冒険者狩り狩り
俺のパーティは全滅した。
前衛のアランは毒殺された。
治癒役のケビンは解毒の最中に首を刎ねられた。
後衛のミリーは目の前で犯されている。
俺は動けずにその光景を眺めている。
「モルドオオオオオオルウウウウ!!!」
名前を呼ぶと嬉しそうに体をこちらに向けた。右手のナイフをミリーに突き刺しながら。
「おうおう、いい声だなぁ。いい顔だぁ。それが見たかったんだよ!毒の量減らした甲斐があったなぁ。もっともウド野郎殺すのに使い過ぎちまっただけだが」
「クソ野郎ッ!何故裏切ったッ!?」
「お前らといると窮屈でなぁ。もっと楽に!もっと小狡く稼ぎてえのよ!それにこの前手に入れたアイテムバッグ!あれがどぉーしても欲しくなっちまった!そんなところだよ」
「クズめ!銅級の頃から目を掛けてやったのに……!」
その時モルドールの顔つきが変わった。ニヤケ面から一変、表情に苛立ちが溢れる。
「それだよ。その上から目線。腹が立って仕方なかったぜ。」
ナイフを投げ、そのままこちらに左手腕を向ける。なんだ?何のつもりだ?
「最後にはっきりさせてやろうと思ってな。見下すのはどちらの方か!どちらが格上なのか!!!」
奴の左腕が光る。まさか…………!
「その表情が見たかったんだよ!いい気分だぜ!黒焦げになって死ね!」
終わりを悟る。だが許せない!許せるわけがない!仲間を殺し辱めたこいつだけは!!!
例えこのまま死のうとも関係ない!
絶対にこいつを殺してやる!!!
よくも――――――
「よくもォ!!!!!」
「賑わっているな」
そう俺が独りごつと、一瞬喧騒が鎮まる。
この街で見かけぬ異分子に集う人の目と目。
場所は冒険者ギルド。依頼用の受付と酒場が併設されており、素面の奴を捜すのが難しいほどに繁盛している様だ。
ここアクアパレスは名前の通り海沿いに面した街で、海輸のおかげで様々な食材が集まるため食事がとても美味い。
ギルド飯と言えど侮れないだろう。勿論新鮮な海産物にも期待が持てる。
「依頼の前に腹拵えだな。旦那、この酒場で一番美味い酒と美味い飯を頼むよ」
「景気のいい注文だがお前さんみたいなのに払えるのか?」
給仕の男が俺を見て尋ねる。先ほど受けた同業者の不躾な視線とは違い、俺を気遣う様子が感じられる。
20も生きてないような若造。
中肉中背で荒事に向いているような体格ではない(脱げばすごいんだが)。
着古された草木色の外套はある街のギルドで購入出来る新参用の斥候服だ。
そして何よりも癖毛の黒髪と寝起きそのままの様な眼。
この俺、カイリの等身大の姿だ!
我ながら覇気がない。このおっさんの発言も至極当たり前だろう。
「心配ご無用。見てくれよこの色鮮やかな猫!青と翠のまだらなんて珍しいだろ?」
そう言って鞄を開けると毛並み鮮やかな子猫が顔を出す。鳴きもせず面倒そうにこちらを見るとすぐに鞄の中に潜っていった。
「薬草集めに入った森で出会ったんだけど懐かれてね。暫く旅を共にしてたんだけど、目利きの商人の目に留まってさ。泣く泣く金貨と取り替えっこしたってわけ!前金貰って送迎中の最中さ。あ、酒場で猫は不味かったか?」
「他のとこならな。ここは冒険者ギルドも兼ねてるんだ。気にする様な繊細な奴なんかいない。テイマーもいるしな。」
納得したようでおっさんがオーダーをシェフに通す。
この地方で有名なごった煮の様だが聞き慣れない単語も添えてある。
この店オリジナルだろうか?
ちなみに酒は可もなく不可もない銘柄だ。
酒の味も知らんとぼったくる様なら覚えてろよ。酒の味も知らんけど。
おのぼりの新人かと周囲の目が離れ肩を下ろす。
それでもいくらかの視線が刺さったまま。
気にしてない振りしているみたいだけどパスタが進んでないぞ。
席を探すと2人がけのテーブルが空いているのを発見。相席だがこの混雑では仕方ない。
「相席失礼するよ」
「……どうぞ」
応じるのは茜色の長い髪を後ろで束ねた女性だ。身長は俺と変わらないが顔立ちが幼い。年下だろうか?左手のバングルに銅色の識別を付けている。銅ランクの御同輩だ。
「じろじろ見ないで。お知り合いになるつもりはないのよ」
歳の割に物怖じしないなこいつ。冒険者らしいっちゃらしいが。
「そんなつもりはないんだがな。珍しい服だと思って」
これは本音。立襟の長い一枚布の様なすらりとした黒のシルエット。
スリットが入っているが下地に白のゆったりとした下衣がみえており、より優雅な印象が際立つ。
ここよりずっと離れた南部の湿地帯の地方。
そこで着られている服装のはずだ。
流石は港町という所だが、この場では酷く場違いに思える。
「ナンパなら酷いセンスね。生憎銅色と仲良くするつもりはないわ」
話は終わりだとばかりに視線を外しカップに口をつける。
茶まであるのか。中々ポイント高いなこのギルド。
しかしこちらもこのお嬢さんに用はないので構わない。
同じ銅ランクだろうがと憤慨するようなニュービーではないのだ。
ランクは強さを測る物差しではない。
性格はともかく器量の良い銅ランクがギルドの酒場で1人で座っていられるわけが無いのだ。
「おまちどう。料金は今払いな」
給仕のおっさんが料理と酒を持ってきた。
湯気が立つほど熱々のスープは香辛料で真っ赤に染まり食欲を唆る。
1匹丸ごと魚が煮込まれており、その周囲に貝とキノコが所狭しと彩られている。
どうやらアレンジはきのこの事の様だ。
「美味そうだ。釣りはいらないぜ」
銀貨を一枚指で弾いて渡すとおっさんは肩をすくめ去っていく。
「……あなた長生き出来ないわね」
「え、なんだって?」
「せいぜい味わって食べる事ね」
意味深な事を言いつつ席を離れるお嬢さん。
言われずとも味わおう。
「長生きなんてするつもりもないな」
「美味かったな。マジに」
ただ辛いだけではなく、魚介ときのこの出汁がスープに溶け込み、濃厚な旨味となって舌の奥に馴染んでいく。
まだ口の中がひりつくがそれも良い余韻だ。
料理の友はすっきりとした辛口の葡萄酒で、飲み慣れていない俺でも杯が進む。
相性を考えたセレクトなのだろう。ただ良い料理良い酒と注文した自分が恥ずかしい。
「さて、腹も膨れたし仕事の時間だな」
席を立ち依頼用のコルクボードに向かう。
酒場との間に仕切りは無いものの、テーブル群とは大きく離れており付近で騒ぐ様な馬鹿はいない。
もちろん酒場から音は拾うし喧しいが。
俺は薬草採取の張り紙を一つ取り受付に向かう。
丁度空いており待つことも無い。
「薬草摘みの依頼を受けたいんだけど」
「銅色か。余り物の依頼だ。新人でも受けてくれるなら歓迎するぞ」
受付のおっさんが受注の手続きをしてくれる。
給仕もおっさん。シェフもおっさん。受付もおっさんだがこれには理由がある。
港町など元々荒くれが多い上に様々な人種が集まるのだ。
ただでさえ強気な冒険者と関わるのに、身綺麗な女性達では対応出来ない。勿論例外はいるがね。
ちなみに王都等の治安が良い場所では普通に可愛い受付嬢が存在する。
「エルダーハーブ……解熱剤の材料か。こいつなら東門を抜けた先の山林の奥で採れる。遭難するなよ。人の往来もないからな」
「冒険者は危険と友達だろ?山歩きは得意だよ」
そういう奴が死ぬんだよと呆れながら受領証を渡してくれるおっさん。
いやごもっともで。
ギルドを出てその足で依頼へ向かう。
人気は無いという話だが距離は然程街から離れてはなく、一泊の野宿で往復出来るだろう。
これなら夜までには決着がつきそうだ。
段々と陽が落ち空が茜色に染まっていく。
昼間の相席相手の髪色に似ていて、なんとなく彼女を思い出す。
(……ナンパ野郎)
「いたっ」
思わず左手を見ると浅い引っ掻き傷が三線。
下手人は既に鞄の中に引っ込んだ模様。
「てめえ、あとで覚えとけよ……」
溜息をつき進んでいく。既に獣道に入り、辺りに俺たち以外の人の気配は全く無い。
ホー、ホー、と不気味に鳥の声が響き渡る。
それは山への侵入者を追い返す様にも、
愚かな供物を中に誘なう様にも聞こえた。
木々を抜けていくと開けた空間に出た。
踏みしめる感触が変わる。
砂利混じりの地面だ。草木が育ち難い環境なのだろう。
丁度いい。もうすぐ陽も沈む。
頃合いだ。
「まさか薬草摘みに競合相手がいるとはな。どいつもハーブなんか似合わねえ強面だが」
俺の言葉に反応する様に木々の景色がぶれ、3人の男が現れる。
「よく気付いたな。見かけより聡い奴だ。俺たちの用件もわかってるのか坊ちゃん?」
リーダー格のヒゲ面の言葉に男たちが下卑た笑い声をあげる。
いつの間にか鳥の声は止んでいた。
「ギフトで隠れてついて来たんだろう?音も消せない様じゃ三流だ。女の着替えを覗くには便利かもな。下らないお前らにはお似合いだよ」
「強気だねえ。確かにこいつのギフトは半端だけどな。それでも小銭稼ぎには使えるんだぜ?」
「小銭稼ぎにこんな山道まで遠足か。酒場での話を聞いてたんだろ?」
銀貨を男に向けて弾く。男は銀貨を左手で掴むと笑みを深めた。
「話が早いな。なら出しな。有り金全部だ。銅色の坊主にゃ金貨は100年早えよ」
「加えて可愛い子猫ちゃんと売却先の情報もか」
鞄に手を入れ頭を撫でてやるとか細い声で小さく鳴いた。てっきり噛まれると思ったんだが。
「お前みたいな賢しい馬鹿を相手にするのが一番儲かるんだよ」
ヒゲ面が腰からナイフを抜き右手に構える。
茶番は終わりだな。
俺は鞄の中から銅貨を一枚掴み男たちに突き出す。
「銅貨で許してくださいってか?舐めんじゃねえ!」
姿隠しのギフトの男が叫び前に出る。これはまた横幅の広いお体で。
狙い易くて大変結構。
「――――コインバレット」
俺の魔術により圧縮された空気が銅貨を弾く。
先程の銀貨とは比べ物にならない速度。
銅貨は男の左眼球を貫通し、その脳漿を破壊した。
「は……?」
聞こえたのはどちらの声か。どすんと崩れ落ちる死体の音にかき消された。
ああは言ったが消えられるのは厄介だからな。逃げたら殺すのが面倒だ。
「こいつ魔術師だ!やれ!」
ヒゲ面の命令にハゲ面の男が片腕を掲げる。掌の上に火球が現れ肥大化していく。
ファイヤボールの魔術か。だが遅い。火球に狙いを定め指を弾く。
「なッ!何故消えるッ!」
答えは火球の周囲の酸素を散らしたからだが、こいつには一生分からないだろう。
「ガッ!」
「もう生涯も終わるからな」
動揺した隙にハゲに接近する。風魔術による急加速。
勢いを乗せた俺の掌底がハゲの頸椎を粉砕した。
しかしヒゲにハゲにデブ(消える奴)とはこの世の終わりみたいなパーティだ。
「よお、2人きりだな」
「まっ、待て!降参だ!武器も捨てる!」
そう言いながらヒゲはナイフを地面に落とした。ククリナイフか、いい趣味してる。
「金もアイテムも全部やるよ。だから手打ちにしよう。あの女の関係者なんだろ?あんたもただものじゃねえな!」
媚びる様な口調でヒゲが後ずさる。
降参を示しているのか両掌をこちらに向けている。 魔術の為の魔力も感じない。
だがしかしーーー、
「パスタは左手で食うのにナイフは右手で持つのかよ?」
「ッ!?」
「似合わねえもの食ってんじゃねえよ。空いた利き手で何するつもりだったのか見せてみな」
「クソガキがぁ!余裕ぶっこいてんじゃねええええ!」
叫んだ瞬間やつの左腕が明光する。
光が退いた先には、筒状に変化した左腕をこちらに向けたヒゲ面の姿があった。
「へえ……ギフトか。顔に似合わず先進的な腕だな」
「舐めやがってよ。こいつを出したからにはてめえは終わりだ。死にな!ーーーボルテクスキャノン!!!」
ーーー雷のギフト。左腕の砲身化。
秒速10万kmの砲撃が眼前に迫る。
発射とほぼ同時に着弾。遅れて重低音が山を鳴らす。
辺りの水分が蒸発し霧がかかった。
「はあ……、はあ……、ざまあみやがれ」
左腕の変化を解き地べたに座り込む。
ギフトの全力使用は負担が大きい。
隙を見せる訳にはいかず、絶好の好機に放つ為にも左は空けておく必要があった。
その為の右腕の修練、偽装だったがあんなガキに看破されるとは。
「ケッ、金目のもんまで消し炭だ。むかつくクソガキ……」
「落胆するなよ」
「何ッ!?」
ごうっと一陣の風が吹き霧が晴れる。
「そもそもあんたにはもう必要の無いものだ」
目の前には五体満足のガキが立っていた。
「馬鹿なッ!避けただと!?雷の速度だぞ?ありえねえだろうが!!!」
「ありえない?お前は何処まで雷について知っているんだ?」
口角を上げ大きく笑い、こちらを馬鹿にする様な物言い。
憤慨する余裕はない。
その内面にはただ困惑と、恐怖が混じっていた。
「お前の自慢のギフトにだって弱点はあるという事だ。風を圧縮して絶縁化したりイオン作って逸らしたりな。能力さえ分かっていれば対処は簡単だ」
「ぜつ……?何言ってやがる!コイツを見た奴は全員殺してきたんだ!あいつらにだって見せてねえ!!!」
再度ギフトを顕現させる。
だが俺のボルテクスキャノンは一度撃ったら二発目まで冷却期間がある。
時間を稼がねえと。
「次は外さねえぞ。…………なあおい、ここまできたら俺達が釣られたってのはわかる。だがてめえなんかに見覚えがねえ。」
「…………そうだな。俺とお前にはなんの関係性も無い。単なる個人的な用事だ」
「ならもう一度尋ねるぜ。俺と組まねえか?今度はガチだ。銅級でこの強さだ。てめえもカタギじゃねえんだろ?俺と一緒に楽に稼ごうじゃねえか」
大嘘だ。再発射可能になったらぶっ殺してやる。
さっきはたまたま外しただけに違いねぇ。
次は絶対に外さねえぞ。
「実力違いの奴らと組むのは辛いぜ?俺も雑魚どもとパーティを組んだ事があってなぁ。窮屈で堪らなかったぜ。」
「…………ろすぞ」
言った瞬間空気が変わった。
比喩じゃねえ!空気が張り詰めて……あいつだ!あいつを中心に圧が…………なんて殺気をしてやがる!
奴等の関係者だったのか!?
だが関係ねえ!もう冷却も終わる!
「さて、さっきのは面白い見世物だった。お返ししなきゃな」
ガキの纏う空気が柔らかいものに変化する。
だが殺気は収まらねえ。奴が左腕をこちらに向ける。
なんだ?なにがくる?畜生あと一瞬…………!
「風って便利な能力でな。応用力は凄まじい。摩擦させたり圧縮させたりすると……ほら」
左腕を中心に風が吹き荒れた瞬間、奴の腕に紫電が漂う様に纏わりつく。
「そんな……!出来るはずないッ……!?」
「まさしくお前に相応しい殺され方ってヤツだ」
咄嗟に逃げようとするが分かっている。
俺が一番分かっている。
雷の速度から逃れられるわけがない
「最期に一つ言い忘れていた」
張り詰めた殺気が爆発する。
「てめえ、―――――よくも俺を殺したなァ!!!!!」
「は?」
悪党の最後の思考は怨恨でも恐怖でもなく困惑だった。
その日、山中に2度目の雷鳴が轟いた。




