教訓、五十六。故郷に錦を飾ることは、恥を覚悟しておく必要がある。 3
シークはとうとう実家に帰省した。すると、実家の前の道路に大勢の人々が並んで立っている。慌てて王か王太子か誰かがやってくるのかと弟たちに確認するシークだったが、思わぬことを告げられて……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
久しぶりの実家付近にやってきた。この辺はヴァドサ家に昔から仕えている人達が多く住んでいる。
この辺は郊外といえども、ヴァドサ家の街でもあった。昔は領主でもあったのだ。王が来るから明け渡しただけである。そのためか、今でもヴァドサ家はかつての主君と思っている住人が意外といるのだ。
シークがやって来ると、頭を下げる人達が増えてきた。ただでさえ、国王軍の入隊率が高く、国王軍の制服を着ていたら、ヴァドサ家の子息であることが多い。それが、親衛隊の制服であるので目立つことこの上ない。この辺で親衛隊はシーク一人だからだ。
そんなんで実家に近づくほど馬の歩みは遅くなったが、ようやく家に入るための一本道に入った。一本道といえども、軍馬が何頭も列をなして走れるほど広く整備されている。当然、ヴァドサ家が管理していた。
その一本道に入った途端、シークは目を丸くした。
大勢の人が夕暮れの夕焼けが射す道の両脇に並び立ち、整列していたのだ。
(!? 一体、何事だ?)
シークは訳が分からず、とりあえず馬から下りると、最後尾に並んでいる人の後ろに並び立った。
それを弟達が苦笑しながら顔を見合わせている。とうとうギークが吹き出した。
「やっぱりか、俺の勝ち…!」
「はあ…。もう、勝ち負けの問題じゃないだろ……!だから、先に説明した方がいいって言ったんだ…!」
ナークが怒っている。
「シーク兄さん、早く馬に乗って。」
イーグが催促した。
「は? これは一体、何だ? 誰か来るんじゃないのか? もしかして、陛下とか王太子殿下とか来られるのか?」
ないとは言えないので、シークは小声で弟達に急ぎ尋ねた。
「もし、そうだとしたら、私が馬に乗っているわけにはいかないだろう。護衛の場合ならいざ知らず。」
いかにもシークらしい生真面目な言葉に、ギーク以外の弟達も吹き出した。
「もう、シーク兄さん、そうじゃない。とにかく、早く乗って。これはシーク兄さんを迎えるためにみんな待ってたんだから。」
笑いながらナークが説明してくれる。すぐには理解できず、シークはにこにこしながら列を作っている人達と、弟達の顔を見比べた。
「どういう意味だ?」
「だから、言葉のままの意味だよ。」
「そう。親衛隊になった人は初めてだろ? だから、みんなでお祝いしたいって。」
「日が暮れる。早く。」
弟達にそれぞれ言われて、よく意味を理解しないまま、シークは馬にまたがった。すると、馬に乗ったナークが側に寄ってきた。
「もう一度、説明するよ。シーク兄さんがヴァドサ家で初めて親衛隊になったから、そのお祝いのため、並んで待っているんだ。ほら、早くしないと。みんな、シーク兄さんを待ってたんだ。」
ようやく、意味が到達した。目を瞬かせて、馬上から手を振り始めた人達を眺めた。
「遠慮したらだめだよ。村中(ヴァドサ家の敷地内に住んでいる主に使用人達の家族の村。)の人達が、父上にお願いしたんだ。本当はもっと早くにできると思っていたらしいんだけど、親衛隊は特別な任務でいつ帰るか分からなかったから。
それに、みんなシーク兄さんが、何度も死にかけたことも知っているから、生きてもう一度会えることが嬉しいんだ。」
そう言われてしまえば、むげに断ることはできなさそうだった。そこまでして、お祝いしてくれるのだ。
シークは思ってもみない祝いに戸惑っているものの、人々の嬉しい気遣いに胸が温かくなった。覚悟を決めて道の真ん中に戻り、ゆっくり馬を進め始める。
「シーク坊ちゃん、お帰りなさい。」
「よくぞ、ご無事で戻られました。」
「お帰りなさい!」
「おめでとうございます!」
「初の親衛隊、おめでとうございます!」
さまざまな声が飛び交い、シークを祝福しれくれる。なんだか、ぼんやりとするような、ふわふわとした妙な高揚感があった。滅多にないことで不思議な感覚だ。でも、このように人に囲まれることは経験がある。親衛隊の任務で若様の護衛をしながら進めば、こういう事態が何度かあった。
特に、人に知られないように進んだ行きの時よりも、帰りの方が人の出迎えがあり、一目、若様を見ようと大勢の人がやってきたのだ。
まさか、自分がこういう目に遭うとは思わなかった。しかし、次回から若様の気持ちが分かるな、とシークは次回に今回の経験を生かすことにした。
声をかけてくれる人達に「ありがとう」と言いながら馬を進め、ようやく門前に到着した。
すると、門の前に長老が現れた。祖父の時代に家令長をしていた人だ。杖をついて、待っていた。体を支える杖がふるふると震えているのを見て、シークは慌てて馬を下り老人に駆け寄った。孫が体を支えているとはいえ、そんな長老を待たせるわけにはいかない。
「シーク坊ちゃん。」
どこか震える声で老人が口を開いた。
「子が生まれたそうで、おめでとう。」
辺りが一瞬、静まりかえった。あれ、親衛隊配属の祝詞じゃなかったのか、と思っていると孫が慌てて口を開いた。
「じいちゃん、違うよ。親衛隊が先だって言っただろ、何度も……!」
「はあ?」
耳に手を当てて聞き返す。
「親・衛・隊、配属の祝詞、それを言うの!」
孫が祖父の耳元で大声でゆっくり話す。
「はあ、しんたいえい、じゃな。」
「違う。親・衛・隊!」
「しん、たい、えい。」
「しん・えい・たい! 分かった?」
「ほう。しんたいえ。」
とうとう一字抜けた。
「しん、えい、たいだってば!」
「しんえいとう。」
この漫才のようなやり取りに、とうとう堪えきれず、並んでいた人達をはじめ、シークも笑い出してしまった。当の本人達は大真面目なのだから仕方ない。
「いいですよ、ありがとうございます!」
シークは老人の手を取り、耳元で大きな声で礼を言った。すると、老人は聞こえたらしく、くしゃりと顔を崩して笑い、頷いた。
「嫁さんと仲良くして、子をたくさんこさえてな。」
「……。」
後ろでギークが「ぶっ。」と盛大に吹き出して笑っている。やり取りが聞こえた人達も同様で、どっとその場が揺れるような笑いに包まれた。シークは苦笑いするしかない。結局、老人は最期まで結婚祝いだと思っていた。
「…すみません。」
老人の孫が恐縮している。
「大丈夫だ。ありがとう。おじいさんにも、そう伝えておいてくれ。気持ちは嬉しかった。」
シークが言って、若様と同じくらいの孫の頭を撫でると、照れたように破顔した。
こうして、重々しい帰省ではなく、肩の重荷が下りた状態で家の門をくぐったのだった。
星河語
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