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俺がそう呟くと、呑気そうで嬉しそうにしていた新樹の顔が、瞬時に強張る。
「どう、だった? 進展とか、あった……?」
「いろいろ省くけど、過去にあった『いざこざ』の理由を教えてもらった」
久三野が来たことや、オーラの解決は後回しにする。新樹が知りたい情報じゃないから。
新樹は顔を俺に寄せて、「聞かせて」と淀みのない声で言う。
一言一句きちんと覚えているわけじゃないが、俺は上原さんが話してくれたことを明かした――
――中学生最後の夏休みの出来事でした。
付き合いだして、そんなに間が経っていないころ。わたしとしては、今までの仲の延長のようで、それがそのまま『恋人』という括りに変わっただけで。とくに『恋人』という意識は、わたしの中で薄かったんです。
それでもデートしたり、手をつないだりすると人並みにドキドキして、そんなときは、きちんと『恋人』なんだね、って認識できていました。
ところがある日――。
連絡もなく、突然、臨くんがわたしの家を訪ねてきたんです。なぜか制服を着ていて、元気がなく、酷く落ちこんでもいて、あんな臨くんを見るのは、あれが最初で最後でした。
「顔色悪いよ、どうしたの?」
わたしが声をかけても、黙ってうつむいたまま、なにを言っても無言で。後日、知ったのですが、どうやら敬愛していたお母さんが亡くなったそうなんです。くわしいことは、わからないのですが、長いあいだ闘病生活を送っていたのは知っていました。お見舞いにも一度だけ付き添ったこともあるので。
ですが、そのときのわたしが知っているはずもなく、とりあえず臨くんをわたしの部屋に連れて行ったんです。ベッドに腰かけて、うなだれ、目に生気を感じられませんでした。
どう話しかけていいかわからず、沈黙の時間がただ流れて、徐々に重苦しくなってく空気をどうにか保とうとわたしは、「ジュースでも飲む?」そう訊くと臨くんは、微かにうなずきました。
「じゃあ、持ってくるね」
立ち上がり、ドアノブを握ったとき、不意に背中から抱きしめられたんです。力が入っていて、とても振り払えないほどで、包容力が男の子はすごいな、って感心しました。
わたしは驚きもしましたが、内心嬉しかった。本当に『恋人』で、偽物なんかじゃないんだって。好きな人に抱きしめられて、嬉しくない人なんていないですよね。
ですが、よかったのはそこまでで――。
臨くんの息が、わたしの耳元で徐々に荒くなってきたんです。「気分でも悪いの?」わたしが心配になり、臨くんのほうに振り返ろうとした瞬間――臨くんは、狼のように獲物を狩る目でわたしを睨んできて、肩を力強く押されました。
よろけながらベッドに仰向けに倒れたわたしに、臨くんは逃げる間も与えず、覆い被さってきました。
顔と顔を近づけて、息が鼻や前髪にかかる距離まで接近してきて、でも咄嗟に「こんなことは、まだ早いんじゃないかな……」と、わたしは恐怖心をこらえました。
「いづみがほしい……」
「え?」目の前にいるのに、あまりの小声で聞き逃してしまい、訊き返して、
「おれは……いづみがほしい」
今度ははっきり聞こえる声で、わたしに言ったんです。しかし、臨くんの目的はぼやけていて、思わず、
「それって、どういう……」
わたしが言い終わる前に、臨くんは力ずくでわたしの服を左右に引き剥がしたんです。そこでわたしの中で我慢していた恐怖心が、言うことを利かなくなりました。
「おれは……おれは……おれは――」
臨くんが、ふとわたしの顔を見て、動きが止まりました。そのとき見た臨くんの顔は、わたしの知っている頼もしい臨くんの顔じゃなくて、わたしを求めている必死な目をしていました。
「やめて……こんなの……おかしいよ…………ぜったい」
その言葉をしぼりだすと、涙を流していることに自分でようやく気づきました。
わたしが拒絶すると、臨くんは我に返ったように立ち上がって、再びうつむき、
「ごめん……おれ、そんなつもりじゃ……」
臨くんは、そう言って部屋から出て行ったんです。
罪悪感からか。わたしと臨くんはそれ以来、しゃべることはなかったんです――。
俺が明かし終えると、新樹は心底納得したように、「そんなことがあったんだね」と前髪をくるくるしながら、星空を見上げた。
きっとやるせない気持ちになったことだろう。俺も上原さんから初めて聞いたときは、なんとも言えない心境に、言葉を失った。新樹と同じように、「ありがとう、教えてくれて」そう紡ぐしか俺に返答の余地は、残されていなかったほどだ。
それぐらい俺の予想を上回っていた。
収穫と言えるものもあるにはある。ひとつの答えを――。
この事件に犯人も悪人もいないし、罪を発生させる必要もないってことだ。
上原さんにも上原さんなりの想いの丈があって。
久三野にも、久三野なりの心の葛藤を巡らせているはずだ。
事情の真意を踏まえて、俺は言葉を詰まらせていると上原さんは、最後にもうひとつだけ俺に言ってきたことがある。
臨くんはなぜ――
「そんなことをしたのかな」




