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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
1つ目のルール
3/77

2話 話し合いしましょう?

2話同時掲載の1話目です。




「戦いは、いけないこと」



そんなことくらいは、私にだってわかる。

迷子の子羊のように顔を歪める香奈子に、私は笑いかけた。



「そんなこと分かってるって。でも、統一するためには戦わないといけないでしょうが。

私達には力がないから、代わりに別の人に戦ってもらうんだってことを言ってるんだけど」

「それもダメだよ!」



初めて意見が決裂したのは、この時だっただろう。

親友の意見に反対をしたくはないが、それでも『戦わない』という発言は私の理解を超える提案だった。



「でも、誰かが戦わないと天下統一できないじゃん。

私達、帰れないんだよ!?」



異世界から帰る。元の世界へ帰りたい。

私は異世界観光気分だと思えるから、こうして平静を保っていられる。もし、保てなくなったら……帰れないのであれば、私は悲鳴を上げてしまう。人目を気にせず泣き喚くことを抑えられそうにない。

そんな私に対して、香奈子は辛そうな表情で告げた。



「だって、誰かが死ぬと誰かが悲しむの。」

「そりゃ……そうだけど」



香奈子の言い分は、もっともである。

『天女』なんて呼ばれているが、実際の所は正体不明の異世界人に過ぎない。

自分の国の主でもなく、ただひょっこり現れた奴、しかも女に使役される身になってみろ。

いくら『逆ハーの加護』が香奈子に備わっていたとしても、釈然としないはずだ。



「だからね、私は『話し合い』で世界を平和にしたいと思うの」



少し顔を赤らめながら、香奈子は宣言する。



「話し合いなら、血は流れないよね?」

「でも、そう簡単に『天下統一』なんて出来る?」



若干、呆れを含んだ口調で言う。

『話し合い』で全て解決するなら、とっくの昔に戦争なんてなくなっている。

誰であっても自国の国民を減らしたくないはずだし、他国の者に政権を取られたくない。



「澪ちゃんは、『墨家』を知らないの?」

「墨家?……えっと、孔子みたいな中国の思想家、だっけ?」



いきなり話題を変えられてしまった。

人並みに勉強はしていたつもりだが、私の選択科目は日本史。世界史なんて分からないし、中国の思想家なんて、ろくに勉強をしていない。もちろん、中学生の中間テストで勉強した覚えはあるが、テストが終了した瞬間から忘却の彼方へと旅立った知識だ。

孔子・儒教・朱子学・陽明学、以上。それで、私の中国の思想知識は終了している。



「墨家はね、墨子が唱えた思想だよ。

大雑把にいうと、『兼愛』と『非攻』を貫く思想かな」

「兼愛と非攻?」



首を傾けながら問うてみる。

『非攻』は、攻撃しないという内容のことだろうと推測できる。だけど、兼愛とは一体なんだろうか。すると腕を組んだ香奈子は、得意げな顔で語り始めた。



「『兼愛』は、全ての者を公平に隔たり無く愛せよ。

『非攻』は、他国への侵攻を否定しなさい、という意味なの。

……といっても、防衛のための戦いは許されているんだけどね」



春秋戦国時代の諸子百家でも、珍しい思想だよね。と香奈子は言葉を綴る。

確かに、孔子の教えとは異なる思想だ。

『目上の人には絶対服従』といった姿勢を崩さない儒教とは、根本的に考え方が違う。防衛のための戦いのみ許されている、というところなんて自衛隊そっくりだ。



「つまり、中国の偉い思想家さんも唱える平和思想。だから、それを香奈子が実現しようと思うって?」

「そうだよ!

この人はうまくいかなかったみたいだけど、私はきっと上手く広めてみせるんだ」



香奈子は、目を輝かせて拳を握りしめる。

まるで、何かに誓いを立てるスポーツ漫画の主人公のように。窓から差し込む橙色の陽光で頬を染め、決意の涙が光るそのさまは、まさしく漫画のワンシーンのようであった。



「それから『非攻』っていうのはね、自ら他国に侵略しないだけじゃないの。

侵略戦争しようとしている国を説得したり、強大な国から攻め込まれて滅びそうな国を助けに行ったりするんだって!これって、とっても素晴らしいことだと思うの!それからね――」

「あ~、そこまででOK」



私は降参した、とでもいうように両手を上げた。

香奈子の貯蔵する知識量には、いや参った。さすが、全国模試常連の香奈子だ。

次から次へと放たれる単語に、頭が混乱してしまいそうだ。それに、言い返せるだけの知識量がない自分が憎い。でも、まぁ……相手が香奈子だし、仕方ないかという気持ちにもなる。

きっと、親友であり頭脳明晰の香奈子が言うのだから、それは正確な知識で間違っていないのだろう。



……だけど、そこまで思い至って僅かな疑問が芽生えた。



「でもさ、『弱い国を護る』ために防衛戦闘をするんでしょ?

結局は、誰かに戦ってもらうしかないんじゃ――」

「そんなことない!!」



曖昧な表情を浮かべる私を批判したのは、香奈子ではなかった。

開け放たれた扉の向こうに立つ、すらりと高い美青年だ。眼鏡をかけ、しっかりと髪の毛を調えている理知的な美青年は、軽蔑と侮蔑の眼差しを迷うことなく私に向けている。



「いまの天女様の発言、素晴らしい発想だと私は感じました。

それを批判するとは、天女様と同郷のモノであっても許し難いと思いますよ」



いや、突然部屋に入ってきた貴方の方が『赦し難い』ですけど。

人には、千差万別の意見があるわけだし。



「えっと、どちら様でしょう?」



どうやら香奈子も、この理知的青年の名を知らなかったようだ。

理知的青年は、罰が悪そうな顔をすると香奈子に頭を下げる。



「失礼。私はブルース。次期宰相を務めています。

先程、部屋の外まで響いていた天女様の御講義に大変感動いたしました」

「えっ、外まで声が響いていたんですか?」



恥ずかしそうに香奈子は、顔を赤らめる。

ただでさえ夕日で橙色に染まった顔が、燃える様に赤くなる。もう、夕日に香奈子の顔が溶けてしまいそうだ。



「ええ。ですが、気になさることはありません。

『兼愛』に『非攻』の精神は、恥ずかしながら『グランエンド』に存在しなかった概念です」



ブルース次期宰相の横顔は、涙を流している見えた。

感極まったブルースの言葉を聞いた香奈子は、顔を赤らめたまま彼に駆け寄っていく。



「その2つを実現するためには、この世界の政治・歴史などといった知識が必要になると思います。

お願いです、ブルースさん。知識を教えてください!」

「ちょっと、香奈子。次期宰相って忙しそうだし、悪いって――」

「大丈夫です。ぜひ、引き受けさせてください」



まさかの了承でした。

私は驚愕で目を見開き、香奈子は嬉しそうに目を細める。

そんな香奈子の微笑みにあてられたのか、理知的青年ブルースの頬までが、いや耳まで赤く染まっていた。

……さすが、逆ハーの加護。

これがあれば、『話し合い』でも天下統一出来るのではないだろうか。……ただし相手が男に限る、だと思うが。

女王が治める国以外なら、いや、女王を収める国であっても、なんとか『兼愛』『非攻』精神でもいけるのでは?

女王が治める国以外を『逆ハー』で手に入れてから女王の国へ押しかければ、国力の差で国を明け渡すだろう。よし、それで行こう。



「それでは、ごほん。さっそく勉強会に移りましょうか」



照れくささを誤魔化すように、ブルースは眼鏡を押し上げる。



「はい!行こう、澪ちゃん」



香奈子が私を呼ぶ。

まぁ、せっかくこの世界の知識を手に入れるいい機会だ。勉強は嫌いだけど、香奈子についていくことにしよう。

そう思い一歩前に踏み出したのだが、その瞬間に射抜かれるような殺意を感じた。

殺意の主は眼鏡越しに、隠すことなく軽蔑の視線を向けてきている。



「私はダメですか?」

「……貴方は」

「えっ、久々に澪ちゃんと一緒の勉強会だと思ったのに」



さすがに場の空気を感じ取った香奈子が、しゅんっとした面持ちで言った。

ブルースは『香奈子を悲しませた』事に気が付いたのだろう。取り付けた笑みで私を一瞥すると、こちらは本当の笑顔で



「いいえ、天女様。こちらの方も一緒に勉強会に出ることが出来ますよ」


と言う。すると、香奈子はホッとしたように私の手を握った。



「よかった。これで一緒に勉強できるね!」

「う、うん。香奈子は頭いいから、分からないところは迷わず聞くね」



……汗がにじむ。

私を背中から刺殺しそうな殺気が痛い。

香奈子のお蔭で勉強会に参加することは出来たが、どうやら敵も作ってしまったようだ。



逆ハーの加護、恐るべし。





お気に入り登録してくださった皆さん、ありがとうございます!

これからも頑張ります。

※8月22日 一部訂正

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