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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第四章 真実(うそ)から出た嘘偽(しんじつ)
43/55

4-8

 俺はあのとき、新樹になんと言ってやればよかったのだろう。

 新樹の部屋の前に立って、連続で十日目の朝。今日からまた学校が始まる。夏休みは、二週間程度しかない。そのため、すぐに通りすぎてしまった。


「なあ、新樹。今日から学校だぞ。学校のみんな、新樹が来るのをきっと待ってる。だから……その……一緒に、行かないか?」

「…………」


 新樹から返事はない。寝ている可能性もあるが、早寝早起きをかかさなかった新樹にかぎって、それはないに等しい。

 新樹から返事が完全になくなったのは一週間前。それより前は、どうにか返事だけはしてくれていた。携帯は電源が切られていて、連絡のしようがない。

 あれから俺は、新樹の両親に事情をいろいろ訊かれた。けど、俺も明確な理由が言えるはずもなく、あやふやにしている。

 新樹のこの事態を知っている者は多い。クラスメイト、部活仲間がお見舞いに来ていたのを俺も見た。新樹は、相変わらずというべきか、当然だけど、再確認させられるように、新樹にはたくさんの「人望」があるんだ、と。

 そんな人たちよりも、俺は誰よりも新樹の近くにいる。人望があるわけでも、信頼があるわけでもない俺と、新樹は長い時間一緒にいる。

 それなのになんだ。さっき新樹にかけた言葉は。みんなが待ってる? 一緒に行かないか? バカかよ。俺は大バカ野郎だ。俺はそんな上辺だけの言葉しか選んで言えないのか。他力本願なのか。もっと、もっと言いたいことがあるはずだろ……。

 それなのに、とんだ恩知らずだ。俺は、「夕方も来るよ」と呟いて学校に向かった。

 学校に着き、昇降口で上靴に替えているとコウがやってきた。なにやら、急いでいる様子だ。


「州、やっと来た。大変。大変なんだ。とにかくな、落ち着いて聞いてくれ」

「まずはコウが落ち着け。どうしたんだ、いったい。なにが大変なんだよ」


 俺の肩をがっちり掴んで、テンパりまくるコウ。

 驚くすれば、コウがトレードマークとも言えるメガネをしていなかった。そんなことはともかく、俺はコウをなだめる。


「えっと、えっと。簡単に言うとね。新樹ちゃんが引きこもってしまった原因の一端を、全部、州のせいにされているようなんだ」

「……まあ、実際そうなんだがな」

「実際問題そうだとしても、みんなが州を責める理由にはならないよ。違うかい? だって、新樹ちゃんがああなったわけは――」

「いいんだ。遅かれ早かれ、みんなが俺に責任を押しつけてくることは、必然性のようにわかっていたから。それに嫌悪感を被せられるのには慣れている」

「州がそれでいいとしても、親友の僕の心にある、このわだかまりはどうしたら……」


 コウの握り拳に力が入っている。普段、あんなに温厚なコウが、胸をざわつかせている証拠だ。


「コウ。絶対、絶対だ。なにがあっても怒ってはダメだからな」

「……わかってるよ。州の頼みなら仕方ない。でも、怒るかどうかは、僕自身にもわからないから、そのときは、許してくれないかい」

「イヤだ、許さないな。俺は優しくないから」

「はは……。それは参ったね。だけど、多少なり覚悟は決めて教室に入ることをおすすめするよ」


 コウの表情は真剣そのものだった。俺は喉を鳴らして、「わかってる」とコウの言うとおり、心の準備をして教室に向かう。

 コウには生きたオーラのこと以外は、ある程度の事情を話してある。二人でできる範囲の模索はしたが、すべて失敗した。現状、打つ手なしだ。

 最終手段としては、直接、鈴宮さんと会う。それしか解決の糸口は、なさそうだった。

 がやがや騒音が廊下まで聞こえてくる。そんな教室の戸の前に立って、俺は一回だけ息を吐いた。横にいるコウが、心配そうに自分の心を堪えている。心配だ。

 手をかけ、意を決し、俺は戸を開けた。


 ――刹那。クラスのみんなが戸のほうを見るなり、怖い先生が来たみたいに静かになった。違うか、たとえるのなら、俺は犯罪者になった気分だ。


 気にするだけ無駄な足掻き。俺はかまうことなく、自分の席に歩きだす。

 コウの予告通り、教室内は針地獄だった。けど俺には刺さりはしない。だって俺は、外装完璧の、鋼鉄ロボットだから――。

 席に着いても、振りやむことのない槍の大群に俺はノーダメージでいる。しかし、ダメージを負い続けていたのは俺じゃなく、隣に佇んでいたコウのほうだった。


「おい、だいじょうぶなのか?」

「今のところはね……。州は、どう?」

「どうもしない。言っただろ。慣れてるって」


 だいぶ顔が危ない。こっちを見定めるコウの瞳孔が揺れ、焦点が合わなくなってきている。どうにか我慢してほしい。今日は始業式とホームルームだけだ。最低でも、この時間を乗り切れれば――。

 とはいえ、俺もこれほどまでとは思っていなかった。俺は、教室内を見回す。

 たびたび聞こえてくる、俺への押しつけや勝手な憶測。どれもこれも異口同音だ。

それだけじゃない――。

 俺は勝手に期待していた。一人くらい、違うんじゃないか、とみんなの意見に反して、否定派になってくれている人が。それも勝手な俺の期待だった。今、この教室にいるコウ以外の人間は、有象無象な人たちだ。みんな同じオーラをしている。


『憎悪』の集団。みんな俺に、憎しみと悪をぶつけている。


 もしこれのすべてが新樹の「人望」だというのなら、俺は喜んで受け続ける覚悟でいた。みんな新樹のために怒って、守っている。新樹のために、戦うし、耐えられる。

 そこに情けはない。スポーツと一緒だ。一人じゃなにもできなくても、手を取りあえば越えられない壁はない。

 だから俺は勝てない。戦えない。手段がない。だから、受け続ける、攻撃を――。

 そこに――懸念されていた唯一の弱点が解放されてしまった。


「もう我慢できそうにない……」コウの身体がプルプル震える。


 俺は止めようと腕を伸ばした。だが間に合わず、コウは衝動にまかせて激しくイスを後ろに倒した。ガタン、と大きな音が一気に注目を集める。コウは見渡しながら、腹に溜めていたわだかまりなるものを吐きだしたのだ。


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