第9話
「なぜ気が付いたんだい? 君は気配に敏感だから随分遠くから監視していたのだけれど」
「果穂に似た克服者なんて普通じゃない。俺が銃を抜くことだってあり得る。監視が付かない方がおかしい」
「なるほどご慧眼だ。うーん。それにしても困ったよ」
「何がだ」
「いやね。彼女についてどこまで説明するか迷っていてね。勿論、赤場君が望むなら洗いざらい説明するのもやぶさかではないけど、ミステリアスな女性ほど魅力的なものはないと思わないかい?」
こいつはここに来てまだそんな冗談を言うのか。
「いいから全部説明しろ。お前がダメなら財前に聞いたっていい」
「おいおい、いくら私が口下手だからって流石に今のは察して欲しいぜ」
「……どう言う意味だ?」
「最後まで聞くと後悔するかもしれないって遠回しに忠告してやってんだよ」
アイは普段の掴みどころのない態度とは一変して冷たい目線をこちらに向けた。
しかし、アイの言い分は正しい。果穂は既に死んでいる。もしかすると俺は、死者の墓を漁るのと同じことをしようとしてるのかもしれない。
「そうか……」
「分かってくれたかい? なら、今日のことは見なかったことにしてもいいよ。君の好きな日常に戻るといい」
「いや、忠告してくれるなんてアイは優しいと思ってな」
「…………」
「それに、唯の一般人が警察も絡んでそうな機密を"説明しろ"なんて図々しいにも程がある。誠意は大事だ」
随分走って遠くに来た。よく見ると地面は舗装されておらず、少しぬかるんでいた。だがそんなことは関係ない。
俺は膝をついて泥だらけになりながら、次に頭を地面に擦り付けた。これじゃ財前のこと言えないな……。
「お願いします。教えてください。まだどんな内容なのか見当もつかないけれど、果穂を殺したのは俺です。それは俺が背負わないといけないものかもしれないんです」
案外、内容はしょうもないことかもしれない。例えば変身する克服者でたまたま果穂に似た見た目になっていたとか。
でも、果穂に因果があってそれが良くないものだとしたら。それは俺に罰がくだるべきだ。少しでもその可能性があるならプライドなんて捨てて教えて貰わないといけない。
「……ああもう! 顔を上げてくれよ。私が悪かった、揶揄いすぎたよ。まったく、泥だらけじゃないか」
アイは俺を拾ってきた猫みたいに掬い上げて立ち上がらせる。何度見ても、見た目からは想像できない怪力だ。
「君にどれだけ覚悟があるか試したかっただけなのに、これじゃ私が悪者じゃないか。分かった、彼女について教えるよ。ただし条件がある」
「なんでも言ってくれ、俺に出来ることだったらなんだってする」
「お、言ったなあー」
アイは悪戯っぽく笑うと、俺を指差しながらこう告げたのだ。
「彼女の世話係になってくれ」




