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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第三章 すれ違い、恐怖、つないで
30/55

3-15

 深い眠りから意識が戻る。けど、身体を起こそうとすると鉛のようにズシリと重く、頭がキリキリッと縛られている感覚が襲ってきた。どうやら疲れはまったく癒えていない。まだまだ横になっている必要がありそうだった。

 まっすぐ視界に入る檜模様の天井を仰いで、ひと呼吸。


 あのあと――上原さんの話を聞いて、すぐに俺はふらつきながらもファミレスを出て、リラのテレポーテーションで自室に運んでもらった。こんなときは、役に立つ力だ。着いてベッドに移った途端、自然とそのまま寝たらしい。壁に設置した時計で時間を確認すると、二十時を過ぎていた。


「五時間近く寝ていたのか……」


 部屋を可能なかぎり見渡した。茶色いカーペットの敷かれたフローリング。小さいながらも、対照的な日本人の黒髪と相違がある金色の髪は、やはりどこにいても、見つけやすいことだろう。天使――リラは本棚から取りだしたであろう漫画を、うつ伏せで肘をついて真剣に読んでいた。

 微動だにせず、漫画の世界に没頭していて俺が起きたことには、まったく気づいていないご様子。このままではいろいろ不便だ。仕方なく俺から声をかける。


「リラ。起きたぞ」


 一回で声に気づいたようで、漫画からひょいっと顔を俺に寄越した。


「よく寝てたね。そういえば、さっき電話が鳴ってたようだけど、違うかい?」


 相変わらず見た目と口調にギャップを感じつつ、痛みを我慢して枕元に置いていた携帯を開いた。


 ディスプレイを覗きこむ。「えっと……着信は新樹か……」なんだろう、と考えていると今度は、メールが受信される。当然、差出人は新樹からだった。

 メールボックスを開いて、内容を確認する。内容は、俺にとって恒例のお願いだった。

 なにも知らないリラが冷やかすように、「なに? デートのお誘いか、なにかかい?」俺はすぐに、「違う。ボールトスをやってほしいんだってさ。いつも俺が練習を手伝っているんだ」


 そう言うと、リラは素っ気なく、「ふぅーん、まあせいぜい楽しんでくるといいよ。あたいは、これ読んでいるからさ」と再び漫画に視界を落とした。


 もう少し休憩を取って行く趣旨を伝えて、またそれから小一時間ほど身体を休めた。



「よし」だいぶ楽になり、起き上がれるぐらいには回復した。二十一時を短い針が指す。俺は身体を柔軟させながら、向かいの新樹の家に行った。


 花や石造。キレイに整備の行き渡っているガーデニングの脇を抜けて、裏庭に回る。

 着いてもいないのに、すでに家の前のここまで鳴り響いてくる金属音。家の横を通って、お父さんが専用に設置してくれたというライトの明かりのところに足を運ぶと、ティーバッティングに励む新樹の姿があった。

 ショートボブの髪をミニのお下げにして、動きやすい運動服を着ている。

 もう何時間も練習しているのだろう。全身に汗をべっしょりかいて、バッグネットには大量のソフトボールが放りこまれている。

 俺が声をかける前に、新樹が気づいて先に声をかけてきた。


「身体、もう平気なの?」


 タオルで額の汗を拭いながら、俺の体調を気遣ってくれる。「ああ、あのあとまた一時間ぐらい寝たし、ボール上げるぐらいならできる。まかせておけ」


 リラに無理言って、氷枕や冷却シートを用意してもらってこれだ。オーラに慣れるのは、相当の骨が折れる時間が必要だろう。痛みを押さえこみ、そこまでして俺はこの時間を大事にしたい。新樹に悟られないように精いっぱい、笑顔を取り繕った。


「そう? 州がそう言うならいいんだけど。でも無理はしないでね。キツかったり、ダルくなったりしたら、遠慮なく言ってよ。わかった?」


 多少の疑念を抱いているものの、言及することはなかった。俺の努力を無下にしたくなかったのか、それは新樹のみぞ知るところだ。

 新樹は、窓際に置いているスポーツドリンクを一口含んで、すぐさま「お願いします!」とバットを構えた。

 真剣な眼差し。力の入った肩と手。踏みこんだ軸足。まるで今ここで、バッターボックスに立っているようだ。

 練習とはいえ、決して妥協はしない。新樹のソフトボールに対しての志は固い。

 その志は、すべてに共通し、新樹の信念なるものに繋がっているのだろう。

 俺もまた、新樹の志を無下にする行為は絶対しない。バッティングネットに入っているボールを回収して、新樹の斜め向かいに膝立ちになる。


「一球目、いくぞー」

「さぁ、こい!」


 下投げでゆっくり投じられた白球は、虹のようなアーチを描き、それをこれまたキレイなバッティングフォームで、ネットに跳ね返したのだ。爽快な反響音を轟かせて。


「ナイスバッティングだ」



 一〇〇球を過ぎたあたりでトスバッティングは終わった。これで練習は切り上げらしく、新樹は汗を流しに行っている。

 待っているあいだ、俺は窓枠に腰かけて、蚊取り線香の煙に守られながら、麦茶を味わう。濡れタオルでベタつく首汗を拭いつつ、ささやかな風を楽しんでいると、背後から軽やかなステップを刻んだ足音が聞こえてきた。

 振り返り、姿を確認すると牛乳パックを片手に腰に手を当てて、豪快に飲んでいた。

格好は、数日前に俺の家に泊まりにきたときと、同じ服を着ている。何度見ても目のやり場に困る。お下げは解いて、お馴染みの四つ葉のクローバーの髪留めに変えていた。


「はしたないぞ」と注意するが、「州だし、いいでしょ?」と、牛乳ヒゲを手元で拭き取る。どういうことだろうか。気が置けない関係なのはいいが。


 ある程度飲むと、牛乳を冷蔵庫にしまいに行き、俺の隣に座る。

 バットのスイング。砂を蹴る摩擦。ボールの反発。遮る音が一斉になくなり静まり返った庭に、この時期の風物詩と言える鈴虫が鳴いていた。それに合わせて、新樹がリズムよく首を振り、足を動かす。

 しんみりした空気に浸っていたい心を抑える。ひと呼吸置いて、俺は今日あったことを話そうと切りだした。


「昼間、もう一度上原さんに会ってきた」


次回は上原さんと久三野の「いざこざ」が明らかになります。


友城にい

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