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授業が終わり、チャイムが鳴る。それに合わせて、二人とリラで昇降口に向かった。
昇降口に着き、靴を履き替えているとコウが、「じゃあ、僕は先に行くね」と通学用の自転車のカギを振り回しながら言った。
「ああ、家で待ってるぞ」
またあとで、と足早に駐輪場に消えていった。コウは俺や新樹と違い、通学路が真逆のため、早めに帰路につく。
入れ替わりにタッタッと落ち着きのなさそうな軽快なステップが、中耳腔をくすぐる。
「州、ほら帰るよぉー」
遠足前日の子供のように、ワクワクが隠すにまったく隠し切れていない新樹の声。
踵を返すと、新樹が俺の片腕を掴み、けっこうな勢いで走りだす。「おい、そんなに急がなくても」と言いつつ、目についたオーラが俺を安らかにさせた。
「家の前に寄りたいところがあるんだぁ」
映る新樹の淀みのない笑顔。昨日まで散々見た黄色の『楽しさ』のオーラ。だけど、自然と飽きがこない。
「どこ」と、短く問う。「着いてからのおたのしみー」
「なんだそれ」と俺も笑みがこぼれた。
こうやって新樹に引っ張られていると、出会ったころを思いだす。独りでいることに肯定し、人と関わることをやめて、安全だと独りで満足し、自ら作り上げた殻にこもっていた俺に、分け隔てなく接してくれたあのころを。
何日にも渡って来る日もずっと。新樹が話しかけてくれて、引っ張って行ってくれなかったら、きっと今もなにひとつ変わらず、自分の殻にこもっていたことだろう。
俺は新樹をすげぇ感謝している。贈るとすれば「ピンクのカーネーション」の花束だ。
(波乱万丈みたいだね、少年)
後方からついてくるリラの突拍子ない言葉に対処できず、声に出して「そんなでもねぇよ」と言い、つけ加えるように俺のはまだレベルが低いものだ。と心に思う。
「うん? 州、なにか言った?」
「いや、なんでもない」
「そっか」と、素気なく反応を示すとすぐに、「それより着いたよ」と立ち止まる。
連れてこられたところは、毎朝通る広場だった。
(ほお、これは甘そうだ)
横を見ると、リラがマヌケなロバみたいによだれを垂らしていた。
「さあー食べよぉ」
単純明快を掲げ、ズンズンと移動式販売カーに詰め寄る。
「お姉さん、チョコ&いちごクレープひとつ、くださいな」
「はい。少々お待ちください」
広場に来ていたのはクレープ屋さんだった。そういえば昨日、言ってたのを思いだした。俺はどうしようか悩んでいると、クレープを受け取った新樹が目をパチクリさせて、
「州は食べないの?」
(あたいは、いちごクレープでよろしくね)
なんでだよ。新樹に返事する前にリラにツッコミを入れた。
(まさか昨日の約束を忘れたとは、言わせないよ)
あ……そうだった。わかったよ。ちょっと待ってろ。たしかに甘いし、とびっきり。一致しているか。でもこれで、手を打ってくれると考えると安いものだろう。
「試しに買ってみるよ。新樹は近くのベンチで待ってていいぞ。すぐに行くから」
「うん、わかった。でもあんまりまたせると食べ終わっちゃうからねぇ」
「わかってるよ」新樹の軽やかな足音を確認しつつ、お姉さんに「いちごクレープ二つ」と、なんでもないように注文する。
一瞬、「え?」と顔がかしこまったが、さすがプロの店員だ。臨機応変という言葉が似合う。
「かしこまりました」の合図で、予め用意されていた器具と材料であっという間に、二つのクレープを作りあげる。
「先ほどの彼女さんにですか?」
「そんな感じです。甘いもの好きなんで」
さりげなくお姉さんの営業スマイルを窺うと、案の定、オーラがドス黒かった。歪んでさえ見える、強烈な『嫉妬』だった。俺と新樹はそんなんじゃないんだが。説明するほどでもないか。
ともかく代金を支払い、両手にクレープを受け取る。
最後に、「ありがとうございました。またのお越しを」を聞いて、お姉さんの視界から消える。
「ほらよ」と、広場の芝生に並んだ木々に座りこんでいたリラに、約束のクレープを渡す。
「これはうまいね。きっと」
受け取るとさっそく、口に持っていき、パクッと一口。「甘いね。恋より甘い。これは文句なし。さすがあたい」コメントが意味不明だったので、無視を行使する。
「ほっぺにクリームがついてるぞ」俺から見て右頬に白いクリームがちょこんと。
「どこだ? 取ってくれ」
「なんで俺が……」とか言って、常時所持しているハンカチをポケットから取りだし、丁寧に拭い取る。リラは、鼻の下を伸ばして拭きやすいようにして、「すまんね」と詫びた。
「食べ終わったらこいよ。俺、あっちにいるから」
「いいよ。テレポで帰ってるさ。暑いし、たまらんよ」
「それもそうか」と俺の返事を待たずにリラは消えた。おそらく俺の部屋に飛んだのだろう。俺も新樹のいるベンチに早く向かう。
「州おそーい。もう半分食べちゃったよ」
「ごめん。遅くなった……」
ぷんぷん可愛らしく怒っていた新樹に、リラからもらった詫びのカウントを渡す。
「謝ればよし!」
案外簡単に許しをもらう。さすがリラの詫び――は関係ないか。新樹はさっぱりした性格で、過去に根を持たない。今回はそこに甘えることにする。
「じゃあ、早く家にいこ。座ってても、時間がもったいないしね」
そうだな、とまたまた空いた手で俺の腕を掴み歩きだした新樹。




