イージャ・アズレイという男 4
王妃に呼び出されたイージャは、勝手に話を切り上げて部屋を退室しようとした。しかし、その時……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「両親も彼女のことで疲れ切っていますから、早めに人生を終えても、文句は言わないかと思います。」
淡々と答えると、王妃はじっとイージャを見つめていたが、やがて少し考えて、猫なで声で懐柔しようとしてきた。
「ならば、なぜ、幼馴染みの元へ見舞いに行くのじゃ?未練があるからであろう?」
「私は彼女のせいで人生を振り回されています。もう、彼女とは縁を切りたいんです。だから、早く彼女と縁を切れるように、話をする機会を覗っているだけです。」
「……。」
王妃が何も言ってこないので、イージャは勝手に下がることにした。こんな所に長居は無用だ。
「それでは、失礼致します。」
イージャは立ち上がり、部屋の端まで歩いた。王妃は何も言ってこない。このまま、部屋を出ようとした時だった。
「!」
確かに避けたはずだったのに、いつの間にか床に押し倒されていた。首にはぴったりと刃物が押しつけられている。頸動脈の上だ。
「信じられないという顔をしているな?」
くぐもった男の声がした。両手は完全に封じられており、びくともしない。
「だが、お前が嫌っているヴァドサ・シークだったら、もう少し私も用心が必要だった。お前ほど簡単ではないな。あの柔術技がやっかいだ。」
シークのことを持ち出されて、瞬間的にカチッと頭にきてしまう。なぜだろう。気にしなければ、なんでもないことなのに。
『大丈夫か?』
その時、突然、訓練兵時代のことを思い出した。
『ごめん、手加減したけど足りなかったみたいだ。』
体術の訓練の時だ。誰もヴァドサ家の子息達に勝てない。特にシークには教官でさえも負けた。それで、教官の手伝いを命じられていた。その時のことだ。イージャは床に投げ飛ばされて、頭をぶつけてしまった。
ああ、とイージャは突然、悟った。今までエーナのせいにしていたが、イージャはこの時からシークを妬んでいた。
(そうだ……。今頃、思い出して気がついたが、俺はこの頃からシークのことが嫌いだった。)
そう思うと急におかしさがこみ上げてきた。自分も大概駄目な男だ。器が小さい。百も承知だ。
突然、イージャが笑い出したので、イージャを押さえつけている男が訝しんだ。
「…貴様、何を笑っている?今、貴様の命はこっちが握っている。」
「……くくく。殺したかったら、殺せば良い。だが、殺さなかった。つまり、俺がどうしても必要なんだろう?」
「……。」
イージャは押さえつけられてはいたが、顔は動かせたので王妃の顔を見た。優越感に満ちた、それでいて不満そうで高慢な顔つきで長椅子に座ってイージャを見下ろしている。
「無礼だぞ。」
「は。今さら。何を言っているものやら。安心しろ。どうせ、王妃なんかに欲情しない。こんなに傲慢で傍若無人、他人の力を自分の力と勘違いしているような、馬鹿な女に誰が惹かれるものか。」
王妃の顔色が変わった。どす黒くなり、わなわなと震える。
「!ぐっ。」
男がイージャの腹を殴りつけた。だが、イージャは喉で笑った。自分を殺さないと確信があった。試すようにさらに口を開く。
「考えてみれば、エーナと王妃は似たもの同士だな。良かったよ。エーナと結婚しなくて。こんなに傲慢な自分本位の女と結婚してたら、きっと今頃家庭は最悪だったはずだ。妻に振り回される毎日だっただろう。
それに比べりゃ、陛下はかわいそうに。こんなに傲慢な女と一生を共にしなきゃならないんだ。」
そう言って、イージャはせせら笑った。
「お前に何が分かる!」
とうとう王妃が金切り声を上げた。
「全てはタルナスのためじゃ!」
王妃の弁にイージャは鼻で笑った。
「ご自分のためでしょう。息子を言い訳のために引き合いに出すなんて。」
王妃の目がつり上がって、鬼のような形相になっている。
「何を言うか!許せん!今すぐ、そやつを殺すのじゃ!」
「へーえ?自分の気分で国王軍の兵士を殺すんですか?その権限があるのは、国王陛下のはずなんですがね。」
「お前ごときに指図されるいわれはない!わたくしの何を分かって、無礼な態度を取っておるのじゃ!」
なぜか、イージャを押さえつけている男はイージャが言うままに任せているので、さらに続けて言った。
「分かりますよ。その態度、口調、話す内容、目線、指の動き全てから、王妃、あんたが傲慢な女だということを証明している。国のために何かするような女でもないし、ましてや息子のためですらない。自分のためだけに権力が欲しいんだ。
だから、セルゲス公を確実に殺したい。彼が復権したら、王妃でいられなくなる。」
イージャはセルゲス公の名を出した途端に、王妃の顔色が悪くなったので、ふと思い付いてさらに続けた。
「きっと、あんたは彼に復権して貰ったら困るようなことをしたんだろうな。だから、確実に死んで貰わないと困る。将来、王になって自分に復讐されたら困るから。」
わざと密やかな声で言ったが、王妃に十分に聞こえただろう。イージャは人を怒らせることが天才的に上手かった。
その時、イージャを押さえつけている男が何かを振り上げた。
「待て!」
怒りに震えていた王妃が待ったをかけた。
「許せぬが、殺してはならぬ。」
王妃は震えながら、イージャを睨みつけていたが、やがて一言言った。
「そこまで言うなら、試してやろう。殺されてもいいと思って、無礼な態度に出たのであろう。そうすれば、わたくしが見限って部屋を追い出すと考えたからじゃ。」
意外に王妃は頭の巡りが悪くなかった。その通りである。無礼な態度を取れば、王妃が追い出すと思ったのだ。以外だった。
「連れて来るのじゃ。」
その一言だけだった。男が誰かに何かを指示した。嫌な予感がする。きっと、エーナを連れてくるつもりだ。それと両親も。
その間に、イージャは手足を縛られ猿ぐつわも噛まされた。床に無様に転がっているしかできない。王妃は一度退室していった。それだけで、結構な時間がかかると分かる。イージャの予想は確信に変わりつつあった。
星河語
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