教訓、五十四。煮詰まった状態の計画には穴がある。 2
ヨヨの街に滞在中。イージャが部屋で休んでいると、フォーリが入ってきて両親を助けたことを伝えに来た。ほっとしたのも束の間、フォーリが戻っていった後、謎の組織の男がやってきて……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
そんなことをしながら、ヨヨに来て五日目が終わろうとしていた。ベリー医師によると、ヨヨは少し大きな街で、カートン家の施設も充実しているので、少し長めに滞在するという。
何日までに来いという時間制限は、確かにないので文句は言えない。セルゲス公の体調を整えるためだというから、ゆっくり滞在するより他なかった。しかも、カートン家の施設で好きに使えるわけではないため、イージャの部屋とシークの部屋は少し離れた場所にあった。
集中できずにイージャが報告書を書くのを諦めて、寝台に寝っ転がったのを見計らったかのように、扉がコンコンと叩かれた。
「おい。入るぞ。」
良いとも言っていないのに、勝手にフォーリが入ってきた。仕方なくイージャは体を起こした。
「何だ? 勝手に入ってきて。」
「まあ、聞け。要件はすぐにすむ。」
「……。」
目線で促すと、フォーリは口を開いた。
「お前の両親は助かった。私の仲間からの伝言だ。だが、あと一日遅かったら、亡くなっていたかもしれないそうだ。」
イージャは驚いてフォーリを見つめた。
「なんでも、水しか与えられておらず、痩せ細って歩くのもままならない状態だったそうだ。」
「なんだと……!」
思わず声が大きくなって、フォーリに手でたしなめられた。
「すまない。それで、どうしてだ?」
「お前は使い捨てるつもりだったから、両親も何も言うことがないよう口封じのために、最初から生かしておく気が無かったからだろう。」
「やはりか。……薄々そうではないかと思っていた。少しでも何か見聞きした者を生かしておくほど生ぬるい、生半可な組織ではなさそうだったから。」
「ああ、そうだな。お前が思った通り、その組織は生半可ではなさそうだ。気をつけろ。お前もどうなることか。」
「そうか。それで、両親が助かったという証拠になるような物はあるのか?」
すると、フォーリは懐から布を取り出した。手渡されて中を空けると、さらに布が出てきた。模様を見ながら手触りなどを確かめると、母がいつもつけているスカーフだった。
「……ああ、そうか。確かに母の物だ。」
イージャが確認すると、フォーリが手を出してきた。
「返すのか?」
「ああ。お前がこっちについたのが知られないようにするためにも。」
そっと息を吐き出すと、イージャは母のスカーフを布に包み、フォーリに渡したのだった。
フォーリが帰っていって、また部屋に静寂が訪れた。寝台に寝転がる。ランプの火が揺れて影を作っている天井を、ぼんやりと見つめた。
意外に気が抜けた。そして、自分が思っている以上に両親を人質に取られていたことを、重荷を感じていたことに気がついた。
(……ああ、私は何をやっているんだろうな。)
安堵したと同時に、自分がしてきたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。本当に小さなことで、自分はどれだけのものを取りこぼしてきたのだろうか。
そして、シークは自分が取りこぼしているものを、拾って手のひらに乗せてくれている。
「……。」
涙が流れてきた。誰もいないので手のひらで顔を覆い、しばらく涙が流れるに任せた。
自分が固執しなければ、捨てていれば、もっと早くに満たされただろうに。そして、エーナが死ぬことも、両親が人質に取られて瀕死になることもなかったのだ。
全ては自分のせいだ。だが、それを認めるには勇気がいった。でも、誰が何と言おうと、自分のせいだ。自分が行ったことの責任は自分に返る。それくらい、弁えていたい。
イージャは決心した。
もう、迷わない。
誰に何と言われようと、変わり身が早いと言われようと、やり直そう。シークとの友人関係も含め、隊の部下達のことも、そして、任務に対する心構えも。
そう決めると、イージャは体を起こした。
机に向かい、事務作業に集中することにする。しばらく経った時だった。ふと、人の気配を感じて、振り返った。
「!」
思わず、壁に立てかけていた剣に手を伸ばす。フォーリに折られた剣とは別の剣だ。折られた方は、サプリュに帰ってから、刀鍛冶に出すつもりだった。
「無駄だ。それ以上、動くな。」
全身黒づくめの男がいつの間にか、部屋の中に立っていたのだ。剣に手を伸ばすと同時に、首筋に短刀が突きつけられた。こっちの方が分が悪い。剣を抜く前に切られるだろう。どうやって入ってきたのだろうか。ここはカートン家の施設で、巡回にはニピ族が居る。どうやってニピ族を撒いてきたのか。
「お前に機会を与えよう。そうすれば、お前の両親が死ぬことはない。」
「……。」
思わずもう自分の両親は助かっている、と言いそうになって、口をつぐんだ。余計なことは言わない方がいい。
「分かったのか?」
「……。」
イージャが何というか必死に頭を巡らせていると、男がくくく、と不気味に忍び笑いした。
「愚かな。まさか、自分の両親は助かったとでも思っているのか? なんと哀れな男よ。」
本当に憐憫の情でも籠もっていそうな声で男は笑って告げた。
「……。」
それでも、イージャは何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。男の言ったことが不気味で。
「お前の両親には毒を飲ませてあった。水だけ飲んでいれば、何とか毒が回らずにすむ。だが、助けようとして何か食事を与えれば、内臓が働き出し、その途端、毒が急速に全身に巡って死ぬのだ。」
「……貴様。」
男を睨んで威嚇するつもりの声が、掠れて微かに震えた。恐いのではない。怒りのためだ。
「さすがのカーン家でも無理だろうな。でも、お前がきちんと働くなら、解毒薬を投与してやろう。」
「……。」
イージャはめまぐるしく頭を働かせて考えていた。男の言うことには矛盾点がある。ヨヨからサプリュまでどんなに急いでも数日はかかる。それなのに、毒が効き始めてから数日も両親の体力は持つのかということだ。言うことを聞くと言ったからといって、解毒薬を送るとは思えない。行動後に送ると言うはずである。
(きっと、持たないな。つまり、最初から助けるつもりがない。そして、いくらかでも私が動くのを待っているはずだ。)
おそらく、イージャが言うことを聞かないと答えたら、すぐにイージャを殺して自分で行動するつもりなのだろう。もしかしたら、他に“予備”がいるのかもしれない。
星河語
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