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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
因縁の瓦解 編
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55/83

55. 肉を飲んでた

「後輩さん、眼鏡…探して持ってて。あったら『一回知らせて』」

 眼鏡の存在を忘れていたようだ。はっとした後輩魔闘士は一瞬後には何気ない顔に戻って、分かりましたと医務室を出て行った。

 足音が小さくなるのを待ってから、口の中の指輪を一回噛みしめておく。意識が落ちて停止していた遠隔会話機能が再開されたはずだ。

 新米捜査官は、中堅審査官の眼鏡が魔術具だと後輩にはバレていると言っていた。雪の中から眼鏡を見つければ連絡を取り合ってくれるだろう。

 治癒促進術をかける副隊長には、後輩とのやりとりをじっと観察されていた。どこまで知っていて、どこまで勘付かれているのか分からない。

「妹。支配的直下降気流っていうのは、」

 不意に副隊長の雰囲気が少し和らいだ。

「一点に猛烈な風を瞬間的に吹き降ろして地面に叩き伏せる上級精霊の技だ。立っていられるのは人間じゃ隊長くらいだ。相手は衝撃か呼吸困難で失神するが軽傷で済む」

 攻撃態勢の中堅を鎮圧した術の話らしい。

「見たかったれふ」

「魔力の消費は激しいが便利な技だ。おかげでおまえは一瞬で救出され手当てを受けられた。後輩は先輩精霊も使ったようだが、そういうわけだからあいつの闇性度が上がっていても大目に見てやってくれ」

 それから、と涼しい顔で続ける。

「さっきは後輩を殴ってない。自分の腕を張った。後輩を殴る振りでもすれば、おまえが飛び起きると思ってな。まあ飛び起きるほど心配ではなかったようだが」

「副隊長さん、かっこいい…」

 うっかり心の声が出てしまった。

「よし、後の治癒促進は若手魔導士、おまえに頼む。隊員三人は二交替で中堅を監視。一人は妹に肉スムージーを作って鎮痛剤と一緒に流し込め」

「了解です。妹ちゃん、果実ソース味と野菜ペースト味ならどっち? ちなみにお兄さんは内臓骨髄味を開発して…」

「果実で」

「出血が多い時は内臓骨髄増しが効くんだけど」

「果実一択で」

 肉スムージーという単語を初めて聞いたが、内臓骨髄味が初心者向けでないのは簡単に想像できた。

「残りで妹を除染室に移動。おまえは魔術省に連絡、予備のローブに妹の防御設定を至急申請しろ」

 にわかに動き出した同僚たちをゆっくりと見送ったのは精霊鑑別士だ。

「副隊長さん、わたしも治癒促進は使役できます。お手伝いします」

「どうだ? 妹」

「お願いひまふ」

 とっさに答えた。ここで返事を言い淀んだり露骨に拒否したりしたら、犯人だと知っていると精霊鑑別士に確信させてしまう。

 血が足りないのか、油断するとふわふわしだす頭で記憶を探す。

 中堅審査官に魔導を指導している時、精霊鑑別士がやって来た。中級精霊を使えているのを見て驚いていた。その後に書類を確認して欲しいと言い、なぜか揉めているように見えた。

 仕事の話を立ち聞きしてはいけないと思って、会話に意識を向けないようにしていた。失敗だった。これからは何でも立ち聞きしようと決める。恐らくあの会話で中堅に攻撃のスイッチが入ってしまった。

 中堅はどうそそのかされようと、同僚を攻撃するような無分別ではない。精霊鑑別士に何か操作されたという方がしっくりくる。

 けれど官給ローブは既知の精神操作術を弾く防御術がかかっている。既知でない操作術があるのかもしれない。だから新米審査官が『ありえない』と叫んだのかもしれない。

「お顔の腫れから始めましょうか?」

 疑惑の精霊鑑別士は心配そうな顔をしている。

「脚をお願いひまふ」

 トイレに歩いて行けるのはとても大事だ。顔を『お顔』などと呼んでいる場合ではない、トイレに顔はいらない。それに頬が腫れていれば指輪を口に含んでいてもバレにくいだろう。

 除染室に移動後、副隊長は利き腕に治癒促進をかけ始めた。トイレでは拭ける手も大事だ。

「お待たせ! 魔闘士隊特製、肉スムージー果実ソースだよ。治癒回復、筋肉増強、酒のチェイサーにもぴったりだよ!」

 魔闘士隊員の一人が、洗面ボウルかと思うような大きな杯を両手で運んできた。副隊長が上体を起こしてくれるが、気分はすでに強制摂食の拷問待ちだ。隊員が軽快な手拍子を始めた。

「はい飲んで回復、飲んで筋肉、飲ーんで飲んで飲んで」

 身体も頭もふらふらなところにこのノリがつらい。痛い腕では支えきれない重さの杯に副隊長の助けを借りながら、どうにか口をつける。うっかり指輪まで飲み込んでしまったらどうしようと不安になる。

「口の傷にしみるか?」

 などと聞いてもらえるが、問題は視界一杯を埋める肉スムージーの水面の広さだ。減らない。見た目がスムージーで味が肉というギャップに頭が混乱する。

 肉の海をちびちび舐めていると、待っていた連絡が来た。口の中の指輪の輪に沿って、ぐるりと熱が回る。後輩側の遠隔会話機能が発動された合図だ。けれど声はせず、指輪は沈黙を保って存在を隠したままでいる。

 あったら『一回知らせて』、を正しく後輩が汲んでくれたのが嬉しい。彼が眼鏡を見つけた合図だ。

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