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12. 信念に殉ずる

 食後の温かな飲み物も鐘でチン! デザートの焼き菓子も鐘でチン!

 菓子表面のこんがりと均一で美しい焼き目に、妹はうきうきする。

「便利で優秀! 絶対すぐ買います。いくらだろう、高そう…」

「補給員によると良心的な価格で、それもヒットの一因だそうです。特許料が発生するのは鐘でチン! 本体だけですから」

 後輩魔闘士はそこで一瞬、彼女の反応を探るような間を置いた。

「ところで…先輩の持ち物に、僕に使い走りを頼もうとしていた物はありませんでしたか」

 遺品ではなく持ち物と言うさりげない優しさに微笑みかけた彼女は、使い走りという単語に固まる。

「貸出品の返却、役所への申請、論文の提出、飴の買い出しまで、常に何かと僕が押し付…頼まれていたので。先輩が僕に託そうとしたのに、僕が闇堕ち後に東塔に戻れていないせいで、代行し損ねてしまった用事があるかもしれないんです」

「兄がすみません、ごめんなさい、知ってたら叱ったのに」

「いいんです。僕が研究で煮詰まったり、魔闘士の鍛錬を後回しにしたり、先輩はそういう時を見計らって頼んでくるのが分かっていました。東塔を昇り降りするのは足腰が鍛えられるんです」

 あの兄がそんな気遣いを本当にしたのか、気分転換の外出なら一緒に散歩でも良かったのではと彼女は思うが、気遣いだと言ってくれる後輩に気遣って言わないでおく。

「そういえば形見分けの日に報告してくれた大柄な魔闘士さんがいました。後輩さんの事務机に兄からの箱と封筒が残されていたらしく」

 回収して形見分けの場に持って来たという。規則なので中を確認していいですか、と彼女の承認を得てから、大柄魔闘士は封筒を開けた。

 封筒には後輩魔闘士への伝言と提出書類が入っている、箱の中身は省内への提出物のようだ、このまま持ち帰り対処しておきますと大柄魔闘士は言った。

「中身は? 知らされませんでしたか。では、箱の大きさは」

 彼女が手で囲った空間は、鐘でチン! がちょうど収まりそうな大きさだった。

「あと、持ち帰れる食事はないかと聞かれました。大柄な方だったので、荷物を運んでお腹が空いてしまったのかと申し訳なかったです。その日のフィッシュパイは出来が良かったので自信をもってお渡ししました!」

「了解しました。対処した魔闘士を調べて礼などを伝えます」

 日常的に代行をし、さらに代行を代行した者に礼を言うなんてどこまで律儀なんだろう。論文の執筆に些末事の使い走りにと彼を使い倒したらしい兄に代わって後輩にどうにかしてお返しをしなくては、と妹は固く心に決める。

「では、あなたには先輩の話をするだけでなく、申し訳ないのですがもう少しだけ長くここにいて欲しいんです。あなたの除染には最善を尽くしますので」

「全然申し訳なくないです、むしろ」

 嬉しいです、と言いかけて彼女は止まる。代行の代行をした魔闘士に礼を伝える用事が出来たところで、なぜ『では』自分の滞在延長が必要になるのか分からない。

 考えていると、彼が彼女の言葉を待っているような顔をしていることに気付いた。

「ごめんなさい、何でしたっけ」

「いえ。今後の話をします。時間を稼ぎます」

 彼女に傲慢魔術師から追手がかからないよう、研究所滞在を納得させる穏便な理由がいる。

 定期連絡用の遠隔会話装置の蓄魔晶石が魔力切れしていた、彼は倉庫で使える蓄魔晶石を探しているうちに寒さと寝不足と空腹で倒れていた、ということにする。

 闇堕ちの固有魔力は除染不可な半闇性状態にある。また、闇堕ちが大気中から魔導した魔力は半闇性を帯びてしまう。精霊は半闇性魔力を霊力に変換できず、自らの生命維持に使えないので、一度でも半闇性魔力を渡されたら二度と闇堕ちとの取引に応じなくなる。

 だから彼は遠隔会話には刻紋付き蓄魔晶石を、火起こしは火打石と火打ち金を、食料の解凍には鐘でチン! を使っている。

 観測や研究に不可欠な数々の魔術具も精霊を利用しているため、すべてに刻紋付き蓄魔晶石を作成して組み合わせた。

「それだけで一か月かかりました。刻紋蓄魔晶石は新技術で、初構築の術ばかりだったので。もう僕は描紋学の新講義を持てます」

 闇堕ちが魔導する半闇性魔力を蓄魔晶石に貯めても半闇性魔力のままであるため、精霊との取引に使えない。だから蓄魔晶石に魔力を補充できない。定期的にやって来る補給員に充填を頼むしかない。

「魔獣の死骸の調査と観測に急ぎ励んだ結果、蓄魔晶石が枯渇したと言えば誰も文句はないでしょう。ご心配なく、徹底的に省魔力を追究したので実際には枯渇していません」

 彼の、にこっと親しみやすい微笑に戸惑い始める。賢い人だと思ってはいたが、自分と食事と会話をしながらあの傲慢魔術師を納得させる理由を組み立てるのは、賢さというより知略だ。

「妹さんは魔導が得意なんだそうですね。先輩が口癖のように言ってました」

「はい。魔能の才は俺にあるが、魔導なら君は王国魔導士にも劣らない、って」

 精霊を操る魔能の才能は完全に生まれつきだ。魔能の才に恵まれた者同士から生まれる血統型と平凡な家系から現れる突発型があり、突発型の方が強力な場合が多い。後輩魔闘士は血統型、兄は突発型だ。

 一方で魔力を操る魔導は鍛錬で上達する。ただ大気中の魔力濃度や性質を感知する嗅覚には個人差があるため、魔力嗅覚が優れているほど効率的に魔導できるという差は生じる。

「兄は、わたしは魔力も嗅げるし良い蓄魔晶石も嗅ぎ分けられるってよく褒めてくれました」

「興味深いですね。ではあなたの方では、研究所の枯渇した蓄魔晶石に魔力の補充を頼まれた、滞在が必要だと説明してください」

 傲慢魔術師が内密に拉致などの行動をしているなら、公式筋の定期連絡係に妹の来訪を知らせてしまうと大混乱になるだろう。説明を分けるのが安全策だと結論付ける。

 後輩は魔術省の定期連絡先へ接続して、倉庫で倒れはしたが回復して予備の蓄魔晶石を発見した、とだけ連絡する。

 妹は傲慢魔術師へ連絡し、倒れていた闇堕ちを発見して、滞在して介抱しつつ蓄魔晶石を補充するよう頼まれた、と説明した。

『やむを得ないでしょう。決して定期連絡員に存在を知られないようにしなさい。それから、気の触れた闇堕ちに害されても責任は取れませ』

『不測の事態にはすぐご連絡を、三日三晩の登山を二日で駆け付けます!』

 接触不良を直したばかりの遠隔会話ピンがまた破壊されそうなことを傲慢魔術師が言いかけていたが、とにかく了承を得られた。

「充填はほんとにやります、任せてください!」

「潤沢ではないので助かります。妹さんが魔導上手だという先輩の口癖が懐かしいです」

 後輩がしんみりと微笑みながら言う。

「あなたの魔力についても言っていた気がします」

「兄とわたしの魔力が似てきたって言ってました。転移の精霊も門番の精霊もわたしを兄と勘違いしたから、魔闘士さんたちがびっくりして…あっ、精霊と言えば」

 彼女はばたばたと自分のローブの内側を探る。

「さっき、ローブから精霊が出てきたんです」

 後輩の瞳から、さっと笑みが消える。

「兄の専属精霊だって…どこ行ったんだろ」

 ポケットを手当たり次第に探すが、出てくるのは妙に重い飴玉ばかりだ。机の上にばらばらと出していく。

「これってきっと、後輩さんがお使いで買い出しした飴ですよね…」

 後輩は怪訝な顔で飴を一つ手に取り、包みを開いてみて、苦笑した。

「先輩、全く、あの人は」

 飴玉の紙に包まれていたのは蓄魔晶石だった。鍋用蓄魔晶石並みの良石で、それを独自配合の合金で巻いた兄特製の超高効率蓄魔晶石だ。

「これも、これも…たぶん先輩は、うっかり人前でローブから落としても蓄魔晶石だとばれないように偽装したんです」

「こっちの紙も全部、蓄魔晶石を包んであります。あ、落書きまで」

 指先で蓄魔晶石をなでると、家で夜遅くまで作業した日々が思い出された。

「わたし…この蓄魔晶石を全量充填しました。討伐遠征の前に。たくさん、何週間もかけて。空です、みんな」

「そうか…そうだったんですね。あの日の先輩の雄姿を話してもいいですか」

 後輩は泣き笑いをしているように見えた。

「討伐の日、魔導士たちが総出で失神寸前まで集めた魔力での攻撃は、魔獣を倒すには及びませんでした。三十年前の討伐にも参加した魔闘士が今回は倒せると意気込むほど魔獣は怯えていて、けれどあと一歩まで追い込んだところでとどめを刺せずにいました」

 王都の市民たちが知らされなかった苦境に、彼女は息を飲む。

「大気中の魔力は底を尽いて魔導士たちは消耗して動けず、魔闘士隊には重傷者が多数いるのに、魔獣は暴れ狂っている。魔闘士隊長が苦渋の撤退命令を下した時、先輩が火炎旋風に大量の魔力を注ぎ足したんです。爆炎の竜巻は致命傷でした。魔獣にも先輩にも。これを使ったんですね」

 彼女はめまいがするのを、強い瞬きで何とか抑え込む。

「先輩が使ったのはこれだけじゃありませんでした。その場に充満しているのに使えない闇性魔力まで魔導して、混ぜて一気に叩き込みました。闇堕ちするのを承知で、まるで想定していたかのような決断の速さでした」

 今回の魔獣討伐に投入された新技術、火炎旋風の精霊は火と風の精霊を大量に、複雑に組み上げた特別な一体だったという。けれど精霊は一度闇性魔力を渡されたら、二度とその術者と取引しない。闇性魔力を用いた攻撃は一人一回きりだ。

「三十年も待った魔獣討伐です。もし先輩の攻撃が威力不充分だったら、同じ方法で後に続いて闇堕ちする魔闘士が続出したでしょう。それほどに魔闘士隊は追い込まれていました。そんな事態を避けたかったに違いない先輩にとって、チャンスは一度きりでした。攻撃が一度で、一人で足りるよう、魔導力の限界まで闇性魔力を使ったのだと思います」

 ああ、兄がやりそうなことだ、と彼女は思う。昔から平気で型破りなことをして怪我もした。だから心配で、兄のいる王都に上京するのを両親も止めなかった。

 彼女は火花が散るような脳で何とか考える。

 その兄の攻撃は魔獣の致命傷だったと聞いた。兄は他の魔闘士が闇堕ちしないよう尽力した。それならなぜ。それなら目の前にいるこの後輩魔闘士はなぜ闇堕ちしているのか、と。

「隊長はその場に倒れた先輩を王都の基幹除染室に緊急転移するよう魔導士たちに要請しましたが、転移の精霊に渡せる魔力はもう大気に残っていなかったんです。事実上不可能でした」

「でも兄は除染室に転移したって聞きました…まさか、後輩さんが闇堕ちした原因って、まさか」

 彼はなだめるような優しい眼をする。

「僕が先輩を抱えて一緒に転移させる唯一の方法は、闇性魔力の使用でした。先輩の除染は間に合いませんでしたし、間に合っても不可能だったでしょう。けれど…僕は結果を知っていたとしても、あの瞬間に戻ったなら同じことをします。それはきっと先輩もです。先輩の想定内でした、一点を除いては」

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