33話 夏祭り―斉藤澪の場合―
新章開始です。
帝国首都到着までの番外章ですが、楽しく執筆していきたいと思います。
楽しんでいただけると、嬉しいです。
『あっ、澪ちゃん!』
こっちこっちっと手招きをする美少女が視える。
近所の縁日に出かけるだけなのに、ご丁寧に浴衣を纏っていた。薄桃色に花柄の浴衣は、女の子らしくて似合っている。胸がある女性は浴衣が似合わないという逸話があるけど、それは嘘だと判明。
本当にかわいい子は、胸があっても浴衣が映えるのだ。でも―――
『どう、似合うかな!』
『うん……似合う!とっても似合うよ!』
一瞬戸惑ったけど、でも素直に可愛いと言うことにする。
可愛いというか、なんだろう。
たかが近所の縁日へ出かけるだけなのに、そこまで本気になる必要があるだろうか?
ただでさえ可愛くて目立つ香奈子が、さらに着飾ってしまったら――――――きっと、『お忍び』だとしても、周りに人が集まってしまう。
正直、あまり目立ちたくなかった。だから、最初は誘いを断ろうかと考えていた私がいる。
でも、今年も……なぁなぁで誘いに乗ってしまった。
私は―――香奈子の『親友』だから―――
「―――、」
誰かに呼ばれた声で、ふっと我に返る。
気がつくと、深編笠を被ったナナシが私を覗き込んでいた。普段、何も感じないナナシの身体から、不安の色が滲み出ている気がする。
私は、慌てて笑顔を作り上げた。
「あー……ちょっと、ぼんやりしていただけです」
実際、少し昔のことを思い返していただけだ。
1つ向こうの大通りから風に流れてくる陽気な笛の音、太鼓の音、祭囃子に子どもの声。
それは、日本の縁日で耳にするものと、曲調こそ違えど似たようなものだ。
「……祭りに行きたいのか?」
「まさか!」
即答する。
行きたいわけがない。
縁日が好きだったのは、低学年の頃まで。
確かに、私は毎年のように香奈子と一緒に縁日へ行っていた。
最初の1、2年は、とても楽しかった。いや……何も気がついていなかったと言えよう。純粋に金魚すくいや的当てに一喜一憂し、リンゴ飴を頬張っていた。
……だけど、3,4年と経つうちに、徐々に楽しめなくなってしまった。
まず、香奈子が縁日に足を踏み入れた途端、一斉に向けられる男共からの視線。
香奈子に次々と献上される品々、私に向けられるは痛いくらいの嫉妬。その中には、香奈子の隣というポジションを羨ましがる男共からのものと、男を取られた(もちろん、香奈子にそのつもりはない)女からの恨みの視線。
それだけなら、いつものことだ――ってスルー出来る。
でも、金魚すくいでも的当てでも、運のみが試されるクジであっても、香奈子の方がいつも上手を行く。
咽返るような人混みにも、嫌気がさすようになってきたし、リンゴ飴も別に食べなくていいかなって気になってきた。
だから、もう縁日に行くことが苦痛になってしまっていた。
「……」
ナナシは黙ってしまった。
いや、いつも黙っている人だけれども。
だけれども、普段のだまり方とはどうも違う雰囲気を放っている。
「……あ、ナナシさんが祭りに行きたかったんですか?」
「……」
しばらく間をおいて、静かに首を横に振る。
今の――不自然な間は何だろうか?
まるで、何かと葛藤するような静かな間は、いったいなんだろう?
少し考えてみて、1つのことに思い至る。
……もしかしたら、ナナシが祭りへ行きたかったのかもしれない。
だけど、行きたいと言い出せなかったのだとしたら―――
「行きますか?」
考えてみれば、縁日で嫌な思いをしたのは香奈子がいたから。
今、この場に香奈子はいない。だから、そこまで嫌な思いをすることは無いだろう。
せいぜい、騒がしい人混みを我慢すればいいだけだ。
そうと決まれば話は早い。
ナナシの返事を待たずに、私は部屋の窓を閉めた。
薄赤く染め上げられた空に、星が浮かぶ頃。
祭りは、益々盛り上がりを加速させていた。
祭りとはいえ、それは地域の縁日みたいな小さな祭り。でも、大きな祭りに負け合いくらい賑わいは凄いものだ。思わず、圧倒されてしまう。
たぶん、町中の人が一斉に集まっているのだと思う。
不満顔なんて、何処にもいない。
誰もが破顔し、音色に合わせて燃え盛る炎の周りで踊っている。
陽気な笛の音が天高くに舞い上り、威勢の良い太鼓の音で彩られた風景は、まるで別世界に迷い込んでいるかのような錯覚を起こさせる。
……実際に、私は異世界に迷い込んでしまっているわけだが……
「凄い賑わい様ですね」
感心した様に呟くと、ナナシはコクリと頷いた。
「女神に捧げる夏祭りだからな」
「え、これって女神さま信仰祭りなんですか?」
信仰の祭り、というが……どこにも像が見当たらない。
すると、ナナシは広場で一際大きく燃えさかる炎を指さした。
「女神は模ってはならない。だから、火に例えて祀り上げる」
なるほど、だから町の人は炎の周りで唄い踊り祀り上げているのか。
火に例えるなんて、よほど恐ろしい女神なのかもしれない。実際に、髪の毛染めただけで祟られるらしいし。
―――染めたら祟られるのだろうけど、たとえば鬘はどうなるのだろうか?
今度、尋ねてみることにしよう。
「それにしても……恐ろしいですね、女神さま」
「優しい神なんて、いないだろ。
――それで、何処に行く?1人で回りたいなら、私はここで待っている」
どことなく気楽な口調で、ナナシは言い放つ。
私はその提案を断ると、ナナシと一緒に回ることにした。せっかく2人で来たのに、一緒に回らないなんて寂しすぎる。
……とはいえ、ナナシは深編笠を外せないので、ただぶらりぶらりと祭りを見物することしかできないけど。
それにしても、不思議なことに見物しているだけでも楽しむことが出来た。
賑やかな祭囃子も、満面の笑みで踊る人達も、屋台で声を張り上げている売り子も、誰もが輝いて見える。
「…そうだ、宿で待っているハヤブサに土産でも買わないと……」
無理やり宿に閉じ込めてしまったハヤブサの寂しげな顔が、脳内にフラッシュバックする。
焼き鳥でも買って帰ることにしよう。
いや、良く考えれば―――いくつかここで食べ物を購入し、宿で食べればいいのではないか?宿代節約のために、宿で高価な夕食を取らないことに決めているのだから―――どちらにしろ、どこかで食べて帰らなければならない。
そうか、だからナナシは祭りに行きたかったのだろう。
ぱっぱと夕食を手に入れるために―――
「……」
見上げてみるが、ナナシは黙っている。
深編笠のせいで、顔色は見えない。
「じゃあ、適当に焼き鳥でも買って帰りますか」
「……観なくていいのか」
そう言って、再び広場の中心を指さす。
踊りは終わり、しかし祭囃子は益々の盛り上がりを見せていた。
「何が始まるのです?」
「女神に捧げる演目だ」
そう言った時だ。
広場の端から、黒い龍を模った巨大人形が登場した。紙で作り上げられた黒龍は、うねりをあげて炎の周りを駆ける。反対側からは、白龍が飛び出してくる。
互いに高まりあい、うねりを上げながら絡みつき、まるで凌ぎを削る様にぶつかり合う。
「黒龍と白龍が、女神の守護をかけて争い合うという神話を演目化している。
買い出しは観終わってからでいいだろ。」
どことなく優しげな声で、ナナシが告げる。
「今まで休む暇がなく働いていた。
山を降りてからも、ほとんど休みなしで動いていた。
だから―――たまには、休息も必要だ。少なくとも、俺はそう思う」
何故だろうか。
久し振りにかけられた優しい言葉。
熱気に充てられたからか、少し頬が熱を帯び始める。私は編笠を更に深くかぶり、上目づかいで演目を見つめた。
弦楽器の寂しげな音色が混じり、燃え盛る炎に照らされて、龍たちの争いは激しさを増していた。回路を制限以上の電流が加速するように、勢いと熱を増していく。
そのあまりにも凄ましい熱気は、観る者すべてを引きつけ魅了するようだ。
私とナナシは、しばらく黙って鑑賞する。
たまの休暇を、思う存分楽しむように。
縁日は嫌いだ。でも今日だけは、特別。
この祭は―――少しだけ、好きかもしれない。




