教訓、五十一。避けられない嵐もある。 2
若様はサプリュに戻る前に、もう一度セリナに会えないのか聞いてきた。可哀そうだが、どうしてもう一度会えないのか、丁寧に説明するシーク。極力明るいことを考えるようにしているが、不安はぬぐえず……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
シークはその後、若様の部屋にベリー医師と向かった。若様も当然、サプリュに戻らなくてはならないことを聞いている。
その若様は浮かない顔をしていた。
「……もう、二度とセリナには会えないのかな。」
フォーリが料理に行っている間に、ぽそっと若様が小さな声で聞いてきた。セリナはフォーリによってクビになっていた。
ジリナも当然反対しなかった。フォーリはジリナに、怒りのあまりセリナを殺しそうになったことまで話して謝罪していたが、ジリナも方が娘のやらかした失態に、深々と頭を下げて謝罪した。
『あの馬鹿娘が……。だから、再三言っておいたのに!ニピ族を怒らせるんじゃないと……!言うことを聞かないから、死に目に遭うんだよ、全く!』
謝罪した後、ジリナはフォーリとシークの目の前でそんなことを言っていた。
そういうことで、セリナはもう屋敷に来ていなかった。それから、十日ばかりが過ぎて、若様にサプリュに戻るよう命令が下ったのである。残り十日もしたら、迎えがやってくるのだ。
シークは部下達にすぐに動けるよう、荷物をまとめるように言い渡してある。
「…ねえ、こっそり会えないかな?」
「若様。申し訳ありませんが、無理です。セリナのためにも、ここは我慢しましょう。」
「セリナのため…?」
不安そうな若様にシークは頷く。
「実は、今度やって来るサプリュの交代要員の親衛隊の隊長ですが、少し私と折り合いが悪く……いや、正直に申し上げますと、少しどころか折り合いが悪く、何かにつけ敵視してくる人なのです。
そのため、若様に対しても厳しく対応してくる可能性があります。ですから、若様にとって不利になることは、できるだけ避けておきましょう。そして、今回のことが露見したら、下手したらセリナは殺されてしまいます。そういうこともあり、フォーリはセリナをクビにしたのです。
それなのに、若様がセリナを呼んで話をしたら、元の木阿弥です。クビにされているなら、まだ許されるかもしれませんが、その後も会い続けていたとなったら危険視されるでしょう。」
シークの説明に若様は残念そうに頷いた。
「……ねえ、でも、ヴァドサ隊長の方が偉いんじゃないの?まるで、今度来る人の方が偉いみたいな言い方するんだね。」
若様は聡い方だ。
「若様。今度、彼がやってくるのは、おそらく……いえ、確実に私への牽制でしょう。私とは折り合いが悪い上に、相手は私に敵対心を持っています。そのため、若様に対してだけでなく、私に対してもつけいる隙がないか探すことでしょう。
そして、彼は若様が療養の間、どれくらい規則が守られていたか、調査もするでしょう。つまり、そういう権限も与えられているはずです。」
若様の顔が暗くなった。
「どうしよう。叔父上の決まり、ほとんど守ってなかったよ。」
そう言って、シークを見上げた。
シークが病気なのだから守らなくていいと言ったから、若様はのんびり過ごしていた。今、若様はそのことを心配しているのだ。村娘達もいるし、隠したってすぐに露見する。
「大丈夫です。私の判断ですから、若様が心配なさる必要はありません。」
「でも……。」
「大丈夫です。ただ、彼らがやってくると、今までのようにゆっくりは過ごせないでしょう。しばらく、心安まらないかもしれません。規則規則と言われて、少し気詰まりになることをご覚悟下さい。」
若様は頷いた。
「若様。それまでは荷造りしつつ、今まで通り過ごしましょう。」
「今までどおり?」
「はい。まだ来てもいないうちから、暗くなる必要はありませんし、規則でがんじがらめになっているのもおかしいでしょう。どうせ、今まで決まりを無視してきたんですから、最後までやり通しましょう。」
シークの言葉に、若様は目を丸くして吹き出した。
「ははは。本当だね。そうしよう。来ても居ないのに、気詰まりになってる必要、ないもんね。」
「そうとなれば、明日、最後の鬼ごっこでもしませんか?」
若様の表情が明るくなって華やいだ。
「ほんと?そっか。時間がないから明日くらいしか、やる時間がないんだね。」
シークが頷くと、若様は明るい声でやると言った。
「明日、雨かもしれませんよ?曇ってきました。」
ベリー医師が水を差すようなことを言う。
「ええ、ほんと?じゃあ、いいもん、雨だったらかくれんぼ鬼をするもん。」
「ええ、そうしましょう。」
へへへ、と若様は暗い気持ちを払拭するように明るく笑っていた。
だが、分かっている。サプリュに戻るということは、若様にとって死地に行くのと同然だということを。恐くないわけがない。叔母が自分の命を狙っていると分かっているのに、叔母のいるサプリュに帰らなくてはならないのだから。
叔父の王は、セルゲス公という位を授けようとしているが、叔母はそれを阻止しようとしている。それくらい、若様は十分に分かっている。だから、その道中での旅路で、命を失う危険があることくらい、分かっている。
若様は説明しなくても分かっている。シークと折り合いが悪く、シークに対して敵対心を燃やしているイージャが来るということは、イージャが叔母、つまり王妃から何か言われて仕掛けてくる、若様の命を取りに来る可能性があることくらい、分かっている。
シーク達二十名の命が、自分の言動によって左右されることくらい、分かっている。彼らがやってきたら、最悪、シーク達二十名は監視もしくは、監禁されるおそれもあった。
若様は言われなくても、それくらい分かっている。セリナのことを言ったのは、それでも一目会って挨拶したかったからだ。今生の別れになるかもしれないから。
若様の気持ちは分かっていたが、それで済まないおそれがあった。だから、シークも心を鬼にして、わざと理由を説明した。
若様の側にいるには、シークは表向き、若様の監視の体制に入らないといけないだろう。そうでないと、自分の方が監禁されるかもしれない。道中で動けない時に、襲撃されたら助けることもできなくなる。たとえ、監視の体制だろうと、護衛には違いないので襲撃には攻勢できる。動けるようにしておかないと、部下達も共に殺されるかもしれない。
シークもそうだ。監禁されている場合、鉄格子のはまった馬車に乗せられ、手錠と足枷もついている。そんな時に襲撃されたら、ひとたまりもない。
単純な襲撃だけでないかもしれない。シークが毒を盛られたことは、軍内でも伝わっているはずだ。今度こそ成功させようと毒を盛ってくることも考えられた。まさか、親衛隊の隊長になったら、毒を盛られる心配が必要だなんて思わなかったし、誰も教えてくれなかった。
若様もシークも、お互いに不安は押し隠して、わざと明るいことを考えるようにしていた。ベリー医師も黙って、その様子を微笑みながら見守っていたのだった。彼自身も辛い気持ちを胸に隠して。
星河語
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