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14. 飴をたしなむ

「先輩は倒れました。闇性魔力の魔導超過と被ばく超過が重篤に重なったら人体は耐えられません。先輩は当然分かっていたでしょう。でも迷わなかった。一瞬の隙、先輩が何をする気なのか悟らせる隙を魔獣にも、僕たち魔闘士にも見せなかった。気付いた時はもう全てが決していました」

『ごめんなさい。先輩を止めなくて…守れなくて。僕の力不足です』

 彼が何を謝っていたのか、彼女はやっと理解する。

「僕が先輩を抱えて基幹除染室に転移すると、先輩は少し笑って一言呟き…」

 彼女は続きを待ったが、彼が唇を引き結んで黙るのを見て、それが兄の最期だったのだと察する。

「…兄は砂に?」

「何にも」

 後輩はぽそりと、声に苦しさをにじませて答えた。

 砂にさえならなかった。妹は兄の遺体が返されなかった理由をようやく知る。

「聞きたいことを聞いてください。お話しします」

 と言われても、何もかも衝撃的で質問らしい質問を見つけることも出来ない。しばらく待っていた後輩だが、やがてふっと微笑んだ。

「いつでも聞いてください。ところで、先輩のローブの中に僕の探し物があるのではと考えているんです」

「兄に何か取り上げられましたか? もしかしてお金とか、そうだ飴の代金をお渡しします」

 はは、と白い歯を覗かせて後輩は笑った。

「余るほど押し付けられました、ご心配なく」

「そうですか…あっ! ひょっとして兄は砂にも何にもならなかったんじゃなくて、飴の包み紙に…!」

 後輩はぽかんとして、五秒ほどぽかんとして、それから一気に笑い出した。

「飴の…紙って! いや先輩ならあり得る、それいい、ごめんね、あははははは」

 彼が兄といた時、たまに見せてくれた素直に明るい笑顔だった。妹はバカなことを言ってしまったと顔が熱くなるのを感じるけれど、兄を偲ぶならこんな風にするのが落ち着くと思う。彼の口調がくだけていたのも嬉しい。

 どうにか笑いを抑え込んだ後輩が咳払いして話しだす。

「魔術師は頻繁に使う紋をローブの内側に描いておくんです。先輩のローブの中から探したい紋があります。着たまま広げて、僕に見せてもらえませんか」

 彼女は兄のローブを何度か繕ったから、紋や線が描き込まれているのは知っていた。散在する多数の紋に、少し離れた距離から後輩が視線を走らせる。

「ないな…身体に描いた? けど、確実に残すつもりなら…それで全部ですか?」

 言われて彼女が思い出したのは、大きなポケットの内側に描かれた紋だ。飴を詰めすぎて底が抜けた、と困っている兄のために修繕した覚えがあった。当時は何とも思わなかったが、こうやって探されるとまるで隠されていたかのようだ。

「あと一つ、ポケットの内側に…これ不思議ですね、他の紋では見たことないような模様」

 描紋には決まった様式がある。火の精霊を表す模様は火系統の紋に必ず入っている。他系統の精霊を組み合わせた精霊集合体を表す紋であれば、要素となる精霊の模様が組み合わされている。だから紋を見れば、それがどの系統の精霊に宛てたものか推定できる。

 特定個人にしか操れない専属精霊も同様だ。専属精霊は個人固有の魔力を嗅ぎ分け、選り好みして接触してくる。それでも火の精霊であれば公共の火の精霊と同じ模様になる。

 例外は特異能力を持つ精霊の紋だ。転移、門番などは基礎精霊の組み合わせで作ることが出来ない、特殊で複雑で多くの場合は超自然的な唯一無二の個体だ。精霊識別鏡や鑑別で特異らしいと分かると、多くの魔能士や魔術研究員が何年もかけてその精霊の能力を判別し、独自の紋を設定する。

 後輩魔闘士は説明しながら遠くから一瞥しただけで、ポケットの内側に隠されていた紋の独特さを確認したようだ。

「それです。ポケットを切り取って紋を伏せて机に置いてください。安全のために極力見ないままで」

 言われた通り見ないで作業していると、生地の破れる嫌な音がした。

「貸与品って聞きました。弁償でしょうか」

「大丈夫です。先輩はおおらかな実証実験で実験場を灰燼と砂礫にしましたから」

 大丈夫なことを大丈夫でないことで励まされる。

 ローブ内部に施された他人接触不可の防御術は、ローブから出されたものには及ばないという。

 後輩魔闘士は紋付きポケット生地を手に取ってじっと観察してから、分かりませんと淡泊に告げた。

「先輩には専属精霊がいました。一年ほど前の定期観測中に北嶺からついてきたそうです。特異能力持ちの専属精霊が現れると通常は魔術省預かりになり、鑑定と審査をパスしたら返されます。ところが先輩は当日からその専属精霊をはべらせていました」

「はべらせていた?」

「精霊はずっと先輩の近くにいて時々魔力を与えられていたようなんですが、確認できる効果が何も起こらないんです。可愛がったり見せびらかしたりもなくただ近くに置いていて、あれではペットにもアクセサリーにもならない、とからかう者もいました」

 妹も知らなかった。

「兄はなんて説明を?」

「俺のそばにいようとする心意気が健気じゃないか、と」

「じゃあやっぱりペットかな…特に何もしない精霊だとすぐ鑑定されたから、発見当日から返してもらえたのでは? 魔力は単純に精霊のごはんとしてあげていただけで」

「あんな大食いのペット、おおらかでないと飼えません。どうやってあれだけの固有魔力を安定供給できるのかと思っていましたが」

 後輩が答えであろう飴偽装の蓄魔晶石を指先で転がし、彼女に視線を据えた。

「先輩に頼まれて、あなた自身の固有魔力の充填もしたのでは?」

「わたしがやりました」

「悪いことではないんです。尋問に感じましたか? すみません。疑問なのは、何もしないペット精霊にこれほど複雑で強力な紋を与えるのかということです」

「ペットを飾り立てたい飼い主もいますよ」

 後輩は遠い眼をする。

「ローブの破れや焦げ、論文の体裁や構成、机の整頓や掃除、書類の作成に提出期限、事前申告漏れと報告義務違反と罰金支払遅延…」

「兄がやりましたね、ごめんなさい。ペットを飾るような、外見や細部にこだわる人ではなかったです」

「いいんです。僕のマルチタスク処理能力を鍛錬してもらったと思うことにしています」

 彼女と食事しながら並行して外部への対応を考えた後輩の力は、兄が醸成したらしい。

「幸い、紋の最小単位化と再構築は僕の得意分野です。解析してみます。ところで」

 彼は社交的な笑顔で彼女の心に爆弾を投下する。

「今晩はどういうベッドをご希望ですか?」

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