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「三つ……? 二つの間違いじゃないのか」
「いや、三つでいい。むしろ三つじゃないと、この現象に説明がつかないんだよ。まずこのおなごには、『嫉妬』がベースにあり、そこに『嘘』が混ざった。だが、前にこのおなごは、『恐怖』の影響を受けていたね」
「ああ、でも、それはもう症状として一切出ていない。それも混ざっているのか」
「『恐怖』の名残があり、それが『嘘』の混入により、誘発されたのだろう。そして、今のおなごは、誰にだって恋をする権化になっている」
一瞬、リラがなにを言っているのかわからなかった。俺は首を捻りつつ、詰めかける。
「はあ? どうして、そこで恋というワードが出てくるんだよ」
「――『吊り橋効果』。お前さんも知っているだろ?」
「不安なときや恐怖を感じているときに、近くにいた人を好きだと脳が、勘違いする効果だっけ? それがなんの――」
言いかけて、俺の中に散りばめられたピースが嵌まる、方法が脳裏に浮かんだ。
「お前さんも気づいたようだね。そのとおりだよ」
リラは、ニヒルな笑みをする。
「おなごの中の嘘の恐怖が反応して、嫉妬を抱かせ、それを恋だと勘違いさせている。それを色海新樹は自覚していた。夢で未来を知っていたから。だから、引きこもったんだろう」
「それはわかったが、なんで新樹は、未来視に似た力が発動していたんだ」
俺の気にかかっていた箇所はそこだった。道理もなしに、未来を見せるチカラとかありえないことだ。
「簡単のことさ。自分を守るために、未来から過去に信号を転送した。恋心を犠牲にね」
リラは両方で拳を作って、説明する。最初はくっついていた拳がバラバラになり、片方の拳がもう片方の拳を飛ばす。
「恋心を犠牲に……。それってつまり」
「そう。お前さんを好きだという気持ちを無くすことになる。そうしなければ、この世界の理は崩壊することになる。だいじょうぶだよ。絆は消えない。あくまで恋愛感情がなくなるってだけ。それでも尚、このおなごに伝えたいことがあれば、いいよ。時間をあげようか」
リラは再度浮上した。そこで俺は疑問を投げかける。
「なあ、リラ。恋愛感情がなくなるって言ったけど、新樹はまた、恋はできるのか? そこだけ教えてくれ」
「心配するな。お前さんへの想いが一度なくなるだけで、おなごの中の恋愛をする概念がなくなるわけじゃない。だから、心配するな」
リラは追加するように、テレパシーで、(もう一度お前さんを好きになる可能性もあるから、だいじょうぶだよ。がんばりな)
なにを言ってんだ、と思いつつ、俺は新樹を視界に入れた。
「やっと気づいた、州を好きというこの気持ちでいられなくなるの? 私、怖いよ……」
新樹は、身をさらに縮ませた。手や肩にも自然と力が入り、解けなくなる。
「俺も、新樹の想いに応えたい。けど、それは今じゃない」
「私の州に対してある好意がなくなるから?」
「そうだ。今の新樹の気持ちに応えることは、俺にはできない。でも、もう一度。もしもう一度、俺に好意を向けてくれたときは、なんの迷いもなく、受け入れるよ」
人が生涯に一度だけ、一部だけ『リセット』ができるとして。それを元のとおりに戻せる可能性は、どれほどあるだろう。あるとしても、かぎりなくゼロに近いだろう。
理由としては――
感じ方に相違がある。
年齢に相違がある。
最後に、
オモイに相違がある。
からだ。
「じゃあ、州――キス、して」
「え……? いきなりどうしたんだよ」
新樹の唐突な宣言に俺はパニックに陥る。それでも尚、新樹は俺を見つめ続けた。
「もう一度、州のことを好きになれるためのおまじないかな。いづみちゃんに教えてもらった。好きを再確認するためのキスもあるんだよ、って。だから……」
いったい、上原さんとどんなやり取りをしているのやら。そう思うのも億劫になるほど、俺の胸は高鳴っていた。
「わかった。しよう。キス……」
「えへっ、州のダイタン」
新樹の頬は、ほんわか赤くなっていた。俺もなっているのだろうか。でも、顔が熱くなっていくのは、さすがにわかった。
「あ、新樹がしようって……」
「ねぇ、州、憶えてる? 私が州に言った。あの『言葉』」
あの言葉――。
――ばいばい、州。私、いま、安心できないよ。だって――――んだもん……
俺がずっと思いだせずにいる、欠けた言葉だ。脳内にある迷路を何度駆けずり回っても、見つからなかった言葉。
頭を悩ませた俺に、新樹は呟く。
「私、いまも安心できないよ。だって、州がそばにいないんだもん……」
「それ、前にも似たような言葉を言われた気がする」
おぼろげに浮かぶシーン。
「――言ったよ。私と州が友達になった日に。憶えてない?」
新樹からもらった鍵を、鍵口に差しこむ。
幸せに隠された記憶が。俺は天に手を伸ばした。そこに触れたシャボン玉が俺を見せてくれる。新樹と出会ったときの記憶。そこから組み上がってくる言葉。俺の個性を肯定してくれた色海新樹という女の子からもらった、勇気の出る言葉を――
「それで――州くんが落ちこんでいる私にこう言うの。『ぼくがそばにいてやる』って」
「――憶えてるよ。たまに忘れることもあるけど、記憶の中にきちんとある」
当時は九歳だ。俺に理解できるわけもなく、なんだそれ、と言った憶えもある。
「じゃあ――しよ、キス」
新樹が瞼を下ろす。
俺も、気恥ずかしい気持ちが生まれつつ、新樹に口を持っていく。
新樹のくちびると、俺のくちびるを重ね――
キスシーンて難しい




