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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
番外のルール
34/77

33話 夏祭り―斉藤澪の場合―

新章開始です。

帝国首都到着までの番外章ですが、楽しく執筆していきたいと思います。

楽しんでいただけると、嬉しいです。



『あっ、澪ちゃん!』



こっちこっちっと手招きをする美少女が視える。

近所の縁日に出かけるだけなのに、ご丁寧に浴衣を纏っていた。薄桃色に花柄の浴衣は、女の子らしくて似合っている。胸がある女性は浴衣が似合わないという逸話があるけど、それは嘘だと判明。

本当にかわいい子は、胸があっても浴衣が映えるのだ。でも―――



『どう、似合うかな!』

『うん……似合う!とっても似合うよ!』



一瞬戸惑ったけど、でも素直に可愛いと言うことにする。

可愛いというか、なんだろう。

たかが近所の縁日へ出かけるだけなのに、そこまで本気になる必要があるだろうか?

ただでさえ可愛くて目立つ香奈子が、さらに着飾ってしまったら――――――きっと、『お忍び』だとしても、周りに人が集まってしまう。

正直、あまり目立ちたくなかった。だから、最初は誘いを断ろうかと考えていた私がいる。

でも、今年も……なぁなぁで誘いに乗ってしまった。



私は―――香奈子の『親友』だから―――








「―――、」



誰かに呼ばれた声で、ふっと我に返る。

気がつくと、深編笠を被ったナナシが私を覗き込んでいた。普段、何も感じないナナシの身体から、不安の色が滲み出ている気がする。

私は、慌てて笑顔を作り上げた。



「あー……ちょっと、ぼんやりしていただけです」



実際、少し昔のことを思い返していただけだ。

1つ向こうの大通りから風に流れてくる陽気な笛の音、太鼓の音、祭囃子に子どもの声。

それは、日本の縁日で耳にするものと、曲調こそ違えど似たようなものだ。



「……祭りに行きたいのか?」

「まさか!」



即答する。

行きたいわけがない。


縁日が好きだったのは、低学年の頃まで。



確かに、私は毎年のように香奈子と一緒に縁日へ行っていた。

最初の1、2年は、とても楽しかった。いや……何も気がついていなかったと言えよう。純粋に金魚すくいや的当てに一喜一憂し、リンゴ飴を頬張っていた。

……だけど、3,4年と経つうちに、徐々に楽しめなくなってしまった。

まず、香奈子が縁日に足を踏み入れた途端、一斉に向けられる男共からの視線。

香奈子に次々と献上される品々、私に向けられるは痛いくらいの嫉妬。その中には、香奈子の隣というポジションを羨ましがる男共からのものと、男を取られた(もちろん、香奈子にそのつもりはない)女からの恨みの視線。



それだけなら、いつものことだ――ってスルー出来る。

でも、金魚すくいでも的当てでも、運のみが試されるクジであっても、香奈子の方がいつも上手を行く。

咽返るような人混みにも、嫌気がさすようになってきたし、リンゴ飴も別に食べなくていいかなって気になってきた。



だから、もう縁日に行くことが苦痛になってしまっていた。



「……」



ナナシは黙ってしまった。

いや、いつも黙っている人だけれども。

だけれども、普段のだまり方とはどうも違う雰囲気を放っている。



「……あ、ナナシさんが祭りに行きたかったんですか?」

「……」



しばらく間をおいて、静かに首を横に振る。

今の――不自然な間は何だろうか?

まるで、何かと葛藤するような静かな間は、いったいなんだろう?

少し考えてみて、1つのことに思い至る。

……もしかしたら、ナナシが祭りへ行きたかったのかもしれない。

だけど、行きたいと言い出せなかったのだとしたら―――



「行きますか?」



考えてみれば、縁日で嫌な思いをしたのは香奈子がいたから。

今、この場に香奈子はいない。だから、そこまで嫌な思いをすることは無いだろう。

せいぜい、騒がしい人混みを我慢すればいいだけだ。

そうと決まれば話は早い。

ナナシの返事を待たずに、私は部屋の窓を閉めた。



























薄赤く染め上げられた空に、星が浮かぶ頃。

祭りは、益々盛り上がりを加速させていた。

祭りとはいえ、それは地域の縁日みたいな小さな祭り。でも、大きな祭りに負け合いくらい賑わいは凄いものだ。思わず、圧倒されてしまう。

たぶん、町中の人が一斉に集まっているのだと思う。




不満顔なんて、何処にもいない。

誰もが破顔し、音色に合わせて燃え盛る炎の周りで踊っている。

陽気な笛の音が天高くに舞い上り、威勢の良い太鼓の音で彩られた風景は、まるで別世界に迷い込んでいるかのような錯覚を起こさせる。



……実際に、私は異世界に迷い込んでしまっているわけだが……



「凄い賑わい様ですね」



感心した様に呟くと、ナナシはコクリと頷いた。



「女神に捧げる夏祭りだからな」

「え、これって女神さま信仰祭りなんですか?」



信仰の祭り、というが……どこにも像が見当たらない。

すると、ナナシは広場で一際大きく燃えさかる炎を指さした。



「女神は模ってはならない。だから、火に例えて祀り上げる」



なるほど、だから町の人は炎の周りで唄い踊り祀り上げているのか。

火に例えるなんて、よほど恐ろしい女神なのかもしれない。実際に、髪の毛染めただけで祟られるらしいし。

―――染めたら祟られるのだろうけど、たとえば鬘はどうなるのだろうか?

今度、尋ねてみることにしよう。



「それにしても……恐ろしいですね、女神さま」

「優しい神なんて、いないだろ。

――それで、何処に行く?1人で回りたいなら、私はここで待っている」



どことなく気楽な口調で、ナナシは言い放つ。

私はその提案を断ると、ナナシと一緒に回ることにした。せっかく2人で来たのに、一緒に回らないなんて寂しすぎる。


……とはいえ、ナナシは深編笠を外せないので、ただぶらりぶらりと祭りを見物することしかできないけど。


それにしても、不思議なことに見物しているだけでも楽しむことが出来た。

賑やかな祭囃子も、満面の笑みで踊る人達も、屋台で声を張り上げている売り子も、誰もが輝いて見える。



「…そうだ、宿で待っているハヤブサに土産でも買わないと……」



無理やり宿に閉じ込めてしまったハヤブサの寂しげな顔が、脳内にフラッシュバックする。

焼き鳥でも買って帰ることにしよう。

いや、良く考えれば―――いくつかここで食べ物を購入し、宿で食べればいいのではないか?宿代節約のために、宿で高価な夕食を取らないことに決めているのだから―――どちらにしろ、どこかで食べて帰らなければならない。



そうか、だからナナシは祭りに行きたかったのだろう。

ぱっぱと夕食を手に入れるために―――



「……」



見上げてみるが、ナナシは黙っている。

深編笠のせいで、顔色は見えない。



「じゃあ、適当に焼き鳥でも買って帰りますか」

「……観なくていいのか」



そう言って、再び広場の中心を指さす。

踊りは終わり、しかし祭囃子は益々の盛り上がりを見せていた。



「何が始まるのです?」

「女神に捧げる演目だ」



そう言った時だ。

広場の端から、黒い龍を模った巨大人形が登場した。紙で作り上げられた黒龍は、うねりをあげて炎の周りを駆ける。反対側からは、白龍が飛び出してくる。

互いに高まりあい、うねりを上げながら絡みつき、まるで凌ぎを削る様にぶつかり合う。



「黒龍と白龍が、女神の守護をかけて争い合うという神話を演目化している。

買い出しは観終わってからでいいだろ。」



どことなく優しげな声で、ナナシが告げる。



「今まで休む暇がなく働いていた。

山を降りてからも、ほとんど休みなしで動いていた。

だから―――たまには、休息も必要だ。少なくとも、俺はそう思う」



何故だろうか。

久し振りにかけられた優しい言葉。

熱気に充てられたからか、少し頬が熱を帯び始める。私は編笠を更に深くかぶり、上目づかいで演目を見つめた。



弦楽器の寂しげな音色が混じり、燃え盛る炎に照らされて、龍たちの争いは激しさを増していた。回路を制限以上の電流が加速するように、勢いと熱を増していく。

そのあまりにも凄ましい熱気は、観る者すべてを引きつけ魅了するようだ。

私とナナシは、しばらく黙って鑑賞する。




たまの休暇を、思う存分楽しむように。



縁日は嫌いだ。でも今日だけは、特別。

この祭は―――少しだけ、好きかもしれない。




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