教訓、五十五。人の意思は変え難いのに、人の命は儚い。 2
危機一髪……!何とかシークは隣の建物の屋根に避難した。だが、問題はここから……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
しかし、シークは誤解していたが、ここはシークを丸焼きにするために窓ガラスを丈夫にしてあったのではなかった。元々、窓ガラスは高価である。鳥がぶつかっただけでも、壊れてしまうことがあった。いちいち交換すると馬鹿高くついてしまう。小さな町の宿屋で相手にするのは中流の一般庶民。
そこで、宿の主人は考えた。窓ガラスを丈夫にしようと。南方のプーハル近郊に生えている水草がある。その水草からは粘度の高い汁が出て来る。それを発酵させて糊を作るのだ。人々はそれを紙や簡単な木工細工を修理するのに使ってきた。
ところが何を思ったのか、一人の人が思いつきでガラスに塗ってみた。ガラスはくっついた。だが、さすがに元通りにはいかなかった。それでも十分だった。ひび程度の時に塗っておけば頑丈になる。それが分かると、壊れる前に塗っておくようになった。
それが塗られてあったのだ。さらに、紙と糊を交互に張っておくと、さらに頑丈になることが分かっていたので、そうしてあった。
シークを焼き討ちにしようと思っている人間は、たまたま、ちょうどいい部屋を見つけていたのである。さらに、シークが寝ている間にその糊と共に、やはり、プーハルで取れるアスファルトを、窓を開けられないように外側から塗ってあったので開かなかったのだ。しかも、糊は乾くのが早いという利点もある。
とにかく、シークは必死になってガラスに椅子を叩きつけた。寝起きで全身運動をしなくてはならない上に、煙も入ってきて咽せそうになる。それでも、必死になって叩き続けた。だんだん、鈍い音がしてへこんできたようだ。
この調子でいこうとシークが思った時、ボキッ、と音がして驚愕の事実を目にした。椅子の脚が折れたのだ。思わず目を瞬かせて折れた椅子の脚を少しの間、凝視した。だが、時間がない。折れた脚を捨てると残りの部分で叩く。
ガシャンとようやく窓ガラスが壊れ始めた。ようやく壊れてきたと思うのもつかの間、背中が燃えるように熱くなっている。気がつけば、もうもうと煙を巻き上げながら、部屋の壁が燃え始めていた。炎のせいで部屋の中が妙に明るかった。扉がどうなったのかは煙で見えない。
急いで窓ガラスをどんどん壊し、出られる分を大きくした。すると、吸い寄せられるように煙が窓に向かって流れてくる。シークは両手に手巾を巻き付けると、怪我をしないように気をつけながら体を外に出し、なんとか隣の建物の屋根に飛び移った。後ろでドンッという音が聞こえてきた。自分が屋根に乗っただけではない音だった。
危機一髪、ゴオッと一気に炎が窓から吹き出してきた。思わず背中を反らして呆然としてそれを眺めたが、そこにいると火の粉で自分も焼けそうだ。熱気も来て、全身から熱さだけではない汗をかいている。
これはまずい、とシークは思う。町全体が焼けるような火事になるかもしれない。建物と建物が近いのだ。しかも、他の部屋で休んだ者達はちゃんと避難できたのだろうか。
シークが思った時、下から人が「火事だっ、早く避難しろ!」と叫んでいる声が聞こえてきた。シーク達だけでなく、二、三人ほどの普通の宿泊客もいたので、彼らも逃げることができただろうか。
シークは急いで屋根を見回し、木が生えている方に這った。そうして、なんとか木を伝って地面に降りた。急いで火事になっている建物に向かう。
「早く、逃げろ、早く、行け! 他の奴らは起こしたのか!?」
宿の入り口で避難誘導をしていたのは、シークの隊のテレム・ピンヴァーだった。
「二階に寝ていた者達はみんな逃げたのか?」
「はい、逃げました。なんだか、変な音がして目覚めた者がいて、扉を開けてみたら火事になっているので、慌てて隣室の人間をたたき起こして回ったと。
ただ、隊長のいる角部屋だけができなくて。なんせ、一番燃えているのがその部屋の前で、しかも薪があったそうなんです。」
説明しながらも、出て行く人達を薄暗がりの中で眺めていたテレムだったが、ふと気がついて顔を上げた。つい、質問されたから答えていた。いつもの隊長の声だったからだ。そして、シークに気がついて目が大きく見開かれる。
「…! 隊長! 良かった、ああー、びっくりした! でも、良かったです! よくぞ無事で!」
シークは、大声で抱きついてきたテレムの背中をぽんぽんと叩いて苦笑した。
「すまん、心配をかけた。窓を破って隣の建物に移り、それから木を伝って降りてきた所だ。」
「え? 今ですか?」
「ああ、そうだ。降りてきてすぐ、ここに来たから。」
「……あぁ、良かった。」
今度は力が抜けたように声が震えた。
「実を言うと、私はしばらく前からここにいるんです。つまり、私が火事だと聞いて降りてきた時は、まだ、隊長は部屋の中にいたということに。」
「窓ガラスがやたらと頑丈で、破るのに時間がかかったからな。一足遅かったら、間に合わなかっただろう。今頃、焼け死んでいた。それにしても、火を付けてからの延焼の仕方が早くて激しい。嗅ぎなれない油の臭いがした。」
「窓ガラスが頑丈って……。はあ。本当に間に合って良かったです。」
シークはテレムがほっとした所で指示を出す。
「テレム、ここはお前に任せる。もし、宿屋にいた人を逃がし終えたのだったら、急ぎ、国王軍に町の住人の避難をするように伝え、親衛隊は若様のいる宿に集まってくれ。万が一のことがある。」
「分かりました。隊長は若様のところですか?」
「そうだ。」
シークは言って頷き、邪魔な髪を適当に結んだ。丁寧に結んでいる場合じゃない。
星河語
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