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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
1つ目のルール
12/77

11話 大輪の華



「見下ろしてみろ、間抜け」



間抜けじゃない、と言い返す気力はなかった。

慣れない魔術を、連日酷使し続けたのだ。

ふらつく体勢を何とか整えると、ゆっくりと崖を見下ろす。

崖の下には、ミルク色の濃霧の海が広がっていた。

霧の海の中を漂う海藻のように、ゆらりゆらりと橙色の灯りが揺らめいている。その様子は、どことなく幻想的で美しい。だけれども、私は灯りの正体を知っている。ただ感嘆としているわけにはいかなかった。



「あそこに、メルト軍が集まっているんですね」

「それ以外になにがあるというんだ。

……黒魔術師きさまの1か月、どうやら無駄にならなかったようだな」



本当に無駄にならなくて、良かったと私も思う。

黒魔術書、もとい死霊魔術書を読破してからの1か月間。私は、ずっとこの周辺で幽霊騒ぎを起こし続けていた。

近隣の町から、魚を釣り上げる様に死者の魂を吊り上げ、このあたりの村へと放つ。

逃げる村人が、霧の中へ逃げ込むまで追いかけまわす1日を繰り返し、繰り返し送っていた。

文字通り、「人魂で追い回した」だけ。

命を奪う行為はしていないし、まだ本をかじっただけの未熟黒魔術師の私にはできっこない。

だけど、噂には尾ひれがつくもので。

「人魂に追われて気絶した」という事実が、「殺された」という噂に変わるのは不思議なくらい素早かった。それは今回も同じ。誰ひとり、命を奪うような真似はしていない。今回も敵を追いまわし、霧の中へ誘っただけだ。



「だけど――霧が発生しない場合は、いったいどうするつもりだったのです?

今日は運が良かったですけど」



この作戦は、敵側が「幽霊に恐怖を抱く」ことと、「霧が発生する」という両方を兼ね揃えて初めて完成する。人魂を扱い、広まった怪談が恐怖を狩りたてたとしても、誘なうべき「霧」がなければ成功しないのだ。

ゼクスは、ふんっと鼻で笑う。



「忘れたか、俺の能力を」



抜き放たれた剣の先に、きらりと刃ではない何かが光る。

目を寄せて見てみれば、そこには雪の欠片が付着していた。雪――そうだ、この人は氷系統の魔術を操るのだった。そこに思い至った途端、答えがひらめいた。



「冷気で霧を発生させたのですか?」



確か大気の水蒸気が冷却され、小さな水滴の塊となったものが霧だ。

以前、父が教えてくれた知識が脳裏に甦った。



『霧は朝に発生することが多い。だから、こういった空気の温度差が激しい場所で朝に運転することは……好ましくないんだけどね』



そう言って笑いながらも、父は車を運転してくれた。

案の定、眼前まで視えなくなるほどの霧に囲まれて、立ち往生する羽目になってしまったことを――未だに覚えている。あの時は、怖いなんて話ではなかった。ちゃんと生きて家に帰ることが出来るのかと、不安でいっぱいだった。


あの時の私は、まさか異世界に来るなんてことは―――考えもしなかった――。



「さて、おしゃべりはここまでだ。そろそろ行くぞ」



私達の後ろに控える荒くれ者たち――もとい、ゼクスの直属兵を振り返る。

彼らは血に飢えた笑みを浮かべると、私達の前に踊り出た。そして、それぞれが手にしていた弓を引き絞る。きりきりと弓がなる音が静かに響いた。



「よーく、狙いを定めろよ」



弓隊が狙うのは、霧の海に揺らめく灯りだ。

あの温かな灯りの下には、人魂から命からがら逃げてきたメルト国王率いる本軍が固まっている。そこを上から大群で狙えば、どうなるのかは――あまり想像したくない。

これから始まる大量虐殺を思い浮かべると、腹の奥から吐き気が込み上げてくる。

アニメや物語、そして教科書の中でしか見たことがなかった光景が、今から眼前で繰り広げられるのだ。



「しっかり見下ろせ、黒魔術師」



眼をそむけようとする私を遮るように、ゼクスは告げる。

だけど、私はその命令に背く。少し俯き気味の顔を回し、視線を崖から逸らした。

いくら濃霧越しとはいえ、視ることが出来そうにない。

だが――ゼクスは私の頭をつかむと、無理やり霧の海を直視させた。



「撃て」



引き絞られた弓が、一斉に矢を放つ。

鋭い矢は怒涛の雨のごとく、濃霧の海へと吸い込まれていく。それと共に、崖の下から響いてくるは貫くような悲鳴。

耳を塞ぐ気力は、残されていない。

ただただ茫然と、吸い込まれていく矢の雨に目を落とし、夜空へ突き上る悲鳴を耳にしていた。



「ゼクス様、そろそろ良いかと」



ゼクスの隣に立つ兵士が進言する。

すると、ゼクスは私の頭を押さえている手を退けた。阿鼻叫喚な霧へ剣先を向け、撫で払うように剣を振るう。すると、波が引くように濃霧は消えて行った。

眼前には、吸い込まれそうな深い闇が広がっていた。



「全員騎馬に乗れ。狙うはメルト国王の命だ」



浮遊感を感じる。

何故だろう、と考える前に馬に乗せられていた。どうやら、ゼクスが私の身体を持ち上げた浮遊感だったのか、とうまく働かない頭は考える。



「貴様は、の役目はここまでだ。戦闘では邪魔だからな。

向こうの街道から、ゆっくり降りてこい。

命令に背くのは許さん。おい、そこのお前――こいつが逃げないか見張ってろ。」



私と少し後ろに立つ虚無僧姿の案内人に告げると、すでに騎乗したゼクスは崖を駆け下る。

それこそ、放たれた弾丸のように。ゼクスの白い髪は、またたくまに点のように小さくなり、暗闇の中へと消えて行った。

その後に続けと、ゼクスの部下も馬に鞭打う。私の横を残像のように過ぎる彼らは、腹まで響く雄叫びを上げ、躊躇うことなく暗闇の中へと消えていった。



「……」



私はしばらく、何も言わずに見下ろしていた。

暗闇の中は、依然として見えない。しかし、半狂乱に近い悲鳴が再び響き始めた。

それと同時に、濃厚な「死」の臭いも立ち上ってきた気がする。私は左手で鼻を抑えると、ゼクスが指した街道の方へと馬を進めた。ゆっくり、ゆっくり谷を下る。

馬は、前に香奈子と通っていた乗馬教室のおかげで歩かせることくらいは出来た。案内人は何も言わずに、ただ私の後を馬で付いてきていた。

崖の下に降りるまで、私は何も言わなかった。



そして、崖の下に到着したとき――



「これが……戦争」



ぽつり、と言葉が漏れる。

鉄の臭いと、血の臭いで咽返りそうだ。

網膜に焼き付くのは、暗闇の中に浮かぶ赤い華。

それは、夜道に揺らぐ彼岸花のようで。妖艶だが薄気味悪く、心地の良い光景ではなかった。



「いや」



グランエンドにいた時――私、なんてことを考えていたんだろう。

馬の上で、私は頭を抱え込む。

「帰るためには、戦争が必要」だと、あんなに声高らかに言っていた。

それは、当たり前のことだったし、香奈子の言う方法で世界が1つになるなら、とっくの昔に地球には平和が訪れていたはずだ。




戦争は必要だ。

だけれども――人が死ぬって、こういうことなんだ。

見知らぬ兵士たちが、いや――先程まで私の出す幽霊を怖がっていた彼らの腹からは、大輪の赤い華を咲かせている。腹だけではない、首や腕、身体の至る所から華を咲かせていた。

いや、咲かせているのは華だけではない。

彼らから抜け出すように、半透明の人間が起き上がってくる。



「あぁ、幽霊だ」



反射的に―――私は、たった今生れた半透明の人間たちに手を伸ばしていた。



「『浮世彷徨う 迷い人よ。 傀儡の糸で 地に堕ちろ』」



振るえる唇から、呪文が漏れる。

黒い糸が浮かび上がる半透明を縛り付け、動きを止める。

それはまるで、赤い華の上に座すようで。ずっと昔に、修学旅行で視た仏教絵のようで。



「『汝―――我を護る礎となれ』」



不思議なことに、普段は感じる腕の痛みを全く感じなかった。

赤い華の上で青い燐光の繭に包まれる様を、私は茫然と見つめている。

燐光が私に誘われるように、開け放たれた瓶へとおさまっていく。



「……いや……」



そう、これから自分の世界に帰るためには、こうして誰かを犠牲にしないと帰れない。

私の魔術だって、誰かの犠牲の上に成り立っているモノなのだ。

嗚咽が堪えきれそうにない。



敵国の国王を打ち取った歓声が、幕一枚隔てた向こうから聞こえてくるような気がする。

まるで、勝ったという実感が沸かない。

これが、天下統一への第一歩なのだ。と分かっていても、涙が止まらない。

「異世界」という「非日常」に出会うたびに顔を出していた「歓喜」が、不思議なくらい影をひそめていた。




崩れ落ちる様に馬から降りた私は、赤い華の前で泣いた。

みっともないくらい、顔をくしゃくしゃにさせて泣いた。

赤ん坊のように、泣きわめいた。

泣きわめく私をあざ笑うように、赤い華々の臭いが立ち込めている。



「―――」



そんな私を、虚無僧姿の案内人がじっと見下ろす。




「霧ヶ村の戦い」



これが、斉藤澪わたしの初陣を飾る。

だけど、華々しさの欠片もないように思えてならなかった。



9月2日:一部訂正

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