表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

◆第1話『“交際0日”婚と、彼女の秘密』


 役所の自動ドアが閉まる音が、やけに静かに耳に残っていた。

 どこか現実味のないまま、手元の書類を見下ろす。


 ――婚姻届、受理済み。


 ただそれだけの文字に、まるで世界が反転するような、妙な感覚を覚えていた。


「……これで、ほんとに私たち“夫婦”になっちゃったね」


 そう言って微笑む彼女の横顔を見ながら、俺はようやく、自分がとんでもない決断をしたことを実感しはじめていた。


 


 彼女の名前は――如月美咲きさらぎ・みさき

 世間では“人気清楚派No.1”と称されるAV女優。

 甘い声、整った顔立ち、そしてなにより――演技とは思えないリアルさと美しさ。

 男なら一度は耳にしたことがある名前だろう。かく言う俺も、例外ではなかった。


 だが、今日から俺は、そんな彼女の「ファン」でも「担当マネージャー」でもなく、「夫」になった。


 


「ねぇ悠人くん。そんな顔しないで。嬉しくないの?」


 隣から覗き込むようにして、彼女が俺の顔を見てくる。

 その瞳の奥に、少しだけ不安の色が混じっていた。


「……いや、違う。実感が、まだ湧かないだけ。嬉しいよ、すごく」


「ふふ、そっか。よかった」


 まるで本物の新婚夫婦みたいな会話。

 でもその中にある“空白”を、俺たちは互いに気づきながら、あえて触れないままにしていた。


 


 そもそも――


 俺たちは、交際していない。

 付き合ったことも、手を繋いだことすら、籍を入れるその日まで一度もなかった。


 きっかけは、二ヶ月前。

 映像制作会社で営業をしていた俺は、AV業界に携わる仕事の現場へ臨時に派遣された。

 慣れない環境で右往左往していた俺に声をかけてくれたのが、彼女だった。


 


「無理しなくていいよ。笑顔つくるのって、案外、疲れるよね」


 カメラの前ではなく、スタッフ控室のソファに座っていたときの彼女は、まるで別人のように静かで、優しかった。

 その姿が俺には、なぜかやけに印象に残っていた。


 


 その後、縁あって彼女のマネージャーに転職した。

 ……そこまでなら、ありふれた“業界話”かもしれない。だが、


 1ヶ月後。

 彼女は俺に向かって、こう言ったのだ。


 


「悠人くん、私と結婚しない?」


「……は?」


「ちゃんと籍入れるやつ。交際はしてないけど、交際って必要?」


 


 あのときの彼女は、冗談にも見えたし、本気にも見えた。

 結婚という言葉を軽々しく口にしながらも、その目は少しも笑っていなかったから。


 


「これからも私は女優を続ける。でも、ひとりでいるの、少し疲れたの。私、誰かに隣にいてほしかった。信じられる人に」


 その“信じられる人”に、自分が選ばれたのだと知ったとき、なぜか涙が出そうになった。

 だから――俺は頷いた。


 


 そして今日、婚姻届を提出した。

 ただの契約じゃない。だって、これは彼女が望んだ“現実”だったから。


 


 ……けれど、俺にはもうひとつ気づいていることがある。

 それは、彼女の身体の異変だった。


 


 最近、彼女は撮影中に何度も控室に戻っていた。

 帰宅後、洗面台でえずく声が聞こえる日もあった。

 そして、ある日――スケジュール表から、過激なシーンが一斉に消えた。


 


 そのとき俺は、確信した。


 彼女は、妊娠している。


 


 だが、彼女はそれを俺に言わない。

 マネージャーにも、夫にも。誰にも打ち明けず、笑っている。


 


「ねえ悠人くん。私さ、辞める気はないの」


 その夜、彼女が唐突に切り出した。


「子どもができたって、私は“如月美咲”をやめる気なんて、ないよ。……辞めたら、私じゃなくなる気がして」


 俺はその言葉に、怒ることもできなかった。

 なぜなら、それは彼女の覚悟だったから。


 


「それでも、そばにいてくれる?」


 震える声で、彼女は言った。

 強いふりをしても、きっと怖いのだ。

 女優として、妻として、母になることを、ひとりで全部抱えようとしている。


 


「俺は、どっちもやるよ。マネージャーも、夫も」


 俺は答えた。嘘じゃない。本気だ。

 だから――俺はこれからも、この人の隣にいる。


 


 “秘密の妻”を支えるために。

 “秘密の妊娠”を誰にも知られず守るために。

 そして、なにより――この人が、この人らしく笑って生きていくために。


 


 例え、AV女優であり続けても。

 俺の知らない姿で、他人の前で微笑んでいても。


 この人を、誰よりも知っているのは俺だから。


 


 


 ――だから、俺はもう迷わない。


 


 これは、交際0日婚から始まった、誰にも知られてはいけない、

 だけど誰よりも“本物”の夫婦の物語だ。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ