教訓、五十二。愛してその悪を知り、憎みてその善を知る。 5
イージャは自分の心に迷いが出ていることに気がつき、動揺する。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
ヒーズの街にいた。
あれから二日後に出発した。あの日の当日に出発しても良かったのだが、ベリー医師にセルゲス公は普通の子と違うのだと強く主張され、急な出発は絶対にしないと断固として譲らなかった。
だから、あの日一日と次の日を使って準備をして出発した。
イージャとしては、もう少し進む予定だった。遅れた分を取り返すつもりだったのだ。だが、この日はヒーズに泊まるという。
ここでもベリー医師が登場し、絶対にここに泊まると譲らなかった。反対してみたが、セルゲス公の健康を預かっているのは、イージャではないと突っぱねられ、それ以上はさすがに言えなかった。
以前のイージャだったら、もっと強く冷酷に命令できただろう。だが、今は周りの国王軍の兵士達の目が気になった。みんなイージャのために、シークがわざと拘束されていると分かっている。だから、これ以上強く言うと、逆にこっちの心証が悪くなるのだ。
イージャの隊だけでなく、他の国王軍の三部隊もいるから、彼らを味方につけておくにはシーク達と仲違いするのはよくない。
それに、みんなの同じ仲間だという視線が久しぶりで、それが以外に心地よくて、振り切れなかったのだ。
自分はこんなに軟弱だったかと、イージャは自分で自分に呆れた。
ヒーズからはシークを鉄格子付きの馬車に乗せる予定だったが、なぜかイージャの家族を人質を取られていることが軍の上層部にも知られる結果となり、罪人移送用の馬車に乗せる必要はないだろう、と上からのお達しで、シークをとりあえず見かけ上、手だけ枷で拘束し、その鍵をイージャが預かることになっている。
一体、誰が上に報告したのか、イージャは問い詰めて回りたい気分だったが、あれだけ公衆の面前で話をしたのだから知られて当然だった。誰が上に報告したのか、問い詰めても無駄だろう。きっと、誰も口を割らないはずだし、一人だけではないかもしれない。
軍人のしかも、交代の副とはいえ親衛隊の隊長の家族が人質に取られているのだから。なぜか大げさになってしまった。
イージャは一人、部屋で頭を抱えた。このままでは、王妃の指図で動いている男の指示通りに動くことができない。王妃はヴァドサ・シークを殺せと言っていたが、指示してきた男は拘束するだけでもよいと言っていた。
何段階かに分けてセルゲス公の護衛を減らし、交代させる手はずのようだ。王妃は面倒だから一気に片をつけたいようだが、現場で指揮を執る者としては、そうもいかないのだろう。
捨て駒といえども、簡単に死ねば次の駒を見つけるのに苦労するから、安易に失いたくないはずだ。
うまく使える駒として、イージャが捨て駒に選ばれているのは十分に分かっているが、それでも捨て駒なりに結果を残したかった。
シークに本当の意味でぎゃふんと言わせるために。そう、彼は全く分かっていない。エーナのことを覚えていたのは意外だったが、そのせいでどれほど彼女に振り回されたか、彼女自身、どれほど実るはずのない片思いに振り回されたか、そのことを教えてやりたかった。そのせいで、自分達二家族はどれほど苦しんだのかを。
そうイージャは思ったものの、案外、それを望んでいない自分もいることに気がついていた。だから、悩んでいるのだ。
シークは別室に拘束されている。見張りにはイージャの部下だけでなく、他の三部隊からの他にシークの隊からも派遣されていた。
なんで見張りにシークの隊の人間もいるんだと思ったが、他の隊の見張りもいるのだから余計なことはしないと、なんだか口の上手く回る隊員に説得されてしまい、他の三部隊の隊長が同意してしまったので、イージャ一人反対するわけにもいかず許可したのだった。
宿泊所はカートン家の施設だ。それなりの大きさがあるとはいえ、親衛隊の二部隊の他に、国王軍の部隊が何部隊がもいれば一杯になってしまう。そのため、シークの見張りにだけ形式上、他の三部隊の国王軍の兵士が交代で来ていた。親衛隊の他は、カートン家ではなく国王軍の施設に泊まっている。
(……もう、このまま何もなければいいが。)
ふと、イージャは思って頭を振った。今、自分は何を考えただろう。そうだ、何もないことを願ったのだ。それは人質の両親を殺すことになる。冷酷なイージャではあるが、さすがに両親を殺すと言われて、そこまで冷淡にはなれなかった。
自分でも分かっている。それほど大成しない器だと。国王軍で街の警備で見回りし、犯罪者達を取り締まってきたが、悪い奴でも大成するような奴は、肉親でも失敗すれば容赦しない。規則を破れば身内でもきっちり罰する。そうしないと、仲間内から信用されないからだ。
結局、どこの組織も人間関係なので、信用できない頭についていく者はいない。悪い世界ほど、そういうことに煩くて厳しかった。
イージャは自分で分かっている。中途半端な人間だと。裏切りも中途半端にしかできないのだ。善人にも悪人にもなりきれない、中途半端な人間。
ひがみっぽくて、人を妬み、羨んで、努力しても報われないことばかり、そんなことばかりに目を向けて、いいことには目を向けて来なかったことに気がついた。考えてみれば、自分の長所を見つけようとしてみた時、どんなだったか分からなかった。
星河語
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