「名付けて『酔っ払い作戦』でござる!!」





一部改訂


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