教訓、五十。ニピ族の勘は当たるので、変なことを言い出しても世迷言だと思わないこと。 6
シークはつくづく何語が起こるか分からないものだと実感したのだった。どうやら、部屋のロウソクに何やら仕込まれていたらしく、悪さをしたセリナはだんだん目が覚め……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
若様は困ったようにシークを見上げた。本当に困っているのだろう。
「若様、大丈夫ですか?」
がらがらした声のセリナが、立ち上がって尋ねた。セリナの首を見ると、あざができている。きっと首を絞められたのだ。ぶち切れたフォーリが殺そうとしたのか。それを見た若様が慌てて止めた。
シークは決心した。二度とこんな状態のフォーリと二人っきりにしてはならないと。フォーリが何と言おうと、側にいることにしようと思う。
セリナはふらふらしているが、命に別状はなさそうだ。若様が冷静に対応できたことが嬉しかったが、そこを喜んでいい状況ではない。
「大丈夫だよ、フォーリ、ヴァドサ隊長。セリナも大丈夫?」
若様がセリナの方を見やった。
「大丈夫です、若様。」
セリナは少しがらがらしている声で答える。
「…セリナ、大丈夫か?」
フォーリは懸命に自分の激情を抑え、若様のためにセリナに状態を聞いている。
「……はい。大丈夫です。」
少し怯えと不満が見える表情で、セリナは頷いた。でも、若様の手前、彼女も自分が悪いと自覚しているのもあり、そう答えたようだ。
「そうか、悪かった。すまない。」
フォーリは一度目を瞑ってため息をついた後、セリナに謝罪した。そこはやはり大人でありニピ族だ。大人ならまだ少女に対してすることではなかったし、ニピ族としても主が大切にしたい人に対してすることではなかったからだろう。
「……そんな。」
小さい声でセリナが呟いた。ばつが悪そうな表情をしている。やはり、少し冷静になってきたのもあるのか、自分が悪いと自覚しているようだ。
「大丈夫なら、窓を開けてくれ。」
フォーリはわざとセリナに用事を頼んだ。何か気になることがあるようだ。今、シークが背を向ければ、フォーリ自身、セリナにもう一度何をするか分からないからだろう。シークに出ていくように言わなかった。そして、セリナに確認が必要なことがある。この臭いについては確認がいる。
セリナがフォーリの指示通りに窓を対角線上に開けた。途端に、籠もった部屋にいたら涼しく感じられる風が入ってすーっと通っていく。
「セリナ、お前は酒を飲んだ訳ではないと言ったな?」
確かに酔っぱらいのような話し方だった。若様の額の止血をしたまま、フォーリは確認を始めた。
「はい。でも、なんかふわふわして、ぼーっとする感じで、夢でも見ているみたいでした。なんか、今までできなかったことも、どうでもいいやっていう感じで、理性が頭の隅に追いやられちゃって。」
セリナも夢から覚めたように、説明をした。自分でも不思議なようだ。いつもは確かに常識的な子だったし、ジリナの教育が行き届いているから、大丈夫だろうとシークも思っていたのだから。何が起こるか分からないものである。これからも気をつけなくてはいけない。
「蝋燭を持ってきてくれ。」
やはり、何かあるようだ。確かに、臭いのついたものが燃えたような感じだった。そうなれば、一番は蝋燭が疑わしい。しかし、その蝋燭は先日、王太子が若様に贈ってくれたものの一つだ。
フォーリは火をつけて蝋燭を吹き消した後、服に匂いを焚きしめるのに使っている香を持ってくるように指示した。同じようにして匂いを確認し、フォーリは暗く落ち込んでため息をついた。今にも泣きそうな表情をしている。この間、オルを捕らえた時と同じ顔をしていた。
「フォーリ…。」
若様は心配そうにフォーリに声をかけ、その後、びっくりして言葉を失っている。セリナも一緒だ。セリナはフォーリを凝視した後、唇を噛みしめた。彼女も今さらながら、犯した過ちの大きさに気がついたようだ。
「若様、申し訳ありませんん。どうやら、私は若様を護衛する資格がないようです。」
フォーリは暗い顔で泣きながら若様に告げた。若様の目が見開かれ、それからフォーリの胸に抱きついた。
「ごめんなさい!フォーリ、だから、フォーリ、そんなことを言ったら嫌だ!」
若様が勢いよく抱きついたので、フォーリは後ろに尻餅をついた。
「フォーリがいなかったら、私は生きていない…!フォーリは私の命の恩人だし、フォーリはただの護衛じゃない!フォーリは……私の家族同然だ。父であり、兄なんだ!…うん、やっぱり兄だよ!
だって、いつも一緒にいてくれる。どんな時も一緒に居て、守ってくれる。心強いし、ほっとするし、叱ってくれるし…従兄上といる時より安心する。だから、だから、そんなこと、言わないで!」
若様の言葉を聞いて、フォーリとセリナが息を呑んだ。それは、ニピ族のフォーリには何よりも嬉しい言葉だっただろう。そして、セリナにとっては、苦しい言葉だったはずだ。誰よりも、若様がフォーリを思っていることを理解したはずだから。
セリナは拳を握りしめ、泣くのを我慢しようとしているようだった。しかし、結局それには失敗し、セリナの両目から涙がこぼれ落ちる。
「…若様、申し訳ありません、不安にさせてしまいました。若様は私の主君です。私はずっとご一緒にどこまでも参ります。ですから、もう、泣かないで下さい。若様が泣かれると私も胸が痛みます。」
フォーリが静かに若様に語りかけた。フォーリの声を聞いて、涙でぐしゃぐしゃの顔で若様がフォーリを見上げる。
「…よかった。よかった、フォーリ。私はフォーリがいなくなるかと、とても心配になった。そうじゃなくて、本当によかった。」
「申し訳ありません、若様。ベリー先生に診て頂きましょう。」
その言葉を聞いた途端、泣いていたセリナが今だとばかりに叫んだ。
「ごめんなさい!それから、ベリー先生を呼んできます!」
セリナは乱暴に顔を腕で拭うと、フォーリの返事も待たずに後ろを向いた。一瞬、セリナと目が合ったが後悔に満ちた顔で、そのまま小走りで部屋を出て行った。
思わず、シークは深いため息をついた。
まさか、こんな問題が起こるなんて誰が思うだろうか。そう考えながら、この村に来る前に聞いた、シェリアとバムスの忠告を思い出した。
そして、何者かが仕込んでいった蝋燭に入っていたと思われる何かの薬品。
全て仕組まれていたのだ。犯人は黒帽子なのか、それとも全然、別の何者なのか。少なくとも言えることは、若様の周りは敵だらけということだ。
ふと、一年前はのんきにしていたよなぁ、と思い出して、のんきにしていた時が懐かしくなったのだった。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
 




