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ぼくの学校生活がはじまって、早数か月がすぎた。このころになると、よく雨が降る。雨はきらいだ。ぼくのゆいいつの憩いの場に、ふだん来ないひとがたくさん来る。
そう思いつつも、きょうもぼくは図書室に足をはこぶ。あんのじょう、図書室は生徒であふれていた。たんそくし、ぼくは気にするのもやめて、指定席のいちばんめだたない席に座る。さて、と本をひらいて、読みはじめた。
そこに、げんきのいい声がノックもなく、ぼくの領域に入ってきた。
「なに読んでるの? あ、また絵本だぁー。ねぇねぇ、となりすわってもいい?」
「ご勝手に……」
「やった! ちょっとまっててね。私もなにかもってくるからぁ」
クラスのにんきもの、色海新樹だった。きょうのかのじょは、雨が降って、じめじめしているせいか、ながい髪を一個のだんごにしている。かっこうはいつもカジュアルだ。
ぼくは、かのじょと、となりの席になった日に、ほりゅうにした「ともだち」というちかいをまだへんじをしていない。
かのじょは、あの日以降ことあるごとにぼくに、はなしかけてくるようになった。はっきり言うと、めいわくではある。でも、きょひはしない。りゆうはかんたんだ。あいてにしていないからだ。かのじょが勝手にぼくのまわりをはしっているだけ。ただそれだけ。
他者とかかわりを持たない、この教訓は生きている。だから、ぼくはへんじをしない。するひつようがない。
色海新樹も、いつかぼくからしぜんと離れていくことだろう。
それが「かかわり」というものなのだから。
ぼくは、じぶんにしょうじきに平和に、だれにもめいわくをかけない生活にあこがれている。もめごとにまきこまれるなんて、まっぴらごめんだ。
「かかわり」を持つというのは、そういうことだ。
ぼくも生まれてきたときは、みんなよろこんでくれたのだろう。
ハイハイして、立って、あるいて、しゃべる、そのたびにほめてくれたはずで、きもちよさそうに、浸かるおふろではなしかけてくれただろうし、トイレができた日なんて、だきしめてもらった――かもしれない。
――あくまで「ふつう」なら。
「おまたせ! 私ねえ、しんでれらをもってきたよ。ほらぁ~」
色海新樹がもどってきた。にこにことわらって、きらきらなオーラを身にまとって。すとん、とこしを下ろすなり、イスをぼくのほうによせてきた。
「なんでちかづけるの。読みづらいよ」
「えぇ~。だって、州くんにしんでれらを読んでもらおうとおもったから」
「じぶんで読みなよ。読めるでしょ、ひらがなしかないんだから」
「ぶー。州くん、つめたい。なんきょくぐらいつめたい」
それはいくらなんでもつめたすぎない? なんきょくがごっかんなのは、さいきん習った。
「はぁ……わかったから、シンデレラをこっちによこせよ」
「州くん。その言いかただと、なんだかしんでれらとかけおちするみたいだね」
「なんでそうなる」
この色海新樹というおんなのこは、きょうみがかたよっているのだろうか。
「はやくその本をよこさないなら、じぶんの本にもどるよ?」
「あ、あ~、は、はい。読んでください。おねがいします」
そこでようやく、色海新樹はあたまをぺこりと下げながら、「シンデレラ」をわたしてきた。ぼくは手に持って気づく。
「ねぇ、色海さん」
「なぁ~にぃ~?」
「これ……シンデレラじゃなくて、白雪姫だよ?」
「あれ? まちがえちゃった?」
そんな感じのかのじょだが、どうやら野球をやっているみたいで、けっこうつよいところの少年野球チームに入っているらしい。
下校時間に、どこかでユニフォームにきがえてきて、おかあさんのくるまに乗るすがたを何回か、ぼくも目撃した。どうせほけつだったりするのか。そう思っていたけど、クラスの話を聞くかぎり、かなりうまいらしく、男子顔負けらしい。ひとはやっぱり見た目ではんだんしてはいけないみたいだ。
かのじょは、べんきょうはそこそこだが、たいいくの時間はかつやくする。休み時間だって、ぼくとかかわるまえは、男子と交ざってサッカーしたりして、外を走り回っているようなおんなのこだった。
でもどうだろう。そんなかのじょは、さいきん、ぼくにつきまとってきて、ほかのおともだちとのかかわりをおろそかにしているのは、ぼくもうすうす気づいていた。
そんな結果。
「ん? なにこれ」
げたばこに一枚の紙切れが入っていた。二枚折りにされていて、ひろげてみる。
「『いますぐ、体育館ウラにこい。せんせいにチクったりしたら、ただじゃ済まさない』」
これは、どうかんがえてもラブなレターじゃない。むしろ真逆の、「呼びだし状」ってところだろう。
用件は行くまえからわかっていた。しかし、それよりもぼくがいやだったのは――
「よく逃げずに来たね。そこはほめてあげる」
していのばしょに来ると、女子が五人ぐらいいた。
ぼくにはなしかけてきたのは、となりのクラスの女子だ。後ろをかくにんすると、同じクラスのひともいる。よく見ると、ぼくとかかわるまえにはよく、色海新樹とはなしていた女子だった。
「色海さんのことだろ?」
「あら、自覚してたんだ。なら、話は早いね」
その女子は、ぼくに歩みよってきた。こ、こないでくれ……。
ぼくは、後ずさりをする。雨に濡れた草地の感触がきもちわるい。それによって、女子五人がどうじにぼくにせまってきた。ぼくは、視界をしたにずらす。
「まえを見て、ちかって!」
その女子は、怒りの口調で言う。でも、いまのぼくにそれはできない。
「まえを見てって言ってるでしょ!」
その女子は、ぼくの顔を両手で持ってむりやりにまえを向かせようとする。ぼくはとっさに目をつぶった。
ぼくには、ちょくしできない、めいかくなりゆうがあった。
「目をあけないと、ひどいめにあわすよ。いいの?」
「…………」
ぼくは目をあけた。そこには、いじめよりもひどい世界がひろがっていた。
目にするかぎりの『憎悪』の塊を現す赤――血のような戦場の跡地が、ぼくのまわりだけを覆った。
ぼくじゃなければ一瞬で、吐いてしまうような、真っ赤な世界。
ぼくと同い年のくせに、なんという感情がうずまかせているのだろう。これが色海新樹という、「かみさま」に触れた罰だと言うのか。
その女子は、ぼくの顔をのぞかせて、はっきり言った。
「もう新樹ちゃんにちかづかない、って、ここでちかって」
ぼくはなぜか、その言葉に、すごく安心感をおぼえた。
これでようやく、色海新樹との「かかわり」が終わる。そんなきもちをいだかせつつ、はやくこの世界からかいほうされたい一心で、ぼくが口にする言葉は、もちろん――
「……わかった」
こうしてぼくは、「ともだち」というちかいのまえに、「封鎖」のちかいをした。
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