教訓、五十六。故郷に錦を飾ることは、恥を覚悟しておく必要がある。 2
シークはなんとかジーラに引き継ぎを終えて、ベイルと二人帰ろうとしていた。そこにロモルが現れて、ロルが何かしでかしたという。一体、何を……?
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
シークは鉛でも飲み込んだような重いため息をついて、執務室を出た。一応個室ではあるが、個室ではない。ジーラと共同で使用する。
引き継ぎなどもあるので、イージャにしていた分をもう一度やり直したりして、五日ほど軍内に泊まり込んだ。ヨヨで少しは引き継いでいたものの、他に事件の報告書のまとめなんかもあるため、二人は目の回るような忙しさで、サプリュに帰ってきてから本格的に引き継ぎを行えたという感じだ。
「隊長、大丈夫ですか?」
ベイルが聞いてきた。ベイルの他数名も泊まり込みだった。
「家に帰りたくない。」
一瞬、ベイルが固まった。
「何を十代の家出少年みたいなことを言ってるんですか?」
「我ながらそう思う。でもな、いろいろありすぎて、なんと言ったらいいのか、分からなくなってな。」
「……確かに、一年の間に十年分ほど経験したような感じがありますね。」
ベイルもそれには納得した。
「でも――」
さらに何か言いかけた時、後ろから声がかかって二人は振り返った。
「隊長、副隊長。まだ帰ってなくて良かったです。一応、報告をと思いまして。」
ロモルだった。眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。副隊長の代理をするようになって、迫力が出てきたかもしれない。
「どうした?」
「もう、こっちで対処しているのですが、オスターがやらかしまして。」
ロル・オスター、のんきな田舎出身の青年で時折、問題を起こす。
「何をした?」
シークはベイルと恐る恐る顔を見合わせてから、聞き返した。
「あれだけ、まだ任命式と隊長の結婚式があるから、帰省できないと口を酸っぱくして言ったにも関わらず、帰ったんです、あの馬鹿が……!」
ロモルにしては珍しく口調を強くした。あちゃー、とシークとベイルは頭を抱えながら天を仰いだ。ロルの実家はとても遠い。もし、本当に帰ってしまったら、任命式に間に合わない。何がなんでも途中で連れ帰らないといけない。
「もう、すでにピンヴァーとザンに追いかけさせました。」
テレム・ピンヴァーとビルク・ザンは、実家が牧場や馬牧場で乗馬が得意な隊員だ。
「悪いな。」
「いえ。同じ部隊の仲間ですし。」
「じゃあ、私が残ります。」
ベイルが言った。
「いいですよ。これくらい、隊長と副隊長がいなくてもできますから。」
ロモルが忙しい二人に遠慮した。
「いや、後で隊長の家に行かないといけない用事があるし、ついでに報告するから私が残る。」
ベイルがそう言うので、シークは任せることにした。
「分かった。二人に頼む。私は今から史上最大の任務に挑むから……。」
ぶっ、とベイルが吹き出しかけた。
「何ですか、その史上最大の任務って。家に帰るだけじゃないんですか?」
ロモルが不思議そうにシークを見やる。
「帰りたくないって。勝手に婚約を破棄してきたりしているから。」
「…ああ、ベイル? なんか勝手に余計なことを説明しているな。」
「あー、そういうことですね。なるほど、なるほど。まあ、実家もでかくなると大変ですね。」
人ごとのように…実際に人ごとだが、ロモルは呑気に言って納得した。
「それじゃ、後は任せて史上最大の任務に当たって下さい。」
「ああ。私は先に行くな。二人とも、後は頼んだぞ。」
「はい。」
「それではまた。」
二人はどこかからかう口調でシークを見送ってくれた。
シークは気が重いまま厩舎に向かう。
「今日は帰れるって本当だったな。」
施設の外に出る前に、懐かしい声がして顔を上げるとギークとナークが立っていた。よ、久しぶり、とギークが嬉しそうに手を上げる。ナークも嬉しそうに破顔した。滅多に表情を現すことがないナークが珍しい。二人ともシークを待っていたようだ。
弟達に会ったのが実に久しぶりだ。一年ほど会っていない。
「二人とも、元気だったか?」
思わず感動のあまり声が詰まりそうになる。本当に数年会っていないような、そんな気持ちになった。それくらい、多くのことがありすぎたのだ。
「ああ、元気だよ。シーク兄さんこそ、とりあえず元気そうで良かった。」
「そうだな。目の下には隈出来てるけど。何日か徹夜なのか?」
ナークは気遣う言葉をかけてくれるが、一つしか違わないギークは遠慮がない。
「まあ、途中で仮眠は取ってる。」
シークの答えを聞いて、ギークはナークと頷き合った。
「それなら大丈夫だよな?」
「まあ、シーク兄さんの体調によると思うけど。」
二人の話にシークは首を傾げる。
「いや、うちに帰るのって時間かかるだろ。今から帰ったら完全に日が暮れる。だから、飛ばそうかなと。」
ギークの言葉に違和感を覚えつつも、おそらく一族に早く帰らせるよう、二人は言いつけられているのだな、とシークは察した。一族の長老達は総領である父のビレスに、意見できる人達なのだから。
「…飛ばすなら、馬場を走るのか?」
シークの確認に二人は頷いた。サプリュの街の城壁沿いの内側に、馬が走れる道が通っている。城壁に沿って一周ぐるりと回っている。一般人は走れない。制服を着た軍人の道である。だが、普通、国王軍の軍人もそこを走ることはほとんどない。なんせ、遠回りで不便なことこの上ない。
そこを走るのは、サプリュ郊外に帰るヴァドサ家の子息達か、馬を走らせるのが好きな軍人のどちらかである。
「早く帰って来いってことか?」
「うん。」
「分かった。行くか。」
シークが促し、三人は馬場道まで行ってから馬に乗る。軍の施設から馬場道まですぐに抜けられるようになっていた。本当に急ぐ時にここを走ることが多い。
「なんか、久しぶりだな。」
シークは思わず漏らした。最初は慣らしでゆっくり駆ける。
「何?」
ナークが聞き返した。
「兄弟で走るのは。」
「そうだな。じゃあ、競争するか? 久しぶりに。」
「えー、そんなん兄さん達に負けるの決まってる…!」
ギークがニヤリと笑うとナークが抗議の声を上げた。
その時、後ろから馬で駆けてくる音が聞こえてきた。
「誰か来たぞ。」
「イーグじゃないか?」
言いつつも、三人は誰かのために速度を落としながら一列になる。衝突事故を避けるためだ。
「追いついたー!」
噂のイーグだった。
「教官の仕事じゃないのか?」
シークか疑問を投げかけるとイーグは、きっとギーク達を睨みつけた。
「もう、さっさと自分達だけで帰っちゃってさ…! 言っただろ、待ってて欲しいって!」
イーグが怒っている。
「シーク兄さんの結婚式もあるんだ。特別に交代。しばらく休暇だから。今日、シーク兄さんが帰れるらしいと聞いたから、必死になって引き継ぎしてきたんだよ! 遅くなっても待ってて欲しいって、あれだけ頼んでおいたのに!」
シークに説明しつつも、ギークとナークにイーグは怒った。
「ごめん、忘れてた。」
「うん、ごめん。つい、お前は教官だから、休み無しって思って。」
ひっどいなー、と文句を言いつつも、嬉しそうにイーグはシークを上から下まで眺めた。
「ほんと、元気そうで良かった!何度も殺されかけたって聞いたから、心配だったよ。」
シークは苦笑した。
「ああ、悪い。心配かけたな。こっちに来る途中は、鍵が壊れた部屋に放火されて焼き殺される所だったから、みんな心配しただろう。」
てっきり、軍内でそういう話が出ていると思ったシークは、話してから弟達三人がぎょっと血の気が引いた顔でシークを見つめていることに気がついた。
「……。」
さすがのシークも今の話が伝わっていなかったと分かる。
「あ、ごめん、今のは聞かなかったということで。」
すると、ナークがため息をついた。
「もしかして、あれかぁ? 妙にみんな、私に隠していることがあると思った。」
情報を扱う部署にいるナークがぼやく。
「たぶん、シーク兄さんが言ってる事件については、じきに知られる話にはなると思うけど、おそらくイゴン将軍が止めてると思う。まあ、そう指示しているのが誰かって話にはなるけどね。なんせ、シーク兄さんはセルゲス公の護衛だから。」
言わんとすることはなんとなく分かった。親衛隊に関する事件だから、王が口止めしている可能性だ。おそらく、イゴン将軍に口止めするように言われているはずだが、記憶がなかった。
「セルゲス公の正式な任命の前に、水を差す事件だから、慎重になっておられると思う。」
確かにそうだろう。
「悪い、聞かなかったことにしてくれ。」
「うん。父上や母上には話しておくにしても、他の人には最近の事件以外のことを聞かれると思うから、そのことについて話せる限りで話してやって欲しい。みんな、シーク兄さんのことを心配しているから。」
ナークの指示にシークは頷いた。
「分かった。そうする。」
「それじゃ、そろそろ行く? 馬も落ち着いたし。」
今まで疾走してきたイーグの馬を休ませるため、ゆっくり進んでいたのだ。
「イーグがいいなら、行ける。」
シークが他の三人を見回すと、誰ともなく走り出した。
「あ!ギーク兄さん、競争って一人抜け駆けするな!」
イーグが追いかけ始める。
実に久しぶりに兄弟四人で馬を走らせた。
星河語
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