初めてのお使い
※拍手からの小話
【初めてのお使い】
「大丈夫ですか?」
宰相さんは無表情でもう何度言ったか分からない言葉を口にした。そう何度何度も言わなくても、私はそこまでバカじゃないんだけども。
ネオは胡乱な表情を隠さないで宰相を見返した。
「大丈夫ですよぅ。ほら、メモでしょ? 鞄でしょう? 財布でしょおう?」
一つ一つ取り出しながら確認してみせる。その手つきは自慢できるほどスムーズだ。実際自慢したいところである。
自室の前で姉貴分のメイドに、廊下で侍従長に、その他諸々城の関係者に同じようなことを問われて、やっと門まで来たと思ったらこれだ最後にこれだ。
「鍵もありますね。では、行ってらっしゃい。」
鍵とは自室の鍵のことである。一体ネオなんかの部屋に何の目的で忍び込もうというのか。いらないよね、と置いていこうとしたのを姉さんに怒られて持っていく羽目になった。宰相も同じ意見なのかい。
それでも、やっと納得してくれたらしい宰相と別れて、人型用の門をくぐる。人型用と言ってもその平均身長はネオの二倍くらいだ。魔王様は人間の血が入っているからそれほど高くはないけど、門を守っている人はネオの三倍くらいありそうだ。
横目でチラ見しながら通ろうとすると、重そうな鎧がガシャンと音を立てた。
「メイドさん、一体何処に行くんだい?」
ネオは魔王様付きと言う名の雑用メイドなので、門番さんと面識がないのは当たり前だろう。城の中の食料は街から献上されるのではなく、こちらから発注して持ってきて貰う。その発注する者が特別にいて、不備があった場合でも厨房についているメイドがお使いに行く。ネオはもちろん厨房付きではない。ない、のだけども、何故か突然宰相に言い渡された。
まったくもって訳が分からんが上司に言われたらしがないいっぱしメイドは拒否出来ない。そんなこんなでネオは何気に初一人旅に出ることになったのだった。
「ちょっと食料品売り場まで」
「ああ、お使いさんか。見かけない子だね。どうしたの? 代わってもらったの?」
何だか人なつっこい人だ。フルフェイスの兜から覗く精悍な顔にさわやかな笑みを浮かべている。白い歯がまぶしいです。
何だろ
うちょっと鬱陶しく感じてしまった。
「上司に言われたんです。早く行かなきゃ怒られますう。」
だからさっさと解放しろと言外に伝えると、まったく伝わなかったらしく門番の青年は眉を寄せた。
「随分横暴な上司だな。」
青年の顔と言葉から判断して、どうやら逆効果だったらしい。青年はふむと、一回うなると兜に手をかけた。がぽりと重たそうな音を立てて兜がとれる。兜って蒸れそうだよね。もわっとしそう。特に獣人さんは。
綺麗な青緑色のとがった耳を見つめてネオはそんな感想を抱いた。
「僕も着いていくよ。今日は非番だから暇だし。」
非番なら休んでください。ネオは口から出そうになった台詞を飲み込む。割と人見知りする方なのだが、初めての街だ。案内人でもいた方が安心かも知れない。何かあったときも盾にして逃げられるし。
「じゃあお願いしますよお。街には慣れてないんで」
遙か上からのばされた手にちょっと戸惑いながら、掴んだ。
てくてくと幼子特有のかわいらしい足音を立てながらネオが歩く。その隣には軽型の鎧を付けた3mほどの獣人が足音を立てず歩いている。鎧を着ている癖に足は裸族とはどういう算段。
つまり、豊かでしなやかな毛皮に包まれた足は、例え金属で包まれていなくとも傷つかないということなのか。ちらちらと視界に入る青緑色の足に、そんな事を思った。
「大丈夫? 疲れたら遠慮無く言ってくれよ。」
「大丈夫でーす。」
頭が遠いので声を大きくしなくてはならない。今まで周りにいた人型があまり大きくなかっただけこの不便さは大きい。
片手を大きく上げて行儀良くネオが返事すると、心配そうにさらに声をかけている。
(怖いなぁ)
なけなしの善意ほど、怖い物はないとネオは思う。
自分は天国と地獄を同時に味わった。
突然の虐殺。天涯孤独になったその身を拾ってくれた黒い人が、様々な物をくれた。暖かいベッドに、気遣ってくれる人達。そして、これからもここにいていいのだと言われて、泣きそうになった。
けれども、ネオは知っている。なけなしの善意とは存在しないのだ。ネオは14になった。宰相が隠していることもいないことも、理解しつつある。
ネオはまだお子様だ。厳しくされながらもかわいがられ、夜はすぐに眠りにつく。その、眠っていた深夜、轟音が響いた。何かが鳴く声を、壁越しに聞いた。廊下へ出てさまざまな魔族が集まっている場所は、魔王様の部屋だった。泣き叫ぶような、怒り狂うような、頭を壊しかねない鳴き声が響く廊下でネオは観たのだ。
信じたくなかった。だが同時に、納得してしまった。抱いていた疑念、疑惑、疑問、全てが解消された。
それでも確証はなくて、もちたくなくて、まだずるずると何も聞けずにいる。
「……休憩しようか。」
「へ?」
下を向いていたのをどう感じ取ったのか、獣人さんの言ったことにすぐに反応出来なかった。仰向くと鋭い歯が覗く顔がこちらを向いている。
「この先に噴水があるんだ。そこに良く来るクレープ屋さんは美味しいよ?」
「お金ありませんよぉ?」
「もちろん僕のおごりだよ。」
ネオはちょっと迷うフリをしてから頷いた。……まあ、ちょっと位食べるなら問題は無いよね。夕暮れになる前までには帰れって言われてるけど。
甘味はネオの好物である。初めの方は糖度が高すぎて辛かったけど慣れたら一周回って好物になった。クレープとて例に漏れない。
獣人さんに連れられて噴水に行くと確かに甘く美味しそうな匂いがしてきた。
「甘い物は良いよな。疲れもとれるし落ち着ける。」
「門番のお仕事って大変なんですか?」
「疲れるっていうか、暇だな。何か起こっても困るけど。ネオちゃんは?」
「えぇーと、うーん…」
水洗いや掃除などの雑用はまったく苦じゃない。料理も繊細な美味しい料理は無理だが包丁くらいは扱える。皮むきは任せろ。
「楽しいですかねぇ…」
「そっか。」
クレープを持っていない方の手で頭を撫でられる。ところで、そのクレープは私のチョコバナナの、さらにイチゴとアイスとキャラメルが入ったやつは美味しいんでしょうか。前二つはともかく最後のは余計だと思う。
慣れしたんだメイドさんだったらともかく、どう見ても武闘派な獣人さんには太りますよとは言えなかった。