011:こわい魔法と怒る騎士
地下牢に入れられてどれくらい経っただろうか。
時間の経過が体感できない環境下に置かれているので、ベルガーは何度か分からない溜息を吐いて再び寝転がった。
ミライは絶対に出てくる。そうすれば俺は出してもらえる――はず。出してもらえるよな?
誰に問いかけているのかわからないが、とにもかくにもミライが馬車から出てきてくれることをひたすらにベルガーは祈っていた。
そんな祈りが届いたのか、ベルガーの耳にゴッゴッと言う妙に恐ろしい音が届く。
どう考えても危なそうな音なのだが、徐々にそれは近づいてきていた。
「なんだ……?」
ベルガーは身体を起こして鉄格子に顔を近づける。
通路の奥は暗くて見えないが、その方面から音が聞こえるわけではなさそうだ。
ゴッゴッゴッ、ゴゴ、ゴゴゴッ、ゴゴッ。
おいおいやめてくれよまるで何かが壊れる前兆のような音だなそんなまさかな――
「……うわああああああ!」
その、まさかである。ベルガーは思わず声をあげた。
ベルガーの閉じ込められている地下牢の天井が次の瞬間、崩壊した。
「うわあああああベルガーさん!」
崩壊した直後、今度はミライが大きな声を出すことになる。
ベルガーはかろうじて息をしていたが、瀕死のような状態であった。
やっぱり消失の方がよかった、破壊にしたから駄目だったんだ……!
ミライはものすごく反省した。
消失であれだけ騒動になったので、今度は崩壊にしてみたのだ。
範囲も極力狭くしたのだが、どうやら崩壊も思った以上に危険な魔法らしい。ちょっとだけでいいと思って行使したのだがこれはちょっとどころではない。
「治癒! 治癒だ! 治癒、ベルガーさんを元気な状態に治して! 魔力提供者はミライ! 早く!」
パアアと輝く魔法陣がベルガーの身体へと消えた。
ミライはベルガーに駆け寄って頬を何度か叩く。
巻き戻しとは当然ながら違っていた。
治癒は元に戻るというより傷を治すという感じで、完全に元に戻るわけではなさそうだった。
「もしかして、傷をすべて治して、とかだったら古傷も治るのかな?」
機会があればやってみようと考えて、治癒の終わったベルガーの身体を揺さぶった。
「ベルガーさん、大丈夫ですか?」
ぴくぴくと目蓋が動いているのだが、目を開ける様子はない。
もしかして治癒が失敗したのかとミライは不安になるが、傷口は全て塞がり損傷しているのは服だけだった。
「ベルガーさん……どうしよう、起床とかいう魔法もあるの?強制的に目覚めさせる……?」
「やめろよ!」
「えっ」
「……そういう変な魔法を使うのはやめてくれ」
「は、はい……ごめんなさい」
「ったく……死ぬかと思ったじゃねえか」
うう、と唸り声をあげてベルガーは身体を起こした。
助けに来てくれたのは有難いがやり方が豪快すぎる。
その上、強制的に目を覚まさせる魔法なんて使われたらたまったものじゃない。ベルガーはきれいさっぱりなくなった傷口に驚く間もなくミライにツッコミを入れることになった。
「どうなってるんですか? ベルガーさんはなんで地下に?」
「おまえ、出てこなかったろ。それで、逃げ出したんじゃねえかって疑いがかかってる」
「私のせい……?」
「まぁ、気にすんな。出てくると思ってたしな」
眉を寄せて泣きそうな顔になるミライの頭へ、ベルガーをぽんと手を置いて何度か撫でてやる。
ミライが悪い人間ではないことはとっくに気が付いていた。
演技をしている可能性なんて考えるだけ無駄だとベルガーはベルガーなりにミライを観察してそう思ったのである。
「それにしても……もうちょっと静かな方法はなかったのか?」
「それが……地下室の入口がわからなくて……逆召喚と悩んだんですが……」
「なんだそりゃ」
「ベルガーさんの居る場所に私が召喚される魔法です。そのくらいの召喚ならできるみたいなので」
「それやれよ! そっちの方がいいじゃねえか!」
思わずぺしりとミライの頭部をはたいてしまったベルガーだが、ミライはただ苦笑して「やっぱり……?」と気まずそうにベルガーへ視線を向けた。
実は言うとミライは崩壊の魔法を使ってみたかった。
恐ろしげな雰囲気のある魔法だからこそ、どんなものかを知っておきたかったのだ。傷を負わせてしまったベルガーには口が裂けても言えないが、どういう魔法か知ることが出来て良かったと思っている。
これはあまり、使いたくない。ミライはそう思った。
できることばかりの中で、何より大事なのはそれをミライがどう使うかだ。
曖昧な魔法だからこそ、使う人間の素養が試される。ミライはそのことを充分に理解していたし、無闇に人を傷付けることは絶対にしてはいけないと常に思っていた。
もし、もしも。崩壊の魔法を人間に向かって放ったら……想像もしたくない。
やっぱりこれは使ってはいけない魔法だ。
消失の件でものすごく反省したのだ。同じことは繰り返さない。
ただ、心配なのはツヴァイのことになるとミライは自分が歯止めがきかなくなりそうだと思っていた。
ベルガーについてもそうだ。
仲良くなればなるほどに、心配になり、魔法を安易に使うようになってしまう。
「ベルガーさん……ごめんなさい。もう、絶対に傷つけたりしない」
妙に真剣なミライへベルガーは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに原因に思い当たりミライの髪をくしゃくしゃにかき回した。
「治してくれたろ。それで充分だ。……それより早いとこ公に会いに行こう。すげえ会いたがってたぞ」
と、言いつつも本当のところ化物たちがベルガーは怖いのである。
できることなら早く目的を達成してしまいたかった。
崩壊した地下牢は完全に包囲されていた。
穴ができた上も地下牢の扉の方も、完全に包囲されていた。化物たちによって。
「ベルガー。久しいな」
久しいな、じゃねえよ気が付いてて知らんふりしたんだろうが、と内心で思うだけにしてベルガーは会釈する。
「お久しぶりです、団長」
「ああ」
騎士団団長、クォツェルス・ディ・リデルア・スフォカート。
アーディス王国の次に大きな国の公爵家次男である。
名前がやたら長く呼びにくいので騎士団では団長と呼ばれている。
次男という立場を最大限に活かして自由気ままに生きていたが、辺境伯との出会いを機に正式に身分を捨てた。公的にはまだ公爵家の次男だが、実際は縁を切ったも同然。アーディス王国に骨を埋めるとまで言い切って騎士団長に就任した。
背が高くいかにも生真面目な顔立ちの男である。
「ねぇ、その子が魔法使い? 随分と小さいねぇ」
次いで顔を覗かせたのは副団長のトルティア・ベラミニーツェである。
長い髪を後ろで一つに纏め、色男らしく制服をはだけさせている。
女性ばかりが生まれる一族で突然変異として生まれた男児であった。
家系図を遡っても男児が生まれたことはない、そんなある種の呪いを受けた一族に生まれたのでそれはそれは幼い頃から苦渋を舐めさせられている。
そんなトルティアを救ったのが辺境伯というわけだ。
騎士団は数人を除いて辺境伯に拾われた者で作られた集団と言っても良かった。
そのため、騎士団員の辺境伯への愛は気持ちが悪いほどに深く大きい。
「ベルガー。公がお待ちだ。彼女を連れてすぐに応接室に向かえ」
「……了解しました」
すっかりミライのお守役のような立場になってしまったベルガーだが、まぁそれも悪くないなと思い始めていた。
「ミルァイ、行くぞ」
「はい……」
ベルガーが声をかけるとミライは表情を暗くしてか細い声で返事をする。
そのことに疑問を抱いたが、ベルガーはとりあえず先を急ぐことを優先した。




