25. やり遂げる
「定性調整の精霊というぶっ飛んだ存在に驚いてますが、その前に」
新米審査官は眉をひそめ、指先で机をたんたんと叩いた。
「この甘いやり取りを審査部に見せる必要ありますか?」
隣で中堅審査官も大きくうなずく。
「全くだ。後輩くんは自慢のために見せつけたいのか? モテない男の思考だぞ」
「魔闘士隊人気調査では魔能と筋肉の両道そしてヒゲが常に上位。ちなみに歴代隊長はモテ条件の合致率80%。研究員上がりの魔能派で閉鎖的な名門一族の後輩さんは、『見るだけならいいけど、実際会えたとしても何を話せばいいのか分かんない』とか敬遠されているようですね」
「新米くんの調査能力が急に伸びてきた。無益な方面に」
「中堅さんの無駄にあふれる魔法動物愛が魔術学会誌を経て審査に有益に転じる奇跡を見て学びました」
「つまり無駄じゃないんだ。奇跡ではない」
この人を調子に乗らせるときっと経費が動物に食われる。新米は微笑で返事をごまかした。
水を差して申し訳ないが、と中堅は思案顔になる。
「後輩くんの甘いやり取りも苦い思い出になりかねない。我々は闇堕ちして二日以上生存した人物とファーストコンタクトしているんだ。彼との接触が心身に及ぼす影響に厳重警戒しながら制限、対応、指針を更新していく必要がある」
「後輩さんへの配慮を忘れずに、ですね」
「北嶺の闇性魔力の話が真実なら、彼の身体特性面、頭脳面での貢献を失いたくはないところだ」
「その頭脳派後輩さんの裏をかいた妹さんは、後輩さんを疑ってたから非言語思考気味だったんですね。考えが顔に出たり、思考中であることを悟られたりしないように」
「犯罪者として対面したくないタイプだな」
「きっと彼女は仮説として答の完成図が見えていた。後輩さんの態度や返答で正解だと確認していただけ。後輩さんは言語思考派のようだから、これは見抜けなかったでしょう」
「自業自得の失態だが妹さんに抱きかかえてもらって結果的に得しているな、後輩くん。爆発するといい」
審査官として被害者に寄り添うどころか追爆する中堅の姿に、新米は思わず笑ってしまう。中堅さんから憑き物が落ちた、後輩さんやり遂げましたね、と内心で賞賛を送る。
「定義の、後輩くん式なら定性調整の精霊か。そんな精霊がいるとはな。魔獣討伐保留派を先輩魔闘士くんが説得できたのは、開錠よりも定性調整の力を使って賛成する人間に調整した、という方が納得できる」
「恐ろしく強力な力です」
平静を装っていたが、新米はこれが緊急事態だと理解していた。定性調整の可能性と脅威について考えを巡らせて高揚に身震いする。
「妹さんの固有魔力を先輩魔闘士さんと同質化する前代未聞の調整まで可能にする。これは今すぐ拘束をかけないと…彼女は、王の人間性さえ自由に変えられる」
「その通りだ。真偽不明の中間報告としたうえで、緊急調査要請の提出準備を急いだ方がいい」
そこでリンリン、と小さく涼やかなベルの音が鳴った。中堅が上着から懐中時計を出す。
「面会の時間だ。僕は約束があるから、少し離席させてもらうよ」
「はい。準備しておきます」
中堅審査官は審査部を出た。広い魔術省内庭を横切り、いくつもの廊下を経由して人目を断つと、無人の小さな裏庭のベンチに腰を下ろした。
懐中時計のリューズに触れて弱い魔力を流す。
「お待たせしました」
『来たか。また便宜を図ってもらいたい案件がある』
懐中時計に偽装された遠隔会話装置から高圧的な声がした。
『我々の魔能士がうっかり市民を手にかけてしまったようでね、明日にでも審査に回されるだろうが…』
「出来かねます。審査が不公平だと噂になるほど件数が増えていた時に、先日の暴言の示談が強引だったせいで、審査部に東塔派の内通者がいることはもう誰の眼にも明らかな事態です」
『それを手際よくやるのが君の役目だろう。内通者探しを始めた部下をうまく退職させたじゃないか』
「僕には、いえ、審査部の人間は出来なくなりました。審査部は公平で公正な者たちだと定義されました。彼の狙いはそれだった。恐らく調整は、定義したい相手がそれを聞いた時に発動する。遠隔であっても。彼女がどうやって来たのか聞いた時から、彼は計画していた。審査部から東塔派を消すことを」
『何の話、誰の話だ一体』
「審査部に記憶石を送ってきた者は匿名でした。東塔派の強い監視下にいる彼が告発者として名前を出せば、この件は再生前に僕が闇に葬ったでしょう。だから匿名にした。審査開始後に映像に彼が姿を現せば内通者が審査に介入してくると彼は予測していた」
『誰かに君だとばれたのか?』
「ばれていないのに消されたんです」
『意味が分からない』
「内通者が途中で審査を打ち切りにしないよう、彼は国家規模の危機や隠蔽や恐るべき新事実の話をばらまいて次々に興味を引き、再生をやめるタイミングを与えなかった。気付いた時にはとっくに勝負は終わっていた。あの時彼女の声を聞いた全ての審査官は正しくある審査官へと定義され、東塔から心が離れたんです。それが定義の力だけなのか、分かりかねますが」
『要するに君は裏切るのか』
「我々が権益確保に明け暮れているあいだに、後進に希望を繋いで特攻した古株魔闘士に、我々の駒として討ち死にしてくれたと思っていた魔闘士に、我々がうまく隔離したつもりでいた魔闘士に、我々は討たれたんですよ。英雄と呼ばれない、しかし確かに民を救った、どこかしら闇がちな魔闘士たちに」
『君もすぐに、うっかり手にかけられた市民と同じ運命をたどる』
「東塔の専横は終わります。いえ、終わりました。軽率に動かない方がいい。審査官二人の連名で、今回の件を王に直々に上申します。審査部長の了承も優秀な審査官が得ている頃でしょう」




