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000:フランツェルバ王国

2013年に書き始め、パソコンを失くしたり仕事があったりなかったり、長い時間を掛けて戻ってきたお話です。再掲載+執筆再開なので、旧の方は移し終わったら消します。



 フランツェルバ王国は分かりやすく沈んでいた。

 王国が海に沈んでいるわけではない。国民がひどく落ち込んでいるのだ。


 負の感情は連鎖して、今では街行く誰もが俯き黙って歩いている。

 子供たちも周囲の大人の重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、最初はおどけてみせていたものの次第に暗い顔をするようになった。

 国中が通夜のように静まり返り、笑い声ひとつ響かない。


 その異様な様子を見て旅人はついに遠慮がちながらも聞いた。


「この国で……なにが、あったのですか?」


 旅人の中には情報がひとつもなかった。

 そもそもフランツェルバ王国は外交が殆どない。

 その理由は地図を見れば明白で、王国が存在している場所に大きな原因があった。



 大陸から遥か遠く離れた島に王国はある。たどり着くのは容易ではない。

 王国側は外交の申し入れを歓迎しているが、持ちかけてくる国は数えるほどしかなかった。

 数百年もの歴史がある偉大な国で評判も悪くはないのに、他国からの外交の申し入れは極端に少ない。

 一年に一度、申し訳程度の視察が来ることを除いては訪れる人間なんて物好きな旅人くらいなものである。そして、王国側が進んで外交を必要としない最大の理由は王国の成り立ちと存在の仕方にあった。


 旅人から話しかけられた国民――ふっくらとした身体つきの宿屋の中年女性は沈んだ表情で溜息を一つついて、今の国の状況を語り始めた。


 秘密にしているということもないらしい、語り口調はあけすけだ。

 それどころか話始めると「聞いておくれよ!」と言わんばかりの様子だった。


 旅人は興味深そうに女性の話に耳を傾ける。


 ひと月ほど前まではフランツェルバ王国はこんな空気ではなかったという。

 人々は明るく笑い、うるさいほど賑やかだった。

 採れたての野菜や果物は今年は特に出来がよかったようで飛ぶように売れていたし、数少ない輸入品の布や装飾品も需要は高かった。しかし、その勢いは突如として止まることになる。

 野菜売りも果物売りも、仕入れが難しくなったのだ。肉屋も商品を出し惜しみするようになってしまった。漁業だけは変わらず盛んだったものの漁れる魚の種類が変わり、身が痩せた美味しくない魚ばかりしか漁れなくなってしまっている。


 大陸にある国々と違い、王国は海洋国だ。

 余所者を歓迎しているとは言ってもたどり着くことの困難さから、よっぽどの物好き以外は国に訪れたりはしない。そんな王国が外交も少なく、輸入輸出が殆どなく、それでも民が豊かなのは一重に『魔女』のおかげだった。



 ティー・シー(美しき蔓)

 そう呼ばれている魔女は王国では国王の次に地位が高いことで有名だ。


 王国が建国された数百年前からずっとティー・シーの名前は歴史に刻まれている。

 建国に立ち会った初代の魔女ティー・シーは当時の国王と恋仲であり、そのままフランツェルバ王国の王妃となって采配をふるった。

 だが、次代の魔女は王とは恋仲にならず、別の人間と婚姻した。その際に当時の国王は魔女としての高い地位を与え、彼女を国に留まらせるようなんとか交渉をしたという。

 それにより、魔女と王妃は必ずしも同一ではないと国民に説明が行われ、王国の法律の中にもその旨は刻まれた。


 ただ、王国としては王妃になって貰った方が有難いという見解だ。それでも強制力はない。

 何故なら、もしも王国側が魔女に婚姻を強制すると魔女には国を出て行く権利が同時に与えられるという。


 王国側と魔女との取り決めは、そんなに多くはない。

 魔女は王国に尽くすこと、王国は魔女に尽くすこと。

 たったそれだけだが、どちらかが裏切ろうとすれば強い魔法が自動的に発生する仕組みになっていた。


 魔女が悪意を持って王国を裏切れば、王国は魔女を捕縛できる。そして、次代が現れるまでの間――強制的に魔女を行使することができる。王国が悪意を持って魔女を強制しようとすれば、魔女は王国を見捨てる権利を得て王国にかけた加護のすべてを取り消すことができる。


 国民にも深く刻まれている王国と魔女の取り決めだ。

 真実かどうか国民にはわからないが、建国時代からずっと国民の間でも語り継がれてきたことだった。先祖代々言い伝えられてきたのだから、限りなく事実に近いと思っていいだろう。



 王国は魔女で成り立っていると言っても過言ではない。

 魔女の知識より国は繁栄し、魔女の魔法で様々なものが動いている。

 魔女に頼りきっていると言っても良い国だった。

 そんな危うい体制であるのに、誰も危機感を覚えていない。


 旅人は話の途中だが、どうしても気になり口を出してしまった。


「失礼ですが……魔女にばかり頼ってしまうと魔女がいなくなったとき、この国はとても大変ではないのですか?」

「そうさね。だから今、こんな風になっちまってるのさ」


 女性はぐっと拳を握り、王宮を睨みつけた。


「今代の魔女が継承の儀式を嫌がっているそうでね。呆れたもんさ、次代の魔女ともあろう優れた人間が継承の儀式を嫌がるなんて」


 王国の民は魔女の恩恵に慣れてしまっていた。

 それもそのはず、魔女は過去――四人しか存在しない。

 数百年という歴史の中でも継承の儀式は三回しか行われていなかった。

 魔女は不老不死で膨大な魔力を保有する。


 国民は忘れていた。


 魔女が感情を持った人間であることを。



 当たり前のように魔女は存在し、国を守ると思っていた。

 しかし、今代の魔女は継承の儀式を嫌がり魔女になることを拒絶した。

 そのせいで被害は広まっている。

 魔女の魔法は弱くなり、もう既に立ち行かなくなっていた。



 魔女の継承の儀式で問題が起こるのは今回が初めてだった。

 実際には過去にもあったのかも知れないが、国民にまで届いておらず継承が無事に行われたということは王の説得が上手くいっていたということだ。


 けれども、今回は違う。

 民にも既に浸透してしまっている。

 魔女の弟子が魔女になることを拒否し王宮に閉じこもっている――と。


「そのせいで作物は枯れるわ水は濁るわ……あたしたちは散々だよ。早いとこ継承の儀式を済ませてもらわないと国が枯れちまう」


 大きな身体を怒りで揺らして女性は自身の家に入っていった。


 旅人はぐっと眉を顰め、王宮を睨みつける。

 先ほどの女性と同じ仕草だが、抱く感情は全く違った。


 魔女に頼ることを当たり前だと思ってしまったこの国の民は、魔女に苛立つことを当然の権利だと思っている。それがどれだけおかしなことか――この国の民ではない旅人にはすぐに分かった。


 しかし、国民にはわからないのだろう。

 この国に長く住めば住むほど、わからなくなってしまったのだろう。


 理解はできても旅人は納得ができなかった。

 おかしいだろう、魔女にすべてを背負わせた国制なんて。


「魔女か……」


 見知らぬ旅人でさえ、哀れに思ったほどだ。

 今代の魔女とやらはさぞかし王宮で肩身が狭いだろう。


 旅人はむっとした顔で、暗い雰囲気を保ち続ける街を早足に歩いて回った。



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