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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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46話 前哨戦


 一方その頃、ゼイドとアロイスは城壁の外にいた。


 大侵攻は今日から5日後。ドラゴンとの戦闘開始とともに発生する見込みだ。

しかし、リュッカ山脈やその麓の森にいる魔獣たちはすでに緊張状態のようで、いつ大侵攻が起きてもおかしくないらしい。

そのため、いつ大侵攻が発生してもいいように準備が急ピッチで進められていた。


 ゼイドたちが城壁の外で目にしたのは、周辺の木々よりも一回り大きな壁。

第三の門と四の門の中間地点に大きな壁で囲われた広い空間がいつの間にか出来上がっていたのだ。


 なんでも、この壁の中が後方支援部隊の拠点になるらしい。

戦況の確認や伝達、支援物資の運搬拠点、そして、救護所も兼ねた後方支援の拠点として、堅牢な壁で囲った補給拠点を作ったのだという。

前衛部隊の戦場となる魔獣たちの狩場が第三の門から四の門の間になるため、その中間地点に後方支援の拠点を作るのは確かに効率がいいだろう。

そして、ゼイドたちが所属する前衛部隊の二つの班は、大侵攻当日、この補給拠点を中心に第一班が右翼、第二班が左翼へと分かれて展開するそうだ。

 

 ゼイドたち冒険者が任務の告示後早々に魔獣討伐に駆り出されたのは、腕試しと訓練のためだった。

 常備兵たちは多対多の戦闘にも慣れているが、冒険者は違う。

冒険者たちは、基本パーティーごとに戦うため、今回のような大規模戦闘は稀なのだ。さらに、常備兵たちとは違い、自己流の鍛錬や実戦で修行を積む者が多いため、それぞれ戦い方に癖がある。

 そのため、今回の魔獣討伐では冒険者の力量を測りつつ、連携に不安を抱える冒険者と常備兵とが実戦を通じて連携を磨くことが目的だった。

つまり、本戦の大侵攻に向けた模擬戦だったわけだが、近場にほとんど魔獣がいなかったために戦闘はすぐに終了。

ゼイドとアロイスも戦闘に参加したが、Cランクの魔獣数体を相手取って終わり、なんとも物足りない訓練に終わった。


 ふっと息をついたゼイドは、作業を続けている常備兵らに目を向ける。

視線の先では、常備兵らが堀や土塁、土塀を作っていた。

通常なら数ヶ月はかかりそうな大規模な要塞化を着々と進めていく常備兵らの澱みない動きにゼイドが目を瞬いていると、後ろから声がふってきた。


「もう戦闘は終わりか?」


 その声に振り返れば、武具を身につけたランドルフが不満げに顔を歪めていた。


「魔獣が少なかったからな。すぐに終わったぞ」

「はぁ〜、せっかく気晴らしにやってきたのに獲物0かよ…」


 大きなため息を吐き出すランドルフに、ゼイドは訝しげに目を細めた。


「副ギルド長がこんなとこにいていいのかよ」

「俺の仕事は終わらせてきたんだ。息抜きくらいさせろよ」


 息抜きが魔獣討伐ってどうなんだ…?と内心引きつつも、ゼイドはランドルフとの会話を思い出す。

 

「そういや、配置決めやら当番やら、今日中に決まるかどうかって言ってたわりにすぐに決まったんだな」

「あ〜、その辺はバレット様が仕切ってくださったからな」

「バレット様?」


 初めて聞く名にゼイドは首を傾げた。

 

「オリヴィア様の旦那だよ。元はヘルム騎士団の将校だったから、こういった調整は慣れてるんだと。

 おかげさまで楽できたぜ」

「…オリヴィア様がエオドールの領主ってことは、そのバレット様は婿入りか」

「あぁ。騎士団では将来有望な若手筆頭株の1人だったそうでな。騎士を辞めて結婚するってなった時は結構揉めたらしいぜ」


 そのランドルフの言葉にゼイドは目を瞬いた。

 ヘルム騎士団といえば、国の守護を担う盾であり、敵を討つ刃。8使徒の名を冠する国軍にして、聖国が誇る最強の軍隊だ。

そんな騎士団で将来を有望視されていたということは、おそらく学園の騎士課程を修めた士官組だろう。

ヘルム騎士団に所属するレイの姉───ヒルダとオリヴィアは、学科は異なるものの学園の同期だとレイは言っていたが、バレットとも学園で知り合ったのだろうか。

 それにしても……


「ヘルム騎士団のエリート様が婿入りのために騎士を辞める、か。

 南の方の領地なら力を発揮できそうだが、戦とも縁遠いこの平穏な地じゃ宝の持ち腐れって感じだな」

「…まぁな。だが、そんな平穏な地でこれからドラゴン退治と大侵攻の討伐が始まるんだ。心強いもんだよ」

「確かに」


 エオドールは周辺の都市に比べて間違いなく平穏な地だ。

隣国との国境沿いに位置してはいるが、その国境を隔てているのが魔獣の巣窟 リュッカ山脈のため、この山を越えて戦がはじまることはまずない。

脅威といえば魔獣くらいだが、その魔獣も強い個体は山の奥深くか南の方に生息しており、エオドール近辺ではBランク程度の魔獣しか現れないのだから、南部出身の奴らからすると何とも優しい土地だろう。

そのため、エオドールを拠点にする冒険者は駆け出しか中堅がほとんどでAランク以上の冒険者はほとんどいない。

強い魔獣の出現率が低い上に、エオドールの主要産業といえば農産業なのだ。上を目指す冒険者にとっては旨みが少ないのだから、さもありなん。

実際、エオドールに半年ほど滞在しているゼイドから見ても、長閑で平穏な地という国内でのイメージが崩れることはなかった。


 だが、それにしては…とゼイドは改めて常備兵らに目を向ける。


 大規模な要塞化を迅速に進めていく、魔法の腕は相当のものだ。

パッと見ただけでも2級魔法使い以上の実力者がごろごろいる。

そして、統率の取れた無駄のない動きに、鍛え抜かれたとわかる身のこなし…


「なんか俺ら必要なさそうじゃねぇか?」


 ゼイドの問いにランドルフは苦笑をこぼした。

 

「常備兵は昔からバーナード様が定期的に指導してた上に、オリヴィア様のご結婚後はバレット様がずっと鍛えてたからな。

 実践経験こそ南部に負けるが、実力は負けねぇだろうぜ。

 今回の大侵攻は、ある意味常備兵たちがようやく日の目を見れる場でもあるんだ。気合いもひとしおだろ」


 エオドールのような平穏な地では、兵士が活躍する場はほとんどない。

それでも、いつかの有事のため、日々の過酷な訓練を耐え抜き心身共に鍛え上げることが兵士の務めだ。

その成果を発揮する時がきたとなれば、気合いも入るだろう。


「あとはバレット様が今回の件で相当落ち込んでるからな。

 面目躍如の働きってわけだ。」


 今回の件?と首を捻ったゼイドは、エオドールの諸々の不正やら腐敗やらを思い出す。

レイの話では、有能な領主であるオリヴィアが出産や外交問題のために1年ほど前から内政から手を引いていたことが要因の一つだろうとのことだったが、ではその代わりは誰が担っていたのか。

順当に考えれば、夫であるバレットが領主代行を務めていたはずだ。


「まさかお前が言ってた大元って、」

「いや、バレット様ではない。

 ただ、バレット様が領主代行になったことで問題が表面化したというか、大きくなったというか…あの方は軍備には明るいが、内政は不慣れだからな……」


 そう言葉を濁したランドルフはふっと息を吐き、どこか遠くを見やる。

そんなランドルフにレイは首を傾げた。


「騎士団のエリート様でも内政は苦手なのか?」

「いや、そもそもバレット様はエリート様って感じじゃねぇんだよ。まぁ、経歴はエリートそのものだが…

 何かこう、普段はクマさんって感じでおおらかで人の良さ全開の人でな…」

「クマさん???」


 クマさんとは???

ゼイドの中の冷酷無比でスマートなエリート騎士像がガラガラと崩れ落ちる。


「その人柄で領民のみんなから慕われているんだが、今回はそれがあだになってな…

 バレット様が領主代行ってことは領民にも周知されてたから、諸々行き届かないことがあっても、みんなバレット様なら不慣れだし仕方ないって鷹揚に構えてたせいで不正の発覚が遅れたんだよ…」


 そういえば、井戸の魔導具が壊れたのに役場の対応が遅かった際も、街の人々はどこかのんびりとしていたことを思い出す。

あれだけ杜撰な扱いでも領主らを庇っていたことを思うと、慕われているのは確かだろう。


「向こうはそれも狙ってたようだし、相当上手いことやってたからな…

 正直オリヴィア様くらいしか黒幕に気づかなかっただろうぜ」


 ランドルフは最後にぼそりと小さく呟いた。

黒幕と言われると、その正体が気になるところだが、どうせ名前を聞いてもわからないだろうし、これ以上厄介事に関わるのはごめんだ。

ランドルフも流石にそこまでは明かさないだろうしな。

 ゼイドがそんなことを考えながらむっつりと黙り込んでいると、ランドルフの大きなため息が聞こえた。


「あとはあの古い魔法の魔法陣が何かわかればすっきりするんだが…

 ったく、ドラゴンやら大侵攻やら不吉なことが続くせいで余計に気味が悪いぜ」


 冒険者ギルドでの別れ際に言っていた通り、魔法陣については未だに解明されていないらしい。

1年ほど前から仕掛けられていたという古い魔法の魔法陣。

アビゲイルの荷馬車にも刻まれていたという魔法陣も含め、まだ発動していないことを考えると、確かに不安材料でしかないだろう。


 ゼイドはさらに、その魔法陣を仕掛けた容疑者の1人がクロシェの探し人だったことを思い出す。

クロシェといえば、古い魔法を使っているし、魔法陣にも詳しい。

いっそのこと、クロシェにその魔法陣を見せてみるのはどうだろうか。


 ふと浮かんだその閃きは、突如現れたAランクの魔獣の討伐によって掻き消される。

そして、その閃きがゼイドの脳裏に再び浮上することはなかった。



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