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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
2つ目のルール
33/77

32話 2つ目のルール


太陽が寂しい岩肌を、赤色に染めている。

この光景を視るとき、あぁ朝が来た、と思うのだ。

ハヤブサの声を目覚まし代わりにし、急いで朝食の支度を始める。そう、それが私の朝の日常。

だけど、その日常は―――もうおしまい。



「準備は出来たか?」



幾分か砕けた口調になったナナシが、私に問いかけてくる。

ちょうど、鞄に最後の魔術書を詰め込むところだった。私は後ろを振り返って、コクリと頷いて見せる。



「はい。あと少しだけ待っていただけると助かります」

「分かった。先に外に出ている」



そう言って、ナナシは出て行った。

狭い部屋には、私とハヤブサだけになる。

3ヵ月前、歩くだけで埃が舞い、いたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされ、人が生活できるとは考えられなかった空間。

まるで、あれから何年も経過したみたいに思える。



「ハヤブサ、本当について来るの?」



問いかけると、絶対に離れるものか!と言わんばかりに擦り寄ってきた。

本当ならば、師匠ルーシェに預けて、私とナナシで旅立った方がハヤブサのためなのだと思う。でも、信用しきっている黒い瞳と寂しそうな鳴き声に、来るな!とは言えなかった。

まだまだ甘い私に、苦笑を浮かべる。



「今度は――本当に危険だよ」



ルーシェは、……理由は分からないけど……ヴェーダ帝国を護るため、ナナシは、ゼクスの忠誠を果たすため、そして私は―――復讐のために香奈子と戦う。

目的は一致した。だからこそ、手を取り合う。

ルーシェは更なる情報を集めるため、この山から降りない。だからまず……私とナナシは帝国首都へ向かう。

そして首都で女帝と謁見した後、使節団に混ざりグランエンド王国へと向かうのだ。

天女と称される香奈子へ一矢報いるために。

作戦内容の大まかな話は、すでにルーシェから聞かされている。

僅かな情報から推測される話をつなぎ合わせ考え練った作戦には、思わず舌を巻いてしまった。

だけど―――リスクはある。

誰か1人でも裏切ったら、即に破たんする計画だ。




――それは、人を信用しないと出来ない計画―――



『大丈夫か、弟子』



私の方を見据えて、ルーシェが唱える。

だから、私は賛同した。ルーシェは私を信用してくれている。その気持ちを裏切るわけにはいかない。裏切ったら、私も香奈子と同じに成り下がってしまう。

それに―――



「ありがとう」



きっと、躊躇いもなく賛同できたのはハヤブサのおかげだ。

出会った当初よりも、ずいぶんと重くなったハヤブサを抱き上げる。

自分でも――かなり丸くなったなって思う。数か月前まで、私はもっと尖っていた。今でも人に近づくことを怯えるハリネズミ。でも、それでも人と接しようと思えるのは――少しでも信じようと思えるのは―――



それは、きっとハヤブサのおかげ。



親友だと思っていた香奈子に裏切られて、ゼクスに見捨てられて、知らない人から石を投げられる。そんな生活の中、唯一ついてきてくれたハヤブサのおかげで―――救われたのだと思う。少なくとも、ずっしりと鉛のように重かった心は軽くなった。



だからこそ、恩犬を危険に巻き込みたくない。

でも私は、死地へ連れて行く。

矛盾を感じながらも、私は宣言した。



「さぁ、行こうか」



ハヤブサを床におろし、鞄を背負う。

同意するように吠えたハヤブサを尻目に、私は重たかった扉を開けた。

玄関の扉を開けると、太陽の日差しで目が眩みかける。

朝日とはいえ、暗い所から明るい場所に出たのだ。眼が眩んで当然だ。いつもなら瞳を閉じるのだけれども、今日は違う。

瞼を開いて、しっかりと前を向いた。



「準備が出来たみたいだな」



見送りのためだろうか。

ルーシェは壁に背を預け、煙草をふかしていた。

まるで、これから買い出しに出かける子供を視るような眼差しを向けてくる。



「今までお世話になりました」



気がつくと、自然と頭を下げていた。

人使いが荒い上に、家事掃除が全くできない社会不適合者。そして、私を鍛えてくれた師であり、不思議な人脈があって絶対的に回したくない人。

礼と愚痴は、とんとんで、全てを語りつくせない。

だけど―――最終的には、礼の方に天秤が傾くだろう。

ルーシェは、そんな私を黙って見下ろしている。



「黒魔術師は――黒髪は、忌避される」



当たり前のことを、ルーシェは口にする。



「しかし、忌避されながらも政治の裏舞台に常に存在していた……100年前までは」



ふぅっと吐かれる白い煙。

以前にも出てきた『100年前』というキーワード。今度こそ、何があったのか話してくれるのだろうか?少し期待を込めて仰ぎ見る。

しかし、ルーシェは何も話さない。



「政治は表だけじゃない。裏の土台がしっかりしてこそ、成り立つもの。

しかし、天女には視えていない。天女という巨大な光に目を眩ませた男共にも、な」



にやりと笑い、わっしゃわっしゃと私の頭を撫でる。

顔が赤くなるのは、それは眩しい朝日に照らされてだろうか。きっと、そうに違いない。

私は顔を俯かせると、師匠の最後の言葉を待った。



「行って来い、弟子ミオ

「はい、行ってきます―――師匠。

あまり飲み過ぎないでくださいね」



返事は聞かない。

崖で待っているナナシへと、歩みを進める。

もう、振り返ることはしなかった。



「準備は出来たか?」



その問いに、黙って頷いて返す。

ナナシは、いつもの無表情だ。右手に馴染みの深編笠を携え、左手には通常の編笠を抱えている。なんで2つも笠を持っているのか?それを考える間もなく、ポンっと私に編笠を被せた。



「黒髪は、隠した方がいい」

「……了解しました」



笠を更に深くかぶり、赤らめた顔を隠す。ちらりとナナシの表情を仰ぎ見る。

先程と同じ無表情のまま、深編笠を被ろうとしていた。



「ナナシさんは、私以上に被っていてくださいね。

ナナシさんが洗脳されたら、計画に支障が出てきますから」



私が告げると、ナナシの無表情はようやく崩れる。

崩れるといっても、大幅に崩れたのではない。ほんの少し―――小匙一杯分の笑み分だけ、ふっと崩れる。



「了解した。気を付けよう」



普段のナナシからは考えられない、どこか優しげな表情を心に深く刻みつける。

朝日に照らされた表情は柔らかくて――ハヤブサに救われてから明るくなったとはいえ、まだ暗かった周囲の色が、明るみを帯びて心を吹き抜ける。



もしかしたら、あの表情は幻影だったのかもしれない。

ナナシは、顔を隠すように深編笠を被ってしまったのだから。

だけど、あの反則的な笑みは確かに刻まれている。―――それでいい。








人間は、隙を見せると裏切る。

でも、最終的には信用しないと生きていけない。

傍にいて『楽』が出来るというのと、『信用』ができるというのは違うのだ。

前者は私と香奈子の関係であり、ゼクスとの関係でもある。

自分が『楽』なのは、相手も『楽』だから。

その『楽』が消えた瞬間、全てが崩れてしまう。

実際、私は香奈子を指摘しなかった。だから、いままで『親友A』という『楽』な関係でいられた。指摘した瞬間、崩れてしまうことを知らずに―――




一方、ナナシが進めた旅路やルーシェの指導は、決して『楽』ではなかった。

むしろ、弱音を吐きたい苦しい展開ばかりだった。でも―――その中に積み重ねられた経験は、ずっしりと重い。いままで16年間積み重ねてきた体験と比べ物にならないくらい、内容の深い経験ばかりだ。

その辛さは、私のことを真に考えてくれたからこそ生まれたモノ。



だからこそ―――信用が出来る、のだと思う。




ならば、私も相手を想って真に行動しよう。

足元のハヤブサに視線を向けると、くるっとした純粋な瞳と目線が合う。尻尾を一振りし、嬉しそうに吠えた。

これから待ち受ける旅は、ナナシも加えた3人旅。

だけど、香奈子という強大な力に立ち向かう以上、きっと更に辛い状況が待ちかまえている。純粋なハヤブサが、それを理解しているとは思えない。

でも―――

その瞳は、必ず『私』が守ってくれるという信頼の色が強く滲み出ていた。

護りきれるか分からない。でも、可能な限り護りきろう。



「………」



無言の圧力、とでもいうのだろうか。そんな感覚が、身体に奔った。



「あ、すみません」



まるで、いつかの再演のようだ。

ふと、そんなことを考えながら顔を上げた。

ナナシは、私が前を向いたことを確認したのだろう。こちらに視線を向けていたナナシは、くるりと前を向く。そして、先を急ぐように歩き始めた。

私も迷うことなく、今度は朝日に染まったナナシの背を追いかける。



――『相手を真に想う』というルールを新たに刻みつけて――



第二章は、これにて完結です。

ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます!

次回は、『番外ルール(番外編)』を数話挟んで第三章へと入ります。

それでは、次回からも誠心誠意頑張って執筆します!!


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