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前世の正体が現世でバレるのは、どういう感覚なのか。
ほとんどの人間は、前世の記憶を持って転生したことがないだろうから、わかりやすく説明すると、ネット上でイキっているSNSのアカウントに、「お前、学校とキャラ違うな」とコメントが来る感じ。
深刻なアイデンティティの危機。
しかし、ホーリアに来てから虐げられてばかりで忘れていたが、俺は勇者だ。この世界で一番社会的信用があり、食いっぱぐれない職業。
エルカが、俺は前世で役立たずのクズだったと吹聴しても、住所不定の吟遊詩人の言うことなんて、誰も信じない。
世間の人間は、勇者養成校を飛び級で首席卒業し、街付きの勇者として身を粉にして市民のために働いている俺を信じる。特例的に、ホーリア市民はどうだか知らないが。
それに、エルカが余計なことを言い出そうとしたら、エルカの記憶を消すなり、ホーリアから追い出すなりしてしまえばいい。
一般人にそんなことをしたのがオグオンにバレた場合、ライセンスを取り上げられて田舎の麦農家送りだろうが、いろいろと手段はあるということだ。
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9thストリートには、ニーアが言っていた通り、魔術師しかいない。
最低限の日用品を売っている店、素泊まりで一泊するモーテル、長期滞在用の家具付きアパートのような各種宿泊施設など、生活感のない店ばかりが並んでいる。
道にいる魔術師たちは、魔術師ではない俺が歩いているのを見て、物珍しそうな視線を一瞬向けてくる。そして、やはり魔術師ではないと判断すると、元から見えなかったかのように視線を逸らす。
魔術師以外には居心地が悪いし、よそよそしさで一体感がある9thストリートは、治安が悪そうだ。
その通りの最奥に、魔王城のように構えているのが、ホテル・アルニカだ。
事務所の10倍以上はある巨大な洋館で、中は至る所に階段や扉があって、迷路のように複雑だ。
しかし、宿泊客が迷わないように案内板が所々壁に掛けられているし、廊下に敷かれた赤い絨毯と、一律に部屋番号の札が付いた扉が、ホテルらしさを醸し出している。
エルカの部屋は、最上階の一角を丸ごと使った、贅沢な最上級スイートルームだった。
豪華な家具が並んだ2部屋ぶち抜きのリビングに、バーカウンター付きのキッチン、他に寝室と応接室があるらしい。エルカは薄汚れた身なりをしているのに、金は持っているのか。
魔術師でもない吟遊詩人が、どうしてここに泊まっているのか知らないが、そのおかげで目立っているらしく、ホテルの入り口にいた宿泊客に聞いたら、エルカの部屋をすぐに教えてくれた。
「合い挽き」
「あいびき」
「牛と豚のミンチ肉だよ」
俺がわからなそうな顔をしていると、エルカは詳しく教えてくれる。
言われてみれば、そうだった気がする。ぽろんぽろんとエルカが弾くハープを聞きながら、俺は忘れないようにメモを取った。
「来てくれたのは嬉しいけれど、『話すことはない』とか言っていなかったかい?」
「いや、これで終わりだ。もう本当に話すことはない」
「そうか。寂しいな」
エルカの本心からの言葉に、俺の胸が少しだけ痛んだ。
エルカはきっと、クラスのモブの俺なんて覚えていないだろうが、前世の同級生に会えたら喜ぶだろう。三條は、誰にでも分け隔てなく同じように接する奴だったから。
しかし、俺の中では、前世の記憶はまだ、思い出話にできるほどの過去になっていない。今の勇者としての生活が崩れていく、最初のほころびだと思っている。誰にも言うつもりはないし、いつか忘れてしまいたい。
保身のために見捨てるようで後味は悪いが、俺はエルカに背を向けて、部屋を出ていこうとした。
ふと、視線を上げると、部屋の壁に大量の服が掛けてあるのに気付いた。
派手な色と無駄な布がふんだんに使われていて、間違っても吟遊詩人の服ではない。
ミニスカートのセーラー服。レースがたくさん付いたピンク色のワンピース。胸と股間しか隠れていない、着たら露出狂を疑われそうなチープな鎧。
美少女戦士、魔法少女とかいう言葉が、ふたをしていた前世の記憶から飛び出してくる。
俺は前世で、テレビのチャンネルの決定権がなかったから、好みでもない女児向けのアニメをよく見ていた。だから、エルカは変わった私服を着ているな、とか、馬鹿な勘違いはしない。
なんで、こんなものがここにあるんだ。
「あの服、エルカがこの世界に持ち込んだのか?」
「違うよ。それは、この部屋を前に使っていた人の。たくさん置いたままだったから、片付けきれなかったんだ」
最上級スイートルームを、前に使っていた人。
今、事務所の2階に巣を構えているリリーナだ。
白魔術師のリリーナが、意味もなく白ずくめでいるのは、少しコスプレっぽいなとは思っていたが。
事務所のリリーナの部屋には入れてもらったことがないから、中がどうなっているか知らない。時々、夜通しカタカタ音が聞こえてくると思っていたが、たぶん、あれはミシンの音だ。
俺の知らない間に、事務所にアニメキャラのコスプレが増えている。
しかし、どうしてリリーナが、日本のアニメキャラの衣装を知っているのだろうか。
「まさか、エルカ、前世のことを広めたりしてないよな」
「いいや。私が出会ったイナムには、イナム以外に前世の話をしないように約束しているよ」
エルカは変わらず、ハープを滑らかに弾いていたが、少し表情に影を落とした。
「でも、イナム全員は把握していないから。誰か広めている人がいるのかもしれない。この世界にとって、よくないことだとは思うのだけど……」
「まあ……コスプレくらいなら、別にいいと思うけどな」
「おや。フランス人だった君は、日本のアニメを知っているのかい?」
「いや、その、日本のアニメに造詣が深いフランス人だったんだ」
キャラ設定に無理があった。
フランスなんて、一度も行ったことがない。日本人以外を詐称するにしても、見栄を張りすぎずに、アジアにしておけばよかった。
ぼろが出ないうちに部屋を出ようとした俺に、後ろから、ハープの音に混じってエルカが声をかけてくる。
「それで?もう話すことはない?」
「今のところは」
「そうかい。また何かあったらおいで」
エルカとは、もう二度と会うことはないだろう。
今のところは。
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俺は9thストリートを出て、そのまま1番街に向かった。
ホーリアでは牛や豚は飼われておらず、めったに料理に使われない。外から仕入れていて、貴重で高価だが、街で一番大きな肉屋なら売っているだろう。
「チコリ、思い出した」
「いらっしゃい」
肉屋のカウンターにいたのは、縦も横も俺の2倍はある体躯をした、肉屋の主人だった。
コロッケの謎が解けた嬉しさのあまり、行く前に魔法で透視して確認するのを忘れていた。
「いらっしゃい」と、肉屋の主人は肉切り包丁を片手に、俺を見下ろしながら静かに繰り返す。肉屋だからって、肉切り包丁を常に構えていなくていいのに、よっぽど仕事熱心なのだろう。
「牛と豚が……欲しい」
愛想がかけらもないのが気になるが、俺もこの街に来て、もう2か月だ。俺の仕事ぶりに市民も慣れてきて、肉屋も、店を増築した借金の返済のめどが立っただろう。
俺の祈りが通じたのか、肉屋は奥の冷蔵庫から牛と豚の肉の塊を取り出してきて、カウンターにドサッと置いた。頼めば商品を出してくれるなんて、俺に心を開きかけている証拠だ。
「ミンチで欲しいんだが」
俺が金を差し出しながら言うと、肉屋は右手を伸ばして、俺の手首をつかんだ。そんな骨が折れそうなほど力を込めなくても、商品の持ち逃げなんかしないのに。そこまでの信用を得るには、もう少しかかりそうだ。
肉屋は左手で、店の奥から手動のミンチ機を引き寄せて、カウンターにドカッと置いた。そして、右手に持ったものを、ミンチ機に突っ込もうとする。
それは、俺の手だ。
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「あれ?勇者様、出かけてました?」
移動魔法で、一瞬で肉屋から事務所に帰ってきた俺を見て、ニーアは魔術書から顔を上げた。
いつもの通り仕事がないから、紅茶を片手に読書をしている。賭けボードゲームといい、ニーアは俺の仕事のスタイルに慣れてきたらしい。
「副市長から、一度も報告書の提出がないが、どうなってるんだって聞かれました」
「ニーアがうまく言っといてくれ」
俺は、危うく肉屋の商品になるところだった手を押さえて、ソファに寝転んだ。
「ニーアは把握していませんって言っておきましたので、後はお願いします」
ニーアは冷たいことを言う。報告書なんて、ここ1か月は表紙も開いていないし、どこに置いたかも覚えていない。
勇者とは、いつでも堂々と胸を張り、人々から尊敬と親愛を受け、魔獣を倒して街を守るものだ。
前世の黒歴史がバレるのに怯えたり、報告書の提出を催促されたり、肉屋にミンチにされかけたりするのは、勇者ではない。
「俺は勇者なのになぁ……」
「どうせ何も書いていないだろうけど、明日持ってきてくれって言ってましたよ……あれ?また職務放棄ですか?」
ニーアが何か言っているが、俺は聞こえないふりをする。
隠れて居眠りをすると、ニーアに文句を言われるから、『昼寝中』と大きく書かれたタオルケットをソファの下から引っ張り出してくるまった。




