教訓、五十二。愛してその悪を知り、憎みてその善を知る。 4
イージャはなぜ、こんなことになったのか頭を抱えていた。自分の思惑と全く違う結果だ。確かに、一応、シークを拘束しているが、みんなから同情の目で見られており……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますか……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
イージャはどこで間違えたのかと考えていた。こんなはずではなかった。確かに見た目では、上手くシークを拘束することに成功した。だが、違う。
なぜか、広間であんな問答をするはめになり、しかも、自分も素直に答えなくてもいいことを口走ってしまったり、とにかく失態続きだった。一緒に屋敷まで来た国王軍の全体に、イージャの家族が人質に取られ、仕方なく何か言うことを聞かされているということが知られてしまった。
その上、シークがそれに気がついて指摘し、自ら拘束されることで、イージャの家族ができるだけ不利にならないようにしているのが分かり、なぜか、シークの株が上がって、彼らに一目置かれることになってしまった。イージャがシークを目の敵にしているのは、同期なら周知の事実だし、同期でなくても隊の関係で知っている者なら知っている。
一体何度目かのため息をイージャはついた。
『隊長、まさか、そんなことになっているなんて、知りませんでした。確かに私達では頼りないかもしれませんが、相談して下さい。少しでも力になりたいんです。』
副隊長のジーラ・イグムが言ってきた。他にもちらほら、そんな言葉があって実に久しぶりのことだった。
なんて面倒なことになってしまったのだろう。そこまで考えた時、イージャははっとした。
(まさか、あれは計算の上だったのか!?)
シークは自分に有利に働くように、計算してイージャの家族を慮り、自分から拘束されると言いだしたのだとしたら……。そこまで考えてイージャは首を振った。あり得ない。シークがそこまで細かく緻密に、イージャを嵌めるために計算できるとは思えない。
「どうしたんだ?もしかして、書類の書き方が分からないのか?もし、私でよければ教えるぞ。」
にこやかにシークは、机の上にある書類を書きながら声をかけてくる。
(やっぱり、こいつに限ってあり得ない。)
すぐにイージャは自分の考えを否定していた。シークは今、イージャの部屋にいるのだ。そこで事務仕事をしている。
本当は別の部屋に拘束しておくつもりだったのだが、シークが余計なことを言ったのでイージャの部屋においておくことになってしまった。
「そうだ。拘束されるってことは、アズレイ、お前が私の分の事務仕事をしてくれるってことだな?」
「は?何を突然。そんなわけないだろう。なぜ、お前の隊の仕事を私がしないといけない?」
「先ほど、お前は全権が自分にあると言っていた。つまり、全権があるということは、書類の確認も全てやるということだろう。そういうことになるよな。」
まあ、確かに一理はあるか、というような雰囲気も流れている。何を言っている、そんな面倒なことができるか!心の中で盛大に悪態をついてから、イージャは口を開いた。
「そういうことにはならないだろう。」
「でも、拘束されるということは、仕事ができなくなる。」
「副のベイルにさせればいいだろう。」
「何を言っている。ベイルの仕事は山積みだぞ。お前達が増やしたんだからな。記録が足りないとか何とか。これ以上、増やすことはできん。」
「……。だからと言って、私がお前の分の仕事までする必要はない。」
「じゃあ、ヴァドサ隊長を君の部屋に連れて行くしかないね。」
ベリー医師が口を挟んだ。この医者が口を挟むとろくな事にならない。
「なぜですか?」
「君が見張っていれば、拘束を解いてもいいはずだ。そうすれば、ヴァドサ隊長が部屋で仕事ができる。」
「確かにそうかもしれませんが。」
同じ部屋にいるのも嫌だ。だが、ベリー医師はイージャに肩を寄せて囁いてきた。
「そうでないと、君に何とかして仕事をして貰おうとするはずだ。なんせ、彼は事務仕事が苦手のようで、やればできているんだけど、苦手意識が強くてね。そのために、必死になってやらなくていい理由を探しているんだよ。」
「……。」
こうして、仕方なくイージャはシークを自分の部屋に入れて仕事をさせているのだった。なんだか、ベリー医師にいっぱい食わされたような気がするのは気のせいだろうか。
そして、苦手なくせにイージャの仕事が進んでいないのを見ると、教えようかなどと言ってくる。
「大変だろうが、旅先で書類をまとめるのはもっと大変だから、今のうちにできるだけ進めておいた方がいいぞ。」
先輩面してそんな注意までしてくれる。確かに親衛隊としては先輩かもしれないが。今までになくシークは親切だった。
イージャにはそのこと事態が不思議だ。なぜなら、王妃に何か言われていようといまいと、今回のことより前からシークに対して辛く当たっていたことを、忘れたとでもいうのだろうか。
それなのに、そのことは忘れ去られて、イージャは今、家族を人質に取られているから仕方なく、おそらく王妃派の言うことを聞かざるを得ない状況になっている、ということになっている。
おかしい。イージャはそれより前からシークのことを敵視してきたはずだ。それなのに、みんなそのことは無視している。
「書類の事は大丈夫だ。」
もう一度ため息をついてから、イージャは仕方なくシークに答えた。そうでないと、いつまでもイージャの返答を待っているのだ。
「そうか、それなら良かった。」
シークは頷くと、さらに書類に向かった。もう、彼は何枚も机の上に完成した書類を重ねていた。
(これのどこが苦手だ。嫌味を言っているのか?)
思わずイージャは心の中で毒づいた。そういえば、シークはイゴン西方将軍の秘書官を務めていたこともあった。苦手なわけがないのだ。苦手意識が芽生えたのは、おそらくその頃だろう。周りの人間達が優秀過ぎて、自分は足下にも及ばないと思ったんじゃなかろうか。
もし、それが事実だとしたら、実にシークらしかった。
もう何度目か分からないため息をつきながら、仕方なくイージャも書類を書いたのだった。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
 




