教訓、五十五。人の意思は変え難いのに、人の命は儚い。 3
シークが若様の下に行こうと走っていると、黒づくめの敵がやってきて取り囲み、ニピ族らしき男も現れて……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
テレムと別れて走り出す。二つ離れた場所まで走ればあっという間のはずだった。だが、一つ目の建物を過ぎた所で、間の小道から人が出てきた。怪しげな黒づくめの人影がざっと七、八人ほど。手には怪しげな得物をそれぞれ持っている。あまり、見たことがないが、鎖のついた分銅のような物を持っているし、先端が鎌状の物もある。
(……鎖か。やっかいな相手だ。)
鎖が相手では、剣に絡ませられると非常にやっかいだ。切れないし、武器を奪われる恐れもある。剣は使えない。もともとヴァドサ流は剣がなくても戦える武術流派ではあるが、それでも、これらの手練れと思われる相手に複数で囲まれ、剣を使えないのは痛い。
(…まずは。)
シークは様子を見ながら、完全に囲まれる前に、自分が走ってきた方に逆走した。だが、そこに別の男がひらり、と上から降りてきた。この雰囲気、高いところから平気でやってくる所を見ると、フォーリやサグに似ている。
(つまり、ニピ族か。)
シークの行く手を阻んでいる。だが、シークはさっと身を翻し、今度は開いている路地に向かって走った。こういう時、一斉にかかられたらお終いである。だから、まずは走って逃げ、一人ずつ攻略していくのだ。
シークは思わず、手で鼻を覆った。煙の臭いが充満してきている。そういえば、大街道の時もこういう状況だったな、と思い出す。
走っていたが、壁に直面した。行く手が遮られる。文字通りに壁があって行く手を遮られたのだ。きっと、相手は計算の上だろう。仕方ない。だが、それはシークだけでなく相手も同じだ。鎖の武器は回して投げるだろうと想像がつく。だから、回して投げるという投擲できる場所が必要なはずだ。狭い路地ではそれができない。
シークは一瞬でそれらのことを計算すると、短刀を抜くと振り向きざまに、相手の懐に飛び込んだ。追いついてきた相手も、分銅を投げて使うつもりはなかったようで、鎖をじゃっと両手に縄を持つように構えたが、若干シークの方が早かった。構えを完成させる前に懐に飛び込んで、大腿の内側を狙って斬った。体は鎖帷子か何かを着ている。そのため、鎧のない部分を狙うのが必定だ。
ゆっくりしている暇はなかった。ぼやぼやしていたら煙に巻かれる。それに、若様のことも気になる。シークが襲われているということは、若様の方も襲われている可能性が高い。
熱い血を噴きだしながら倒れようとする敵の体を使い、ぐっと前に進めると瀕死の敵も足を後ろに動かした。二歩、三歩と進めたところで敵の体から力が抜けた。ドサッと倒れ、シークは彼の体をまたいで低くした体勢から、目の前のもう一人に飛びかかった。
敵にしてみれば、目の前の味方がやられたようで急に後ろに倒れてきた。そこに影からシークが飛び出して来たように感じただろう。構えられないうちに、同じように大腿を狙う。
次の敵は左手で相手の右手を下から上げるように躱し、体勢を崩した所で脇下を斬った。だが、致命傷になっていなかったので、倒れる前に首の急所で止めをさす。
だが、その時、上から真後ろに人が降り立った。ニピ族らしき男だ。
「そうやすやすと殺されたら堪らんな。」
「……。」
シークは一瞬、ニピ族らしい男の方を見たが、前を見ると次の男が完全に鎖を構えているのを見て短刀をマントで拭い、すぐに鞘にしまった。
「ほう?武器無しで我々に向かうつもりか?さすがはヴァドサ流というところか?」
敵のニピ族らしき男は興味深そうに後ろで呟いている。と、パンッというフォーリが武器を手に持った時と同じ音がしたので、やはりニピ族なのだと確信した。
ちらっと振り返ると鉄扇を開いて持っているようだった。だんだん明るくなってきているが、建物の間はまだ暗い。フォーリやサグの舞や踊りを見ていて分かったが、ニピ族の踊りや舞に剣は不利だ。まともに打ち合えば、鉄扇の骨で剣が刃こぼれするだろう。
シークは鎖鎌を持っている方に進んだ。だが、後ろから静かに何かが跳んできた気配があり、思わずさっと屈むと伝繰り帰って攻撃を避けた。
さすがに黙って攻撃を見ている事はしなかったようだ。
「下がっていろ。」
ニピ族らしい男が配下に命じている。
正しい命令だが、はっきり言って嫌な命令でもあった。この男と対戦して果たして勝機があるのか分からない。
「私に対して、いや、ニピ族に対して素手で対抗しようとするものを初めて見た。」
男は単純に驚いている様子だった。
「なぜ、素手で対抗しようと?」
男はじっと立っている。だからと言って、隙があるわけではない。隙もなく黙って立っている。端から見たら、扇を開いて優雅に立っているように見えるだろう。少なくとも、サリカタ王国のニピ族を知らない外国人達は、その昔、護衛しているニピ族を馬鹿にして、痛い目に遭っているという。
「なぜなのだ?」
どうやら、シークが答えるのを本気で待っているらしかった。仕方なく口を開く。
「剣で対抗しようにも、まずは狭い。剣がつっかえ、満足にふるえない。第二に、決してニピ族の踊りや舞を馬鹿にしているのではなく、その真逆で、こうする以外に対抗の手段がないからだ。」
「短刀は?」
さっきまで使っていたのに、しまった理由。
「お前を相手にしながら、鎖の武器を持った相手に対抗するのは得策ではないからだ。逆に短刀を取られる恐れがあると考えた。武器を失うよりは、しまっておいた方がいい。幸いにしてヴァドサ流には、剣を失っても対抗できる技がある。」
すると、男は楽しそうに笑った。
「なるほど。さすがは実践的なヴァドサ流だ。面白い。お前との対戦は楽しみだった。」
え? と聞き返したい衝動にシークは駆られた。今、楽しみだった、と言わなかっただろうか? しかも、とても楽しそうなのは、その雰囲気からも伝わってくる。シークは絶体絶命の状況の中、あることを思い出していた。
かつて、模擬戦をやろうとなった時、結局個人戦の試合を開催したが、その時、ニピ族達がみんなシークと対戦したがって、喧嘩をおっぱじめようとしていたことだ。その時のニピ族達も、とてもわくわくしている表情だったことを思いだし、シークは複雑な気分になった。
星河語
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