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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第四章 真実(うそ)から出た嘘偽(しんじつ)
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4-15

「――鈴宮さん、どうしてここに……」

「わたしがここにいてはいけませんか? わたしには、きちんとした『理由』があるのです。それよりも解森せんぱいのほうこそ、なぜこんなおそい時間に?」

「俺は、新樹に想いを伝えにいく――」


 きっぱりそう言い切る。対し、鈴宮さんも少し驚いた顔をした。


「男らしいですね、解森せんぱい。ですが、わたしもおんなじです。わたしも色海せんぱいに、この想いをつたえます」


 鈴宮さんの過去には、同性に告白してフラれ、傷ついた過去がある。それなのに、心機一転ってやつなのだろうか。心に燃え尽きない不屈さがあった。


「たしかに新樹なら、鈴宮さんが告白しても異性と同じような対応をしてくれるだろうな。新樹とは、そういうやつだ」

「さすが、わたしがみこんだ女性です」

「だが――新樹を鈴宮さんに譲る気はない、俺は」

「おやおや、はじめて会ったときとは、ずいぶんと目つきやら度胸やらかわったのですね。それはそれでわたしとしては、さびしい気もします。もしや、白昼に岡せんぱいといっせんを交えたり? それはそれでコウフンしますね」


 無表情のくせに、脳内でいったいなにを想像したんだろうか。考えまい。


「ああ、そうだ。コウに俺は背中を押された。そうでもしないと、俺は自分に正直になれないからな」

「なるほど。だからですか。でも、OKされる自信はあるのですか?」

「ないと言われれば、ない。あると言われればある。そんな具合だ。でも俺は、この想いだけは新樹に伝える。伝えないとダメなんだ」

「奇遇ですね。わたしもにたような感じです。OKもらえるかどうかよりもさきに、解森せんぱい。あなたがまず障害のようです。しかし、解森せんぱい。わたしは少なからず、解森せんぱいがなぜきらわれ、さけられる存在なのかを、知っているものなわけです」

「なにが言いたいんだ」


 鈴宮さんは不敵な笑みを浮かべ、口を開き、


「たとえばせんぱいが中学三年生のときの奇行ですよ。色海せんぱいのソフトボールの祭典。県大会準決勝九回裏二アウト満塁。点数は同点。ピッチャーであった色海せんぱいのボールを、相手のバッターはレフト方向のフェンス側、平凡のあたりでした。誰もが明日に持ち越し。そう思っていました。しかしそれを解森せんぱいは、グローブでキャッチしたんですよね。もちろん、試合はサヨナラ負け。おぼえてますよね?」


 意図が呑みこめない俺にかまわず、饒舌に達者に動く鈴宮さんの口。

 たしかそのとき、新樹の左足は大きく腫れてたんだよな。当時のソフト部には、新樹以外に対抗できるようなピッチャーがいなく、新樹がすべてを背負っていた。同点で再試合でも、勝って決勝に駒を進めても先発は、連投で新樹の予定だった。それが俺は見ていられなく、勝手に妨害したわけだ。


「ここでわたしはここで疑問を呈します。なぜ色海せんぱいは、一切責めなかったのでしょうか。いくらやさしいといえ、命運がかかった試合を台無しにされてしまったのに、態度ひとつかわったようすがない。奇妙としか言いようがありません。どうしてですか?」

「さぁ、どうしてだろうな。新樹は見てのとおり、天使だからじゃないか? 天使だから、俺のような異物にも優しくしてくれるんじゃないか?」


 とんだ出まかせだった。まあ、リラよりかは天使にふさわしい気がするのは本音だ。

 真面目に答えようとしていないのが、わかったのか。鈴宮さんは釈然としていないが、そのまま、


「まったくもって意味不明です。いいでしょう。まだありますから。これは岡せんぱいが十四歳の誕生日パーティーを自宅で開催したとき。とつぜん、解森せんぱいが乱入し、パーティーをめちゃくちゃにした件です」


 鈴宮さんは、アスファルトを靴でとんとんと鳴らし、俺を妖魔のような眼差しで見る。

 そのパーティーには、コウが参加している「こども会」の子もけっこういた。けれども、それ以上に同級の生徒が多くマナーも悪かった。いわゆる、どんちゃん騒ぎだった。当然、子供たちは怯えていた。それでも強く注意できないコウの代わりに、裏方にいた俺が敵役を買った。直後、コウに激しく怒られたな。

 と。俺が反論したり、動揺しないのが気に食わなかったらしく、鈴宮さんが腑に落ちない顔で、


「解森せんぱいさいしょからずっと、意に介していない顔をしていますね。やはりこのていどじゃ、気休めにしかならないということですか」


 なるほど、そういうことだったのか。俺はようやく要領を得られた。

 俺には、様々な過去がある。その弱味なる部分を徹底的に痛めつめる。やり方としては、なんら間違っていないし、常識の範疇だろう。

 俺もまったく意に介していないわけじゃなかったのだがな。


「そういえば解森せんぱいは、中学の卒業証書全員分をプールに捨てた、って聞くんですが、ほんとうなんですか?」


 鈴宮さんは、道路まで届きそうな艶やかな黒髪を払った。


「ああ、本当だ。とくに理由はないけどな」


 真実を述べるなら、俺が捨てたわけじゃない。ある男子の願いを俺が偶然知っただけ。その男子は卒業式の日に夜逃げした。最後の夢として、不良漫画のような印象深い卒業式をしたかったそうだ。しかし、その男子は内気で臆病で、派手なことができないやつだった。そこで俺が提案したのが証書を全部、プールに放り投げて、プールを証書の海にしてやろう、という作戦。これが全貌だ。

 素っ気ない対応の俺に、痺れを切らしたように鈴宮さんは、今まで見たことのない表情で、訴えかけてきた。


「くやしいです……。わたしには、いまだにわかりません。なぜ、色海せんぱいがあなたといっしょにいるのかを……」


 歯を食いしばり、下を見ている。鈴宮さんのオーラは、変わらず雨雲のような色を纏わせている。けど、その質問は嘘に聞こえなかった。ずっと押し殺していたものが、にじみでてきたのだろうか。


「じゃあ、訊く。鈴宮さんは、本当に――新樹のことが好きなのか?」

「なんです。わたしがレズだからって差別しているのですか」

「なら、もうひとつ訊こう。どこが好きか――じゃなくて、どこが嫌いか、言えるか?」

「――っ!」


 鈴宮さんは顔を上げ、目を見開く。それに合わせて、髪が夜風に乱れる。


「言えないよな。好きになった人の嫌なところを見る人なんて、いないもんな。けど俺は言える。何個だって。それが俺の『好き』だから。そりゃまぁ、八年もいれば、いいところがたくさん見えれば、見たくなくともダメなところ、嫌いなところが見えてくるものだろ。だって、新樹は隠さないから」


 鈴宮さんは、なにも言わない。なにも返さない。俺が言わせないから、黙った。


「一緒にいるとは信頼であって、友達の絆でもあるんだ」


 新樹が俺の個性を否定しないように、俺も――


「俺は新樹の悪いところを否定しない。それも含めて新樹だと思ってるから。で、聞くか? 新樹の嫌いなところ」


 俺の問いに鈴宮さんは口元に手を置いて、上品に、クスッと笑う。


「やめておきます。失望するのがこわいので。ひとまず今日のところは、解森せんぱいに軍配を挙げてあげましょう」


 鈴宮さんは踵を返した。その一瞬に魅せる鈴宮さんの長い黒髪が、ウェーブ状に、まるで切り刻むがごとく、斜めに振り落ちる。


「すこしだけわかった気がします。色海せんぱいが、解森せんぱいといっしょにいる理由が。では、わたしはこのへんでおいとまします。実るといいですね。その恋。応援ぐらいならしてあげますよ」

「それは嘘か。本音か」

「さぁ、どっちでしょうね」


 鈴宮さんはとことこ、歩いてきた道をたどって帰っていく。

 それを最後に、鈴宮咲妃乃、という女の子をお目にかかることはなかった。


この物語のたどり着く場所とはいかに


友城にい

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