◆第7話 『“ママ女優”という禁忌――報道の牙と、守るべき日常』
――1|朝のリビング、揺らぐ“平穏”
トーストの焼ける匂い。
カフェオレを入れる音。
絨毯の上でハイハイし始めた陽翔と陽菜の笑い声。
美咲はエプロン姿でキッチンに立ち、俺はソファで哺乳瓶の消毒をしていた。
――ほんの、いつも通りの朝だった。
そのとき、スマホが震えた。
「急いで確認してください。“例の記者”が第二報を準備してます」
「テーマは“如月美咲、母だった可能性”」
「……中にリークしてるスタッフがいるかもしれません」
「……来たか」
俺は、スマホを伏せ、静かに息を吐いた。
「悠人くん……また?」
「今度は“子ども”に焦点を当てるらしい。ベビーカーの写真、数件。あとは、病院関係者への聞き込みもされてる」
「……嘘でしょ」
彼女は、まるで膝が抜けたようにシンクに手をついた。
「そこまで……踏み込まれてるの……?」
――2|“母”という単語が踊る記事草案
送られてきた“未公開原稿草案”のスクリーンショットには、こう記されていた。
《現役トップ女優・如月美咲、“ママである疑惑”浮上》
「週2撮影の裏、深夜の育児と“ダブルライフ”を支える影の男」
「関係者証言“彼女は、子どもを抱いていた”」
そこには、顔が見えないようぼかされた写真。
だが、ベビーカーの色も、マンションの外観も、俺たちには“分かる”ものだった。
――ここまで来てしまったのだ。
「美咲……降板するか?」
「しない。……今降りたら、“それが答えです”って言ってるようなもんでしょ」
「でも……」
「私のことは、私が守る。だけど――この子たちのことは、絶対に守って」
美咲は陽翔をそっと抱き上げ、その頬にキスした。
「……この子たちに、“あなたのせいでバレた”なんて言われたくない。
“ママが演じてたことはママの人生だった”って――将来、堂々と伝えるために、今は絶対に隠す」
その目には、覚悟が宿っていた。
――3|内部にいる“誰か”
その日の夜、AV事務所の社長・柏木から電話があった。
「高村くん。……少しだけ、言いにくい話なんだけどね」
「……どうぞ」
「実は、今朝ある記者が“美咲さんの出産記録があった”と示唆してきた。
“病院名まで特定できている”とも。これ、外にいる記者じゃ手に負えない話だ。――つまり、中にいる」
「……リーク、ですか」
「限られたスタッフだけだ。でもな……こういうのは、証明が難しい」
「……分かりました。対策は、こちらで」
通話を終え、俺はしばらく天井を見つめていた。
誰かが“俺たちの秘密”を、金か名誉のために、切り売りしている――
――4|それでも、ママは女優を演じる
翌日。
現場では、美咲が“いつも通り”の笑顔で、カメラの前に立っていた。
相手は水卜さくらと栄川乃亜、企画は《3人の妻、夫は一人》。
絡む手、交わる視線、濡れた吐息。
誰が見ても、“プロの艶女優”だった。
でも、その瞳の奥には――
明らかに“恐れ”と“焦り”が混ざっていた。
撮影後、すれ違いざまに枢木あおいがぼそっと言った。
「ねぇ、美咲ちゃん。……何か、追われてない?」
「……え?」
「なんかね。動きに“見られてる感”が出てる。……気のせいならいいんだけど」
彼女は、何も答えずに笑って去った。
バレていない。
でも――感じ取られている。
それだけで、十分に“崖っぷち”だった。
◆
帰宅後、美咲は双子を寝かしつけながら、ぽつりと漏らした。
「もし、この子たちにいつか聞かれたら――“どうして隠してたの?”って」
「その時は、正直に言えばいい。“守りたかった”って」
彼女は、小さく笑った。
「うん。それで許してくれるかな」
「絶対に。だって――お前は、“母としての覚悟”を持って生きてたんだから」
その夜、また新しい週刊誌が届いた。
まだ“確定”ではないが――タイトルは、こうだった。
《業界関係者が語る:彼女は“ママ”だった?》
それでも彼女は、明日も“如月美咲”としてステージに立つ。
――沈黙の中で、すべてを守るために。
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