第60話:秘書
無線から聞こえてくる悲鳴。憎しみ、怒り、後悔、悲しみがこもった声が室内に響き渡る。
そんな悲鳴に思わず後ずさりすると床はビチャビチャと妙な音を立てた。
「なっ、なに⁉︎」
その音の正体は真っ赤な血だった。その部屋中の床に血があり、それはまるで血の湖のように感じさせた。
そして、その血の根源は部屋のそこらじゅうに転がっている討伐団の仲間たち。皆、身体中に大きな傷があり、その体は大きな肉の塊に変わり果てていた。それはあまりにも衝撃的なことであり、驚きのあまり声も出なかった。
不意に、背後から殺気が走った。
「やっと来たのね、ルナ………バイバイ。」
それはあまりにも暗く、冷たく、そしてよく聞き覚えのある声だった。
「まさかッッ‼︎」
そう感じた刹那、ルナの意識は途絶えた。
「ッッ‼︎」
ルナは冷や汗をびっしょりかきながら起きた。
どうやら、先ほどまでの光景はただの夢だったようだ。
ルナはホッとして、一息つく。
そこへ、リシュナが慌てて駆け寄ってきた。
「ルナ、ダンピール様が来てるわよ!」
「えっ、もう⁉︎」
ダンは約束した時間よりも少々早く来たようだ。
ルナは急いでドアを開けると、そこにダンが待っていた。
「ルナ、準備はできた?」
「うん。」
「それじゃ、行こうか。」
ダンの案内のもと、ルナは新たな仕事場に向かった。
2人は上がっていき、4階まで上がってきた。
魔城は5階まであり、最上階である5階に魔王が居り、その下の階である4階には幹部である12人の魔物の部屋のフロアがある。
4階のフロアまで行くと、さすがに幹部たちの部屋があるだけあって、そこらじゅうから恐ろしいくらいの強さの魔物の気配がした。
その12個ある中の一部屋がダンの部屋になっており、ルナはその中に入っていった。
部屋の中は広く、立派な彫刻などもあった。だが、部屋というよりは、仕事場という方が合っており、そこにはダンの部下であると思われる
数人の魔物が業務をしていた。
「ここが、これからルナの働く職場だ。」
「ダンの部屋だって聞いたけど、部屋っぽくはないね。」
「まあ、仕事場と思ってくれるといいよ。でも、寝る時間は俺1人になるから部屋っていっても間違いじゃないと思うよ。」
「なるほど。それで、どんな仕事をすればいいの?」」
「俺の秘書をやってくれればいい。」
「それって、結構大事な役目じゃ…」
「いいんだ、君にやって欲しいんだよ。」
【秘書】それは要職にある人に直属し、その機密の文書・事務などを取り扱う仕事だ。
以前のマネージャーからすると何ランクも上の仕事に出世したことになり、さらにはルナの目的である魔王軍の情報も手に入れることが容易くなる。願ってもないことだ。
「分かった…じゃなくて、分かりました。ダンピール様。これからよろしくお願いします。」
「急に改まらなくても…。でも、上下関係は仕方ないか。じゃあ、これからは業務では敬語で。プライベートではタメ口でいいから。」
「うん……じゃなくて、分かりました。」
こうして、今日からルナはダンの秘書として働くことになった。
「ルナ。隣国の一部我が国が支配している地域で放棄が起こっている。単刀直入にすまないが、俺と一緒についてきてもらえないか?」
「もちろんです。」
「では、俺の魔法陣の中に入って。」
「はい。」
ダンの言うままに、ダンが発動させている魔法陣に入ると、体が引きちぎられるような妙な感覚が起こった。そして、次の瞬間には家々が焼けており、いたるところから怒号が聞こえる戦場に立っていた。
「これは?」
「これは、瞬間移動してどんなところにも一瞬で行ける魔法なんだ。」
幹部だけあって、便利な魔法をかなり持っていそうだ。
ルナがそう感心している時に、魔物が一体近づいてきた。
「ダン様、現在駐屯兵で鎮圧を試みていますが、想定外に人間の民どもが抵抗しておりまして。」
「わかった、俺に任せろ。ルナはここで待っていてくれ。」
ダンはそう言うと、激しい戦場になっているであろう村の中心地へ向かった。
それから1分経って、ダンが戻ってきた。
「ルナ、これで終わったから帰るぞ。」
「ちょっと待って。今のって私がいる意味あったのかな?」
「初めてのルナには少し厳しいかと思ったから……。それに、秘書は原則、ずっと幹部についていなければならないんだ。」
「さらに待って!まさか人間を殺してきたわけじゃないよね?」
「そんな事はしないさ。ただ取り押さえただけだよ。ルナ、そんなに質問攻めしないでくれ。」
「それなら良いんだけど…」
2人は再び魔法陣の中心に立ち、瞬時に魔城へ帰還した。
「今日は早いけど、初日だしもう帰っていいよ。」
「お言葉に甘えてそうします。」
ルナはダンの言う通りに、早めに仕事を終わらせ、部屋へ戻った。
部屋に戻ってからも、すぐに布団の中に潜り込んだ。
リシュナから「ご飯を食べよう」や、「お風呂に行こう」など誘われたが、すべて断ってひたすら布団の中に潜り込んでいた。
なんだか1人になりたい気分だったのだ。
「あんなに朝は楽しみにしてたのに…」
昔会った気のいい友達に再会でき、嬉しく思っていたのもつかの間。彼は以前とは変わっていた。いや、もしかするとルナ自身の勘違いかもしれない。しかし、ルナには彼が大きく変わってしまったように思えた。
「前はもっと優しくて……でも今はなんとなくだけど、冷たくなってしまったような。」
ルナの彼に対する印象は、暖かく優しい好青年だったのが冷たい、ただただ冷たい人間に変わってしまったような気がしてしまっていた。
「でも、冷たいなら昨日だって助けてくれなかったはず。」
ダンがルナのことを救ってくれたことを思えば、彼はそこまで冷たくもないような気がする。
「やっぱり勘違いかな。」
やはり自分の勘違いなのだとルナは自分に言い聞かせた。何度も何度も言い聞かせ、その感情をせき止めた。それでも、再び胸の隅から決壊したダムのように流れ込んでくる感情。
それは彼の言動や彼が人間に攻撃したかもしれないという、ルナの印象とは大きく違った行動によるどこか裏切られてしまったような、どこか虚しいような、複雑な感情であった。
次回も来週日曜に更新予定!




