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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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45話 助走


 クロシェは1人、教会で暇を持て余していた。

というのも、冒険者たちが動き出す中、クロシェは待機を命じられたからである。


 ファレルが聖堂で告げた魔獣の大侵攻に向けた動きの中で、冒険者たちは3つのグループに分けられた。

前衛部隊が2つと後方支援部隊が1つ。

前衛が2つに分けられたのは、常備兵の2つの班に冒険者たちが加わる形で部隊が編成されたからだ。

そして、この3つのグループの人員はすでに冒険者ギルドによって振り分けられていた。

 

 冒険者たちのグループ分けは個人の能力別に振り分けられている。

戦闘が得意な者は前衛へ、後方支援が得意な者は支援部隊へ。

アロイスとゼイドはどちらも前衛部隊の1班に配属されており、同じ班だったことにクロシェはほっと息をついた。

どうやら、なるべく連携が取りやすいようにパーティーメンバーは基本的に同じ班に振り分けられているそうだ。

 

 クロシェは、回復魔法の腕を見込まれて後方支援部隊に配属されている。

それは予想通りなのだが、その後の動きが想定外だった。

ファレルによる任務の告示後、他の面々は慌ただしく指示通りに動き出したのに、クロシェは1人先ほど通された別室で待機を命じられたのだ。

 

 魔獣を迎え撃つ準備や数日間冒険者たちが教会で暮らす上での準備など、大侵攻前でもやることはたくさんある。

クロシェもその準備に加わりたいと申し出たのだが、大侵攻当日に備えて力を温存してほしいと一蹴されてしまったのだ。


 私も皆さんのお役に立ちたいのに…とクロシェは不貞腐ながらクッキーを摘む。

特に寝泊まりや食事の準備は力になれると言ったのだけれど、結局この部屋に押し込まれてしまった。

人手不足のはずでは…?と思うけれど、フィオナが言うには、私の存在はなるべく隠しておきたいそうだ。

何でも、大侵攻当日、後方支援部隊で回復魔法を使う際は、クロシェの存在を公にしないようローブで顔を隠して治療をするらしい。

そのため、力を温存というのはただの建前で、実際は大侵攻までなるべく他の冒険者たちの目に触れず、印象を残さないよう姿を隠しておきたいのだとか。


 フィオナは導師や神父という立場がありながら、クロシェの存在を教会に知られぬよう情報を隠蔽してくれている。

フィオナ側の思惑があってのことではあるが、クロシェが今のところ自由に動けているのは彼女のおかげだ。

フィオナは簡単なことのように言っていたけれど、情報を隠蔽するなんてリスクのある行為であることは間違いない。

クロシェの存在を隠すためというなら、クロシェも黙って従うしかないだろう。


 1人待機しなくてはいけないことはわかっている。

わかっているけれど、あまりに暇、暇すぎる…!

何もすることがないと、暇なのもそうだが、胸のうちにじりじりと焦燥感が渦巻いて落ち着かない。

本があれば時間だってあっという間に過ぎていくのに、手元には残念ながら一冊もない。

 こんなことなら、先に本屋さんで本を買っておくべきでした…

クロシェがそう後悔していると、教会なら本もいろいろ置いてあるのでは!と閃く。

しかし、忙しそうな教会の人たちに何もせず籠るだけのクロシェが頼み事をするのも気が引けて、結局クッキーをサクサクモソモソ食べることに集中し出すのだった。


 そんな中、コンコンコンとドアをノックする音が鳴り響く。

クロシェが返事をすると、開いた扉の先にいたのはレイだった。


「レイさん!お話は終わったのですか?」

「あはは、まぁね…」


 レイは力なく微笑んだ。

別れてからそう時間も経っていないはずなのに、何故かやつれてはてたその姿にクロシェは首を傾げる。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ…いろいろあったけどね…」


 ハハハっとまたしても力なく笑うレイに眉を下げたクロシェがさらに声をかけようとした瞬間、レイが「本当に大丈夫」と安心させるように笑った。


「それならよいのですが…

 そういえば、レイさんは寝泊まりはどこでされるのですか?」

「僕はこことは別のところらしい。

 これから向かうから、クロシェちゃんたちに別れを告げにきたんだ」


 レイも教会で寝泊まりするのだと勝手に思っていたクロシェは、思わずしょんぼり眉を下げてしまったけれど、気持ちを切り替える。

 

「そうなのですね…レイさんも麦畑の壁を造る任務がんばってください!

 まだ魔獣は押し寄せていませんが、気をつけてくださいね」

「ありがとう。クロシェちゃんも気をつけてね。

 特に大侵攻の日は、自分の命を優先させるんだよ。」


 レイの真剣な瞳におされてクロシェはこくりと頷いた。

 

「わかりました」

「ゼイドやアロイスはもう外に出てしまったそうだから、挨拶できなったんだ。

 クロシェちゃんからよろしく伝えてくれるかい?」

「もちろんです!」


 むんっと胸をそらして答えたクロシェにレイは柔い笑みをこぼす。

そして、再び表情を引き締めたレイはそっと口を開いた。


「僕も微力だけど、せめてエオドールのためにできることをするよ」

「レイさん…」

「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。

 本当に気をつけて。

 大侵攻はもちろん、教会もフィオナさんたちにも気を緩めてはだめだからね」


 そう言ってレイはちょんちょんっと口の端を指さした。

その仕草に首を傾げるクロシェだったけれど、レイが指さした場所を指で触れると、ぽろぽろとクッキーの欠片がついていた。

クロシェがフィオナからもらった焼き菓子をたらふく食べていたことはバレバレだったのだ。

ぽっと頬を赤く染めたクロシェは指でちょんちょんっと払い、「わかりました」となるべく真面目な顔を作って答えた。

もう片方の口の端にもクッキーの欠片がついていたため、何とも締まらない顔だったが、レイはただ柔らかく微笑みクロシェの頭をそっと撫でる。

そして、そのままお互い手を振ってクロシェとレイは別れた。


 

 パタリとドアの閉まる音が小さく響き、クロシェの心にすっと風が吹く。

また静かになってしまった部屋の中で、クロシェはレイの言葉を思い返していた。

 

 自分にできること


 この部屋から出ずに、何か私にもできることはないだろうか。

うんうん頭を捻り、口にクッキーを運ぶことで糖分を摂取しながらさらに考えを巡らせる。

 大侵攻、ドラゴン、城壁、脅威、弱点……

ぐるぐると考えを巡らせる中で、微かな閃きからぶわりとクロシェの脳内に情報が溢れ出す。


「私にできること…」


 そう呟いたクロシェは鞄を開き、ごそごそとあるものを探す。


「あった!」


 木の人形と革袋を手に、クロシェはむんっと心に力を入れるのだった。



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