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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
2つ目のルール
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14話 忌みの子


雨が降る。



水面に映る無数の輪を、ボンヤリと眺めていた。

橋の下にいるので、直接雨が当たることは無い。でも、横から吹き付ける風の中に、細かい雨が混ざっていた。

鞄の中から、がさがさと油紙を取り出す。日を追うごとに暑くなる日差しの暖かさを懐かしみながら、油紙を身体に巻きつけた。……吹き付ける寒さが少しマシになったが、それだけだった。

相変わらず、寒さはしのげそうにない。



(アレに暖かさがあったらなぁ)



瓶に浮かぶ燐光を思い返し、苦笑する。

死者の魂は、むしろ人肌の暖かさを吸い取ってしまう。氷を触る様にヒンヤリとしているのだ。



「ちょっと、アンタ」



腰を曲げた老婆が、ゆっくりと近づいてくる。

私は編笠を深くかぶり直し、老婆から顔を背けた。



「アンタ、このあたりでは見かけないね」



農婦には見えない私のことが、気になったのだろう。

夕暮れ時の雨雲と橋の下の暗さで、老婆の表情は見えない。でも、口調と視線から探るような何かを感じ取れた。



「旅人かい?」

「……まぁ、そんなところです」



短く言葉を返す。



「若いのに大変だねぇ。ウチ、寄って行くかい?一晩の宿と飯ぐらいなら用意してあげるけど」



その提案を、私は首を振って断った。

この老婆が親切心から言ってきてるのかもしれないが、騙されて遊郭に売り飛ばされたらたまったものではない。

それに―――家に招かれるとなると、この笠を取らなければならなくなる。



「いいえ。ここに泊まりますから。お構いなく」

「そう……かい?遠慮するこったないんだよ?」



老婆はしばらく、名残惜しそうにこちらを視ていた。

だけど、強まる雨足と徐々に夜に近づく時間だということもあるのだろう。



「本当に、来ないのかい?」

「すみません、行きません」



そう返すと、老婆は振り返りながら橋下を去って行った。

私は鞄を抱きしめると、再び川の水面に目を向けた。

明らかに勢いを増し、川の色は濁っている。遠方に響く雷の音に、同じく橋の下を寝床と決めた野良犬は怯えているようだ。

雷が鳴るたびに、キュンッと吠え尻尾を丸める。

雷の音と川の流れる音、そして犬の吠え声を聞き流しながら、ここ数週間に思いをはせた。

















なんで、ゼクスが『黒髪』を珍しがっていたのかよく分かる。

そんな数週間を過ごしてきていた。



ナナシがかけた術の効果が切れ、地面に降りた私が十分程歩くと茅葺屋根の集落に辿り着いた。

……そこでうけた扱いは、思い出したくもない……



『黒髪の悪魔だ!』『死霊使いだ!』『化け物の子め!』と罵られ、石を投げられた。

交渉の余地を見いだせず、慌ててその集落から逃げ出した。その隣の集落でも、同じことが起きて、こちらでは斧や鍬、鎌といった農具を振りかざしてくるのだ。

そこまで、人々の眼は私を『憎悪』の眼差しで睨みつけてくる。




最初は『斉藤澪の人相書き』でも公開されたのかと思った。だけど、こんな短時間で広まるなんてありえない。

となると、考えられるのは黒魔術を扱える『黒髪』だからだ。

どの集落でも、いや……異世界に来て出会った人は、金髪や茶髪、白髪や水色と色とりどりだった。けど、不思議なくらい『黒髪』がいなかった。




どうやら、『黒髪』は忌むべき対象とされてしまっているらしい。





(ナナシはこうなることが、分かっていたのかもしれない)



鞄の中には高等黒魔術書のほかに、顔を隠す編笠や髪を斬るのに相応しい短刀が見つかった。

だから、髪を思い切ってショートカットにした。

はらりはらりと斬り捨てられていく黒髪を視て、今までの自分を捨てたような気になる。

似合うか似合わないかは、考えないでおこう。

今は、『どうすれば石を投げられないか』を考えればいいのだ。



人伝に『ソウレ山』がヴェーダ帝国にあることを聞き出すと、私は北へ向かう旅を始めた。

鞄の中には少量ながらも金が入っていた。

だけど、生憎私には価値も単位が分からない。

結局、周囲の見よう見真似で食料を買い、食い繋いでいる。

髪のせいで宿はもちろん、民家の隅を借りることが出来ない。だから、こうして橋の下で寝泊りをしているのだ。

……金も減らないから、一石二鳥かもしれない。



(でも、ソウレ山に向かって……本当にいいの?)



人は『裏切る』生き物だ。

利用価値なしと判断された瞬間、親友であっても捨てられる。

いくら大切に思っていても、躊躇うことなく捨てられる。



何度も繰り返していた問答を、再び繰り返した。



私は、たいしてナナシのことを知らない。

唯一知っているのは、私を助けてくれたという一点のみ。

果たして、彼を信じて―――いいのだろうか?



「おなか、すいた」



寂しげな音を立てる腹を黙らせようと、拳を振り上げる気力はない。

自宅で3食欠かさず飯を食べていたことなんて、遠い夢のようだ。

特別美味しくもなく特別不味くもない、ごく標準的な家庭料理が懐かしい。



ふっくらと甘い白米と、ダサイと馬鹿にしていた味噌汁が、食べたくて仕方がない。

『ナイフで斬れば、じゅわりと肉汁が広がるハンバーグが食べたい!』なんて贅沢は言わない。ただ、母親の手料理が食べたかった。

歯が折れそうな黒いパン(?)や野菜の切れ端も浮かんでいない水同然のスープなんて、こりごりだ。



「帰りたいよ」



私の声は、荒々しい川の轟音に流される。

唯一、耳にしたかもしれない犬は、尻尾を丸めて蹲るばかりだった。




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