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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
番外のルール
38/77

37話 納涼物語《後編》


遊園地を歩いていると、貫くような悲鳴を聞くことがある。

それは、ジェットコースターから聞こえる黄色い悲鳴。

それは、お化け屋敷を震わす叫び声。



しかし、それらには若干、楽しんでいるような色が含まれている。

それは、何故だろう?

答えは簡単だ。恐怖を感じながらも、『これは作り物』という感情が働いているからだ。自分は必ず『安全』だという気持ちが、深層心理に根付いているのだ。

だから、『声』を上げることが出来る。

しかし、真の『恐怖』というものは『悲鳴』を出さない。

――『悲鳴』を出すという心のゆとりすらなくなり、感情が麻痺している。だから、悲鳴が出せない。出すことも思いつかない。



そう、つまり―――




「……私、麻痺してたんだ」



宿の一室に戻ってきた私は、ため息をつきながら膝に顔をつける。

蝋燭が1本だけ灯った部屋で、日本の妖怪…たとえば『のっぺらぼう』、『カシマさん』、『口裂け女』の噺を語り、最後の締めとして、幽霊遭遇経験を語ったところ、誰もが悲鳴を上げて怖がってくれた。

『ただ幽霊がそこに立っていただけの噺でしょ』と思っていたが、前言撤回。

私は『麻痺』していたことを再確認。

客観的に判断する力を、しっかりと身につけなくてはならない。

広い視点で物事を視る『達観』は、一時的に使えるようになったけど―――まだまだ未熟。

数秒しか状態を保てないので、これを永続できるよう……旅の途中にも、出来る限り修行を積み重ねなければ。



『感情の麻痺』ほど、おそろしいものはない。

極端な例を挙げてみると、香奈子の無自覚な逆ハーレム形成。あれも、男に好かれているという感覚が完全に麻痺してしまっている。

……麻痺というか、ただ単に『知らないだけ』というのも考えられるけど……



「……はぁ」



私はため息をつき、部屋を出た。

手洗いに行ったら、今日はもう寝よう。

明日も朝が、早いのだから。

さっさと用を終え、眠い瞼をこすりながら宿の薄暗い通路を歩く。ひた……ひた……と音を立てながら歩く。さっさと自室へと急いでいたが、その時だ。妙な音を感じた。



シャコ……シャコ……シャコっという何かを研ぐような音。

そして、それに混じって聞こえるのは液体を啜る音。

明日の料理の仕込でもしているのか?と思ったが、まだ深夜。朝までかなり時間がある。

では、この音は―――なんなのだろうか?

気にせず自室に戻ろうか、と思ったが―――音の正体が気になって堪らなかった。

私は滑る様に廊下を渡り、音の方へと歩みを進める。



シャコ……シャコ…という音が、徐々に近づいてくる。

角を曲がれば、ちょうど厨房の位置だけが明るい。闇に沈みそうなくらい空間の中に、ぼぅっと厨房だけが明りを灯っていた。



(なんだ、やっぱり仕込だ)



そう思い、足を引き返そうとする。

だけど、やはり妙な感覚が拭い取れない。ゆっくりと厨房に足を近づけいく。厨房は明かりこそついているようだが、障子で区切られていて覗き込むことが出来ない。

ただ、白い障子の中で人影が影絵のように動いているのが見て取れた。

髪を振り乱しながら、誰かが一心不乱に庖丁を研ぐ影が。

障子越しから、静かな覇気のようなモノまで伝わってくる。



(よっぽど、熱心に研いでいるんだな)



シャコ……シャコ…という音が大きくなる。

時たま、ずずっと何かを舐める音が重なり、なんというか……これは、本当に仕込現場なのか?と疑問に思ってしまう。



(いったい、中で何をしているんだろう?)



私は悩んだ。

障子を開けて、こっそり中を覗いてみようか?

しかし、その考えはすぐに打ち消す。研ぐ音が響いているくらい、静かな空間なのだ。

障子を開ける音というのは、以外にも響くこと。開けた瞬間、誰かがいるということに気がついて、研ぐのを辞めてしまうかもしれない。




(なら、こうすればいい)



私はニヤリっと笑い、人差し指を軽く舐めた。

しっとりと湿った指で、そのまま障子の端を貫く。小学生の頃、こうして障子に穴をあけて覗いてみたモノだ。覗かれた側はたまったものではないが、小さな穴から向こうを見てみると、まるで別世界を鑑賞しているような不思議な気分になってくる。

何度も怒られたけど、結構懲りずにのぞいたものだ。

そんなことを思い出しながら、私は昔のように穴を覗き込み―――



「んな!?」



驚きのあまり、声を漏らしてしまった。

その声を聴きつけたのだろう。

研ぐ音も舐める音もピタリ、と止む。そして、障子が勢いよく開かれた。



「………視たな」



そこに立っていたのは、立派な角の生えた老婆。

白い髪を振り乱し、赤く輝く包丁片手に、口の端から血を滴らせている。

その奥に見えたのは、研ぎ石と―――赤く染まった誰かの頭―――




まずい!と直感で感じる。

慌てて懐に手を伸ばして、人魂を使おうとした。しかし、魂を収めた瓶がどこにも見当たらない。懐から帯まで全て探したが、どこにもないのだ。



「やばっ」



考えてみれば、私はトイレに立っただけ。

このまますぐに、自室で寝てしまおうと思っていたのだ。

なんで、懐刀を忍ばせておかなかったのだろうか。悔しくて、悔しくて、思いっきり唇をかむ。



対抗手段がない。

とっさに、ハヤブサとナナシの名前を呼ぼうとした。だけど、そうはさせまいと言わんばかりに、老婆が私の口を圧迫してきた。

暑苦しい分厚い掌で、まるで呼吸する権利を奪うような勢いで―――



「お前は明日の朝、喰おうと思っていたが―――ちょうどいい。夜食と行こう」



老婆は赤い歯を剥きだしにし、包丁がきらりと輝き、私の首元目がけて一直線に―――――









「はっ!?」



飛び起きる。

その途端、ぱったり研ぐ音も、老婆も、何もかもが消えた。

代わりに、目の前には宿の一室。ナナシとハヤブサが、いきなり大声を出した私を不思議そうに見つめてくる。



「あ……」



視ると、ナナシの手には砥石が握られていた。

その横には、今研いでいたと思われる刀が転がっている。

ハヤブサはオヤツ代わりに渡した鳥の骨を、しゃぶっているところだったようだ。歯型がついた骨が転がっている。



「……夢でよかった……」



私はホッと一息を着いて、再び布団にもぐった。

布団にもぐった記憶もなければ、ナナシの部屋にいる理由も分からない。

だけど、きっと私が忘れているだけなのだろう。



眠りに落ちていく時、ふと―――ナナシの傍らに落ちた包丁に見覚えがある気がしたけど―――

それはたぶん、気のせいだろう。




あれは、夢の出来事だったのだから。







番外のルール、終了です。

次回から、第三章に突入します!

これからも、よろしくお願いします。


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