教訓、五十二。愛してその悪を知り、憎みてその善を知る。 6
イージャはエーナのことを考えているうちに、彼女の本心は何だったのか気がついた。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
『…まあ、あんたのいいところって、諦めが悪いところっていうか、しつこい所?』
『どこが、長所なんだよ、それ。』
『もう、馬鹿ね、考え方の違いよー。逆に考えれば、粘り強いんじゃないの?精神的持久力があるっていうか。そんな感じかなあ。』
ふと、少年時代に国王軍の入隊試験で自分の長所を述べるようになっていると聞いて、自分の長所は何か、エーナに聞いた時に返ってきた答えを思い出した。
(……エーナ。)
エーナはもう、いない。
エーナは死んでしまった。
エーナ……。
(最後にまともに話したのはいつだっただっけ?そういえば、ちゃんと謝らなかったな。謝っておけば良かった。喧嘩したままだったから……。)
ふと、自分の頬に涙が流れていることに気がついた。
(……ああ、エーナ。ごめんな。お前のことを分かってやれなくて。)
人のせいにばかりしてきたが、この時、イージャは素直に、エーナに心の中で謝ることができた。
そう言えば、イージャは素直にエーナに自分の気持ちを打ち明けたことがなかった。恥ずかしかったから、幼馴染みであることを言い訳にして、ちゃんと彼女に言ったことがなかった。
それを今さら後悔した。なんで、もっと早くに伝えなかったのだろう。まさか、こんな風に突然、会えなくなるなんて思わなかった。そんなの言い訳だと分かっているが、本当にそう思わなかった。
祖父母の別れは幼い頃や子供の頃で、遠方に住んでいた祖父母なんかは、死んだという実感さえ沸かなかった。頭では死というものを、動物の死やご近所さんの死で分かっているつもりだったが、本当に自分にとって代えがたい相手の死は初めてだった。
どんな人の死も、粗末にするつもりはないが、突然の別れをイージャは実感した。
エーナは本当は、シークのことをどう思っていたのだろうか。
なんだか、そう思った。
実は、イージャのことを待っていたのではないのか。イージャがはっきり伝えなかったから、お前のことが好きだと伝えなかったから、エーナはいつまでも実るはずのない片思いに、身を焦がせていたのではないのか。いや、途中からは本当に恋なのかどうかさえ、怪しい。
彼女はいじっぱりだから。だから、イージャを振り向かせるために、ずっと本当は気持ちが冷めているのに、後戻りできなくて、突っ走っていたのではないか。
運河で溺れた後、本当はイージャが自分に気持ちを伝える日を待っていたのではないのか。イージャは彼女に会うたびに、シークのことは無理だと言い続けた。彼女が本当に欲しかった言葉は、違ったのではなかったのか。
今さら、イージャはエーナが本当に求めていたものについて、思いを馳せた。そして、もう確かめようもないが、幼馴染みとして赤ん坊の頃からの付き合いとして、確信に近いものを感じていた。
(……ああ、俺は馬鹿だ。今さら、気がつくなんて。だけど、エーナも悪い。意地を張りすぎだ!分かりにくすぎる…!)
ああ、エーナ、お前は馬鹿だ。
そして、俺も十分に馬鹿だ。
(馬鹿者同士、お似合いだったのかもな……。)
イージャは、しばらく落ち込んでいたが、気を取り直して便所に行ったついでに、顔を洗ってくることにした。
気分も入れ替えて、シークじゃないが空いている時間に事務仕事をとっとと終えてしまおう。そんなことを考えた。
(洗いざらい、あいつに話してしまおうか。きっと、どうすればいいのか、考えると言い出すに決まってるだろうな。あいつはそういう奴だから……。)
なんとなくイージャはシークに話してしまうか、思いながら部屋の扉を開けた。エーナの本心に気づいた今、気持ちはすっきりしていて、シークに対する敵愾心はやや薄まっていた。完全にとはまではいかなくても、以前ほどではないと自分でも思う。
机の前に座り、小さく絞ってあったランプの火を大きくして書類を手に取ってから、はっとした。
「!」
(なんだ、これは!?)
書類の下から出てきた小さな紙片。だが、さっきまではなかった物だ。確実に誰かが、イージャがいない間に部屋に侵入して書類の下に入れていったのだ。
部屋には鍵がかかっていた。隊長や副隊長になると、書類も誰彼見ていいものではなくなるため、引き出しか部屋に鍵をかけるようになる。ここはカートン家の施設なので、鍵がかかる部屋に泊まらせて貰っている。
つまり、誰かが鍵を開けて入ったとしかいいようがない。イージャは思わず、周りを見回してしまった。他に誰もいないと思うが、鍵を開けられるのならば、隠れている可能性もある。紙片はとりあえず懐に仕舞い、それから、ランプを持っていつでも短刀を抜けるようにしながら、慎重に部屋の中をくまなく確認した。
個室だが、そう広くもないので確認はすぐに終わる。ほっとしたが窓も開いていない。つまり、鍵を開けて侵入し、鍵をかけて出て行ったのだ。
合鍵を持つ誰かがいるのか、それとも鍵を開け閉めできる技術を持つ者が侵入したか、どちらかだろう。それか、この部屋の合鍵を盗んだかなんかか。
イージャはそっと息を吐いた。思った以上に緊張していたようだ。そして、懐にしまった紙片を取り出した。
『両親を忘れるな。』
書かれていることはそれだけだ。だが、それだけでイージャには十分に伝わる脅しだ。
部屋に戻ってくるまで少しすっきりしていた気持ちが、途端に鉛を飲み込んだように重くなった。
星河語
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