教訓、五十五。人の意思は変え難いのに、人の命は儚い。 10
シークはイゴン将軍と話をしていたが、黒帽子の男とさっさと決着をつけなかった自分の責任だと感じていた。すると、イゴン将軍の護衛のニピ族のレクスが口を開き……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「それよりも、確認したいことがあります。」
「アズレイのことか?」
「はい。ご家族のことです。」
ギルムは深いため息をついた。
「そもそも親衛隊の報告は陛下も確認されるのだが、お前達の報告でとうとう看過できなくなったと仰っておられた。
親衛隊の隊長を二人とも狙い、一人の隊長の家族を人質に取って脅し、もう一人の隊長の方には執拗に暗殺を実行しようと繰り返した。そして、結局一人の隊長が死んでしまった。
分かっているだろう? 看過できなくなったという、相手が誰か。」
名前を出さないようにしてギルムが話しているので、シークは黙って頷いた。とうとう王も王妃のことを看過できなくなったのだ。
「それで、アズレイの件について、陛下は詳しく調べるように仰っている。もちろん、お前の事件についてもだ。
アズレイのご両親についてだが、母親の方は命が助かった。だが、父親の方は毒が回ったようで、カートン家の治療でも間に合わなかったと聞いている。元婚約者の女性は行方不明で、カートン家が遺体の解剖をしていないか、調べている所だ。」
なんということだろう。イージャの母は助かったのだ。だが、夫と息子は死んでしまった。夫については、もしかしたら、ある程度は覚悟ができていたかもしれない。でも、息子の死はどうだろう。せっかく助かったのに、助かったと思ったら息子の訃報を聞くはめになってしまった。
「……私のせいです。」
やりきれない思いがシークの胸の中で膨らんでいく。
「さっさとあの男を斬らなかったからです。」
シークがあの時の腹立たしさを思い出して憤慨すると、ギルムとレクスが顔を見合わせた。
「だが、シーク。お前がそのニピ族らしい男とやり合った時、鉄扇ではなく剣で踊りを踊っていたのだろう?」
「それでもです。何とかして隙があった時、あの時にもっと確実に斬るべきでした。後から何を言っても遅いのですが。」
「…ヴァドサ殿。少しいいですか?」
レクスが珍しく口を挟んできた。ニピ族はめったに主人が話している時に口を挟んだりしない。つまり、どうしても何か話したいことがあるということだ。
「…何でしょうか?」
シークが尋ねると、レクスはひどく真面目な表情で話し始めた。
「ニピ族が剣を持つ時、それは、相手を確実に殺すという意思表示の時です。」
シークはレクスを見つめた。フォーリはあの後、始終苦い顔をして黙り込んでいたが、あの表情はそういうことだったらしい。
「鉄扇は手加減できます。しかし、剣だと手加減のしようがありません。ニピ族が鉄扇ではなく剣を持っている時点で、ほとんどの場合、生還できることはありません。」
レクスは“ほとんどの”という部分で口ごもった。
「ほとんどの場合?」
はい、とレクスは頷いた。
「はっきり申し上げまして、私の知る限りヴァドサ殿が初めてではないかと思います。私はニピ族が剣で踊りをしたのに、生還できたという話を聞いたのは、生まれて初めてです。」
「生まれて初めて?」
シークの確認にレクスは深く頷く。確かにあれが長引けばまずかったと思う。イージャが乱入してきた結果、敵はそちらに意識を向けざるを得なかったのだ。
「たまたまだ。アズレイが助けてくれた。だから、私は助かった。まず、敵はアズレイがやってきて斬った結果、その後の私との対戦では集中力を欠き、その上、彼の血に滑っていた。だから、私は助かったのであって、それがなかったら、斬られていたのは私だろうと思う。」
「そうではありません。ヴァドサ殿。」
レクスはやや眉間に皺を寄せながらさらに続けた。
「ニピ族が剣で踊りをしたら、初手か二手目には死んでいます。五手あったら、私達は殺せる自信がある。それが五手以上かかった時点で、相手は驚愕していたでしょう。」
確かに考えている暇はなかった。シークも体が勝手に反応していたから、咄嗟に剣をはじき返すことができていた。あえて、あの時は考えることをしなかった。考えれば負けると思ったからだ。
それに、レクスの言葉を聞いて思い出した。
「そういえば、敵は『時間がかかりすぎた』と言っていた。」
レクスは大きく頷いた。
「そうでしょう。内心ではかなり驚いたはずです。本当はびっくり仰天していたでしょう。あなたにずっと剣で防衛されたことに。途中で鶏の邪魔が入ったとはいえ、そこから攻勢に転じられたことも衝撃的だったはずです。」
「……。」
これほど驚かれると、反論すればシークの方が自信過剰だと言われそうで、口を閉じた。
「はっきり言って、私もびっくりして耳を疑いました。」
「……そんなに驚くことですか?」
恐る恐る聞き返すと、レクスは「はい。」と頷く。
「しかも、後から敵の腕を斬った、それがどれほど大変なことか分かりますか?」
「……何となくは。」
そう答えておく。何だかとても大変なことになってしまいそうだ。
「国王軍で、これほど大きく話題になってしまったので、隠しておくこともできません。多くの目撃証言もあります。」
レクスは眉間に皺を寄せて、シークをじっと見つめた。何だか、大変嫌な予感がした。
「ニピ族達の間に、あなたの剣術の腕が広まるということです。そして、ヴァドサ殿と対戦したい者が大勢現れるでしょう。」
シークは夏にフォーリとバムスのニピ族達が、誰がシークと対戦するかで喧嘩をしていたことを思い出した。彼らは喧嘩をしていないと言い張っていたが、どう見ても喧嘩を始めていたと思う。顔が引きつりそうな情報だ。
星河語
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