第8話
………………
「……終わった」
「おうお疲れ、後処理はこっちでやっとくから今日はもう事務所に戻ってこなくていいぞ」
「分かった」
電話を切ると同時に、後ろからうめき声が聞こえた。到底人とは思えない真っ青な顔からは全くの生気を感じることはなく、後にゾンビだと分かるそれはじりじりとこちらににじり寄ってきた。
「見られたか」
俺はそれに向けて拳銃を構える。
「とぉぉぉおりゃぁあああ!」
しかし引き金を引く前に、さらに後ろからポニーテールを揺らして走ってきた少女が、持っていた金属バットをそれの頭へ殴りつける。大きな音とともに倒れたそれはもう動くことはなかった。
「大丈夫? 噛まれてない?」
パンデミックが起きた当日。俺は相坂果穂と出会った。
………………
「か、勝手に入ってくるなんて非常識すぎます! 警察を呼ばれたくなかったら早く出ていって下さい!」
「あ、ああ、そうだな」
茶髪のロング。
「プリントも渡したし顔も見れた」
右側にある癖っ毛。
「健康面も、大丈夫そうだ」
ポニーテールは……していなかった。
だが、顔立ちや身体つき、その全てが果穂と瓜二つだった。間違えるはずがない。
「じゃあ今日は帰る。また来るから」
「もう来ないでください!」
「あ、そうだよな、そうだよ……何言ってんだろ俺、おかしいよな……」
分かっている。分かっているんだ。
彼女は相坂果穂ではない。雰囲気も違うし気配も同じじゃない。
なにより果穂はもうこの世にいない。死んだんだ。俺が1番分かってる。
だって果穂を殺したのは俺なんだから。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「急に顔色悪くなって……救急車呼びましょうか?」
やめてくれ。さっきまで俺のこと警戒してただろ。その顔で優しくしないでくれ。
「大丈夫だ。もう帰るから。勝手に入ってすまなかった」
彼女の顔を見ないように深く頭を下げると全速力でその場から離れた。文字通り逃げるように。
「はぁ……はぁ……くそっ……」
誰なんだよ、あいつ。説明が欲しい。phase、能力、そもそも名前だって分からない。
ただ分かるのは説明できそうな奴が監視していただろうってことくらいだ。
「アイ‼︎ いるんだろ、出てこい‼︎」
「おいおい、人をストーカーみたいに言わないで欲しいぜ」
アイは上から降ってくるように現れた。空はもう暗く、月明かりに照らされた銀髪は天使のようにも魔女のようにもみえた。