教訓、五十二。愛してその悪を知り、憎みてその善を知る。 2
イージャはベリー医師とフォーリを敵に回していた。シークは自分だったら、そんな命知らずなことはできないと様子を眺めていたか……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
ふん、とイージャは笑った。
「そのレルスリ殿は行方不明です。そのせいか、陛下はヴァドサ・シークを完全には信用していないようです。いくら、言葉で聞いても実際に会って話をする機会もなく、他の人の又聞きでしか判断する材料がないんですから。」
実際には会いに来ていますが、という顔でベリー医師は黙っていた。そうは言えない。それに気をよくしたのか、イージャはさらに言い続けた。こんなにお喋りな奴だっただろうかと、シークは内心首を捻った。
「私も他の者達も、ヴァドサ・シークを信用していません。なんせ、従兄弟達が言いだしたことです。その上、婚約者も証言した。」
どうやら、その話は軍内で根強く残っているようだ。
「馬鹿なのか?」
困ったものだなとシークが思った時、ベリー医師が本性を現した時の地の声が聞こえた。いつだったか『行ってこいって言ってるんだよ。』と恐い声で言われたことをシークは思い出した。
「一体、いつまで、その話を信じてるんだ。馬鹿じゃないのか?偽物の婚約者の証言を陛下が本当に信じておられるとでも思っているのか?」
「……は、偽物?そんな話一体、どこで。」
イージャが困惑した表情を浮かべて、ベリー医師はわざとらしくため息をついた。
「ああ、そうだった。ヴァドサ隊長のためにわざと隠してある事実だった。そもそも真実を知っているレルスリ殿が都合良く行方不明になっている時点で、君達は何か裏があるとは思わないのか?
素直に噂ばかり信じて、脳みそがないのか?いや、本当は噂しか信じたくないのかな?噂話で他人を蹴落とせれば、自分が後釜に座れるわけだからね。」
ベリー医師はイージャだけでなく、周りをぐるりと見回した。暗にお前達は、シークを蹴落とすためにわざと噂話を信じているふりをしていると言われて、どの顔もみんな嫌そうにしかめた。
「……先生、言い過ぎです。そこまで言われると、こっちも何か裏であるのかと勘ぐりたくなりますね。」
「言う前から、君は勘ぐっていたじゃないか。言っておくけど、先に戦いを仕掛けたのは君だよ。」
「つまり、先生は悪くないと?先生、余裕でいるようですが、先生だって立場は悪いはずですよ?シークを庇っている時点で、サプリュに行ったらどうなることか。全員入れ替えろっていう意見もあるくらいです。」
勝ち誇ったようにイージャは告げる。
「ふうん。予想通りだ。何も驚かない。」
「先生。余裕ぶっていられないって言ったはずです。先生は宮廷医として不向きではないかという声が上がっているんですよ?」
すると、ベリー医師は吹き出した。
「そんなもん、言われなくても最初から分かってることだけどね。」
「とにかく、シークと関係すればどの人も損するだけです。距離を取った方がいいでしょう。セルゲス公にもよくありません。よってこちらで監視致しますので。先生はセルゲス公を診て差し上げたらいいでしょう。」
ようやくイージャは、一番最初に言いたかった部分に到達したようだ。
「セルゲス公に良くないって誰が決めた?」
「は?私です。全権がありますので。」
「いいや。君には全権はない。君にセルゲス公の健康に関することを決める権限はない。それがあるのは、宮廷医の私だけだ。」
淡々と言い返され、それは事実でイージャがようやく黙り込んだ。
「ですが、これは健康に関することではない。安全に関することだ。」
とうとう敬語もイージャはやめた。
「安全ね。セルゲス公の健康に関することは、隊長が誰かによっても左右される。それに、私はヴァドサ隊長ほど信用できる隊長は、この中にいないと思っている。私からすれば、君ほど怪しげな男はいない。君は誰の差し金で、何を言われて何を受け取ってここに来ているのか。私はその方がよっぽど気になる。」
ベリー医師にはっきり言われて、イージャは不気味に顔を歪めた。
「つまり私が何者かの差し金でここにいると?」
「違うのか?その方が驚愕の事態だ。何も言われていないなんて。」
ベリー医師の毒舌にイージャはさすがに疲れた表情になった。
「ふざけるな!とにかく、ヴァドサ・シークは監視する。以上だ。それ以上、口を出すな、宮廷医だろうと斬るぞ!命令の遂行を邪魔したんだからな!」
また、十八番の斬るが出た。
「そして、そこのニピ族も同じだ!邪魔立てするな!この怪しい男を監視してやるって言ってるんだ、ありがたく思われども、反論するいわれはないはずだぞ!」
フォーリとベリー医師に無謀にもイージャは怒鳴り散らした。自分だったら、そんな命知らずなことはできないなぁ、とシークはどこか他人事のように見ていた。
今まで黙っていたフォーリが動いた、と思った途端、鉄扇でイージャを打ち付け、いとも簡単に首を手で締め上げた。
「貴様、ニピ族を馬鹿にするな!主君に徒なす者をいつまでも身近に置いておくものか!本当に馬鹿じゃないのか!本当に危険だったら、こうして、すぐにあの世に送ってやる。もし、ヴァドサが本当に危険人物だったら、とっくの昔にこうしてやった。殺す機会はいくらでもあったからな!」
そう言って手を離すと、イージャがその場にくずおれる。激しく咳き込んでいるが、誰も「隊長、大丈夫ですか!」と走って来る者がなかった。
「くそ……!貴様ら、分かってるのか?本当に私は陛下に命令を受けてやってきたんだぞ?」
咳き込んでいたイージャは立ち上がると、開口一番に怒鳴った。
「まだ言うのか。」
フォーリが今度は鉄扇に手をかけた。これ以上はさすがにまずい。
「待て、フォーリ。確かに、陛下の命令はあったから、ここに来ている。ここで揉め続けてもしょうがない。ある程度はこちらも譲歩してやらないと。」
シークはフォーリとイージャの間に入り、フォーリを宥めた。
「…やっぱり、あなたならそう言うと思いましたよ。」
ベリー医師が大きなため息をついた。
「ベリー先生、助けようとして下さってありがたいです。」
「お前、まさか。でも、そんなことをしたら……。」
フォーリもシークの意図を読んで、シークの肩を掴んだ。
「フォーリもありがとう。でも、大丈夫だ。この状況で私を殺したら、いかにも回し者だと言ってるのと同じだろう?中には噂が本当かどうか、疑わしく思っている者だっているはずだ。どういう状況か分からないで判断がつかない者もいるだろう。私が死んだら、さすがにここに居る人達がみんな証人になる。」
「お前……。人の良さを通り越して、馬鹿になったんじゃないのか?」
フォーリが呆れている。そんなフォーリに大丈夫だと肩を叩くと、イージャに向き直った。
「アズレイ。お前は私を拘束するつもりだろう?」
「話が早いな。その通りだ。疑わしい時点で拘束しておくべきだ。」
やはり予想どおりだ。
「だが、その前に確認したいことがある。お前が答えるなら、これ以上、面倒な問答が早く終わるが?」
シークの提案に、イージャも大概疲れたのだろう、頷いた。ベリー医師との終わらない舌戦は、長引けば長引くほどベリー医師の勝ちの気配が濃厚になるばかりだった。
「分かった。いいだろう。聞きたいこととは何だ?」
「アズレイ。お前は利にならないことをするような人間じゃない。」
それがずっと疑問だったのだ。アズレイはおそらく王妃からの打診を、なぜ、受けたのかということを。
「それなのに、お前はなぜ、利得にならないことをしようとしている?」
「……何を言っている?」
イージャの声が固くなった。
「ことを穏便に運ぶなら、方法は一つ。疑いはあれど任務なのだから、お互いに見張ってはいても、こうして揉めないで静かにことを運ぶことだ。任務を静かに進めるのが一番早いのに、どうして、お前は私達のというか、セルゲス公の揚げ足を取るように、生活の事細かいことまで介入しようとした?」
「……。」
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
 




