〜2〜
俺が部屋で1人で寝ていると、昼近くになって、部屋のドアがノックされた。ドアノブが壊れたままだから、俺が返事をする間もなく、押すだけで勝手にドアが開き、トレイを持ったリリーナが部屋に入ってきた。
「ほら、ニーアが病人用のスープを作ったから、ありがたく食べなさいよ」
今日は俺の代わりに、ニーアが街を見回っている。勇者の代理と聞いて、ニーアは満面の笑みで事務所を出ていき、リリーナは俺の看病を名目に、引きこもりを続行していた。
ベッドから出ようとして、リリーナの格好に気付く。いつもの白ずくめの服だが、今日の服は形が違う。
膝上丈のぴったりとしたスカート、ボタンを上まできっちり留めた細身のジャケット、背中には背丈ほどもある巨大な注射器。
かすかな記憶をたどると、この世界に生まれる前に、何かのゲームで見たことがあるキャラクターのナース服だ。
リリーナがコスプレ服を作ろうが、事務所の部屋に謎の服が散らばっていようが、好きにしてくれて構わない。リリーナの白い髪と肌に、白い服はよく似合っているし、ゲームのキャラそのままで、少し感動すら覚えた。
が、しかし、人の病気をコスプレのチャンスにするな。
「だって、看病する時はこういう格好をするものだって、言ってたんだもん」
リリーナは俺の冷たい視線に気付いて、「常識でしょ」と、俺を小馬鹿にするように言った。どこの世界の常識なのか知らないが、少なくとも俺の前世ではそうではなかった。かわいそうに、リリーナはどこかのイナムに、嘘を吹き込まれているのかもしれない。
俺が同情しているのも知らずに、リリーナは、お手製らしき服を見せびらかすように、俺の前でくるりと回ってみせた。
「どう?ドキドキする?」
俺が元気だったら、「もう少しリアル路線のほうが好みかな」くらいの感想を言ってやるところだが、風邪をひいている今は、リリーナの戯れに付き合う気力がない。
俺が寝たふりをし始めたのに気付いて、リリーナは俺の上に乗って、ずいずいと顔を寄せてきた。焦点が合わないくらい近すぎて、美人なのかどうかもよくわからない。
「色っぽい?ね?ゼロ番街の人と、どっちがいい?」
俺の好みで言うと、病人の上に乗ってくる女に、いいも悪いもない。病院に行ってほしい。むしろ、俺が行きたい。
それに、正直、リリーナは色気とは対極のところにいる。透き通るような、西洋人形とか高嶺の花のような美しさで、眺めて拝むものであって、ドキドキするものではない。
そもそも、普段のぶかぶかのスウェット姿との落差が大きすぎて、どう反応すればいいのかわからない。「どお?色っぽくない?」と聞いてくるリリーナに、俺は何も答えず、布団の中に潜った。
「ま、あたしは可愛い担当だから、仕方ないか」
リリーナは謎の開き直りをして、俺の上から下りて、ベッドに腰掛けた。トレイを膝に置いて、スープが入ったスプーンを俺に差し出してくる。
だから人をごっこ遊びに巻き込むな、と言おうとしたが、口を開けると、普通に食べさせてくれた。
「食べたら、薬飲むのよ。甘いのが欲しかったら、あたしのケーキ分けてあげるからね」
言動が世間とずれているのは魔術師だからで、リリーナは根はいい子だ。床に落ちていた体温計を拾って俺の熱を測り、額に置いていたタオルを魔法で冷やしてくれたし、看病役を真面目に務めていた。
ただ、巨大な注射器の使い方を勘違いしている。それは、ゲームでは武器になるけど、現実ではただの飾りだ。
「これ、どこに刺すのかしら?」とか言いながら、注射器の針先を俺に向けていたから、リリーナが出ていった後、俺は最後の力を振り絞って、部屋のドアノブを修理した。
+++++
夜も深まって、うとうとしていると、ドアノブがバキリと壊れる音がして目が覚めた。
「勇者様、おやすみなのだー!」
コルダがいつものように、ぬいぐるみを引きずりながら、勝手に部屋に入ってくる。
もしかしたら、コルダはまだ、鍵という概念を学べていないのかもしれない。開けるといい音がするなぁ、と無邪気に考えているのだろう。
コルダは俺の布団をめくって、ベッドに入ろうとしたが、俺は布団の裾を離さないようにしていた。コルダが獣人の怪力で布団を引っ張るのに、魔法を使って全力で抵抗する。
それに気付いて、コルダはぬいぐるみを、ぽとりと床に落とした。
「も、もしかして、一緒に寝ちゃダメなのだ……?」
「勇者様、起きて起きて」と、俺の顔に肉球パンチが飛んでくるが、俺は寝たふりを続ける。
ニーアが言っていたように、男女で同じ布団に寝るのが、そもそも間違っている。他の獣人に知られたら、白銀種の少女を不適切に扱っているだの、獣人を動物扱いしているだの、四方八方から責められて、俺はよくてホーリアから逃げ出すことになるか、最悪、勇者のライセンス剥奪だ。
今日から、コルダが1人で寝られるように、心を鬼にして拒絶しようと決めていた。
「うぅー……コルダ、ひとりぼっちで寝なくちゃいけないのだ……!こんなにボロい洋館で1人きりなんて、精神衛生上よくないから、不眠症になってしまうのも時間の問題なのだ……!」
ぬいぐるみに抱きついて、床に丸まったコルダから、えうえうと泣き声が聞こえてきた。
いつもの過剰な被害者演技かと放っておいたが、だんだん静かになって、最後には、ぷーぷーといつもの寝息に変わる。動かなくなったコルダを、ベッドの上から見下ろすと、涙で顔を濡らしたまま寝ていた。
白銀種のコルダが、どういう事情でゼロ番街にいたのか、まだ聞いていない。ただ、事務所は死体が2、3体くらい壁に埋まっていそうな、おどろおどろしい洋館だから、コルダの精神衛生上よくないのは本当だろう。
コルダの部屋に連れていこうかとも考えたが、1人で寝かせておくのもかわいそうだから、余っている毛布を、床で丸まっているコルダにかけて、寝かせておいた。
風邪が治ったら、柵付きのベッドを俺の部屋に置くつもりだ。柵があれば、コルダも勝手に俺の布団の中に入ってこないはずだ。
決して、獣人を動物扱いしているわけではないが。
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